第26話 一緒に頑張ろう

「おじゃまします」


「どうぞ」


 母さんには部屋に来るなオーラを放ちながら階段を上り、2階にある僕の部屋へと仁奈になさんを案内した。


 初めて部屋に招き入れる女の子が彼女の妹というのは何とも不思議というか彼女本人の差し金でなければ完全に浮気だ。


 しかも仁奈になさんには僕の彼女のフリまでしてもらっている。

 ウソで塗り固められた勉強会の開催に冷や汗が止まらない。


「……ごめん仁奈になさん」


純浦すみうらくんが謝ることじゃないよ。元はと言えばお姉ちゃんが」


「ううん。勝手に僕の彼女っていう設定にしちゃって」


「それは大丈夫。すぐじゃなければ髪が伸びたって言えば誤魔化せると思うよ」


「そうじゃなくて……」


 爽井くんとの関係について触れようとしたが言葉に詰まる。

 一応表向きは仁奈になさんと爽井くんが一緒に歩いていたことを知らないことになっている。


 もしかしたらあの日、僕と里菜に目撃された自覚が仁奈になさんにあったとしても触れにくい話題なのは確かだ。


「えっと、とりあえず勉強しようか。うん。そうしよう。実は僕も仁奈になさんと同じ問題集にしたんだ。難問よりも基礎固めかなって」


「そうなんだ。じゃあ、わからない問題があったらお互いに教えられるね」


「そういう意味では僕がお世話になるかも」


「お姉ちゃんに比べたら全然だよ。だからごめんね。お姉ちゃんじゃなくて」


 両手を胸の前で合わせてウインクしながら謝る姿はどんな大罪を犯していたとしても許してしまうくらい可愛い。


 顔や声は同じでも里奈りなが同じポーズをしたらちょっと煽ってる感じになる。

 根柢の性格が態度にもじんわりと現れるのだろうか。


 もし仁奈になさんが僕を寝取ったら、お姉さんにもこんな風に謝ったりして。


「あ、そうだ。仁奈になさんよかったらこっち使う?」


 里奈りなと勉強するつもりで用意していた小さなテーブルと2つのクッション。

 一応最初は向かい合わせに置いておいたけど、勉強の進捗状況によっては隣合うことも想定して横に長いテーブルを引っ張りだしておいた。


 これはあくまでも彼女と勉強するための設備。

相手が彼女の妹となれば距離感に気を付けなければならない。


 お客さんにはちゃんとした机とイスを使ってもらって、僕がクッションを使うのがおもてなしというものだろう。


「いいよいいよ。せっかくだからこっちで一緒に」


「まあ、仁奈になさんがいいなら」


 僕はちゃんと距離を保つ提案をした。あくまでもお客様である仁奈になさんに誘われたからそれに従うまでだ。

 わからないところを教え合うのにも同じテーブルの方が都合がいいしね!


「じゃあ、座って。ドア側と窓側どっちがいい?」


「わたしが窓側でいい? そっち眩しそうで……純浦すみうらくんが眩しいなら変わるから」


「大丈夫。この日差しには慣れてる。なんたって僕の部屋だから」


「う、うん。そうだね」


 急に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 そのリアクションを見て仁奈になさんが自分の部屋に居るという事実を再認識する。


「なんか、ごめんね。この前告白を断ったのに……」


「いいんだ。そのおかげ……って言うのも変だけど里奈りなさんと付き合えたわけだし。って、なんかこの言い方だとどっちでも良かったみたいだな。決してそういう意味じゃなくて二人とも魅力っていうか」


「ふふ。お姉ちゃんが毎日楽しそうなのがわかるかも。純浦すみうらくんかわいいもん」


「かわいい?」


「うん。年下っぽいっていうのかな。頼りになる時と守ってあげたくなる時のギャップが大きいかも」


「そ、そうなんだ……」


 まさか仁奈になさんまで僕を年下扱いするなんて……やっぱり二人は姉妹なんだな。

 里奈りなは半分冗談っぽくからかう感じだけど、仁奈になさんからは本気で年下扱いされてそうだ。


純浦すみうらくんは母性をくすぐるのかもよ。お姉ちゃんああ見えて面倒見はいいし」


「それは仁奈になさんもだよ。膝枕してもらった時は……」


「は~い。じゃあ一緒にお勉強はじめましょうね~」


 あの日の思い出を掘り返そうとしたら露骨に話題を切り替えられてしまった。残念なような、ホッとしたような複雑な気分。


 この部屋で膝枕なんてされたら一線を越えてもおかしくない。

 でも、仁奈になさんなら絶対にそんな迂闊なことをしない。


 告白するくらい好きになった女の子のことだから、それくらいは自信を持って言える。


「年下ってだいぶ年下じゃない? 里奈りなさんも僕を子供扱いするんだ」


「それは純浦すみうらくんが彼氏だからだよ。お姉ちゃんはいつもお姉ちゃんぶるっていうか、常にわたしの上に存在してるの。そんな強いお姉ちゃんだからわたしは目標にしてるんだけどね」


「そっか。素敵なお姉さんなんだね。でも勉強を教わるのは?」


「ライバルに教えてもらうのはイヤ」


 むすっと頬を膨らませる仁奈になさんだって子供っぽい。

 時折見せる子供っぽいところも双子の姉妹らしく似ているポイントだ。


 僕は里奈りな仁奈になさんを別の人間として見ていて、だからこそ仁奈になさんの負けず嫌いなところに惚れた。


 でも、こうして里奈りなの彼氏として仁奈になさんを観察すると似ているところもいっぱいある。

 兄弟がいない自分にはそういう存在がちょっと羨ましい。


「お姉ちゃんに聞いたんだけど純浦すみうらくんは英語を頑張るの?」


「うん。文系でも理系でも使う科目だし、どの範囲を勉強してもテストで使えるからさ」


「じゃあわたしも英語にする。数学だと100点取っても引き分けになりそうだし。お姉ちゃんでも英語はなかなか満点にならないみたいだからチャンスはある!」


「絶対に正解はこれだけ! っていう問題ばかりじゃないもんね。先生のさじ加減というか」


「あとで解説を聴くと授業中に言ってたなって思うんだけどね」


 制服のブラウスをきちんと着こなす仁奈になさんの胸が笑い声と共にかすかに揺れる。

 思わず視線がそっちに行ってしまうのをグッと堪えて彼女の妹の目を見て話すように努める。


 告白する前はちょっと話すだけでもあんなに緊張していたのに、今では里奈りなと同じようにリラックスして会話ができる。


 里奈りなと付き合うことで女子に対する免疫ができたのかもしれないし、フラれたことと彼女ができたことで仁奈になさんに対する下心がなくなって自然体になれているのかもしれない。


 部屋に招く前は万が一にも間違えが起きたらどうしようなんて心配していたけどそれは杞憂に終わりそうだ。


「とは言えまずはテスト範囲からやろうかな。お姉ちゃんなら絶対に基礎固めからするんだけど」


「僕は最初から解いていく。テストまでまだ時間があるのに勉強をする意味はきっとここにある。それに、お互いに別々のところからスタートすれば教え合うだけで勉強になりそうじゃない?」


「たしかに。やっぱり恋人って似てくるのかな。ちょっと発想がお姉ちゃんっぽい」


「一緒に問題集を選んだからね。買ったのは仁奈になさんと同じやつだけど」


「それでも、やっぱりこの問題集一つ取ってもお姉ちゃんの影響なんだよ。すごいなあ。もう彼氏を自分色に染めちゃって」


「そんなに染まってる?」


「うん。わたしを彼女設定にしちゃうところとか。普通は思い付かないし、思い付いても実践しないよ?」


 やっぱり彼女設定はマズかったんだろうか。仁奈になさんの笑顔の奥に黒いオーラが見える。

 剣道部の稽古中にもたまに現れるんだよな。うっぷんを晴らすがごとく面を打ちまくる黒いオーラをまとう仁奈になさん。


「設定でも今はわたしが彼女なんだから、お母さんにバレないようにちゃんと彼氏っぽくエスコートしてね?」


「は、はい」


 気迫に負けて返事をしてしまったけど、彼女の妹を彼女扱いするのって一般的に浮気だよな……。


 仁奈になさんが僕を寝取ってるわけじゃない。ただ単に僕が彼女の妹に手を出す最低野郎になってしまっている!

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