第25話 勉強会のお誘い

「あー、白銀しろがねさんってあたしを目の敵にしてるからねえ」


 昼休み。人目の付かない場所で二人でお弁当を食べる。

 僕のお弁当は彼女が……ではなく母さんが作ってくれたものだ。


 お互いに親に作ってもらった方が美味しいしおかずの交換もできるということでこの形式に落ち着いた。


「なんか僕まで目を付けられてるみたいで恐かった」


「よしよし。お姉ちゃんが守ってあげまちゅね~」


「子供扱いはやめてって。い、いざとなったら僕が戦うから」


「あはは。さすがにバトル展開にはならないでしょ……あ、でも、あながち間違いじゃないかも」


「どういうこと?」


「ほら、てるはあたしにテストで勝つために勉強を頑張るでしょ。それと同じような勝負が勝手に開催されるってこと」


「なるほど……もしかして僕も白銀しろがねさんに勝たないとマズい?」


 里奈りなが1位を取り続けるのと同時に白銀しろがねさんは2位を取り続けている。

 各科目で見れば2,3教科は白銀しろがねさんが勝ったこともあるらしいけど、総合得点ではいつも里奈りなの方が上だ。


 バスケ部で活躍する里奈りなと、生徒会長として1年生の時から手腕を振るう白銀しろがねさん。どちらも勉強以外の分野でも活躍しているのでこの二人が学校のシンボルみたいになっている。


「どうだろ。白銀しろがねさんのターゲットはあたしだと思うけど」


「だよね。もちろん目標は里奈りなだよ? ただ、いきなり学年トップクラスは厳しいよ」


「そこをどうにかしちゃうのがあたしの彼氏なんだな」


「いや、無理言わないで。これはホントにマジで……」


 いくら彼女のためとは言え全科目をほぼノーミスで解答するなんて至難の業だ。

 テスト範囲は限られているとはいえ、数学や英語は過去の積み上げも重要な科目。


 暗記系の科目だって隅から隅まで教科書を覚えるだけじゃなくて知識を活かさなければ満点は取れない。


 仁奈になさんと同じ数学と英語の問題集しか買ってない僕に総合得点でトップを目指すのはまだ早いと思う。


「まあまあそう言わずに。数学と英語は頑張ろ。あたし、てると一緒に勉強したいし」


「……それって、例のうちで勉強会するってやつ?」


「そそ。彼氏の部屋で勉強。絶対に距離が縮まって愛が深まるやつじゃん」


里奈りなが愛を深めるって言うと意味深に聞こえる」


「ふふふ。セクシー家庭教師がてるの部屋にお邪魔するかも?」


「親もいるから勘弁して!」


 さすがにエッチな展開になるのは妄想の中だけだとして、玄関から部屋に案内するまでの間に絶対に母さんと遭遇する。


 こっそり招き入れて後でバレる方が厄介だし、普通に紹介しておいた方が無難だろう。無難だろけど一体どうすれば……。


 里奈りなが初めての彼女なので、当然母さんに彼女を紹介するのも初めてだ。


 まさか将来的に彼女の妹に寝取られる予定だとは夢には思っていないだろうし、僕はそれを避けるために努力を始めている。


 でも里奈りなのことだから母さんに寝取りの夢を正直に話してしまいそうだ。


 彼女を親に紹介するプラスアルファの心労がズッシリと重くのしかかる。


「剣道部って水曜日が休みだっけ? 水曜は自主練みたいな日だからあたしも空いてるよ」


「もう開催は決定なんだね。テストまでまだあるのに」


「ちっちっち。テスト2週間前からスタートじゃ遅いのだよ。日頃の復習の成果をテストにぶつけるのだ」


「……うっす」


 里奈りなが勉強でも部活でも1位に君臨し続ける理由。それは特別な才能を持っているからではなく、日頃の努力の賜物だ。

 仁奈になさんも同じように努力しているのに差が付いているのは、きっと1%の才能の違いなんだと思う。


 1%の才能を持った人が100%を超える努力したら僕みたいな凡人では追いつけない。

 それに気付いてもなお、僕は彼女と一緒にいたい。だから……。


「わかった。今回は早速テスト勉強を始めることにする。……水曜から」


「今日からって言わないのが正直で好き」


「全肯定で甘やかしてくれる!?」


「やれって言われるとヤル気がなくなるでしょ? あたしは本人のヤル気を尊重するのだ」


 ふんすと鼻息を鳴らすとおっぱいが揺れた。その柔らかな動きに僕のヤル気はさらに伸びる。


 いかんいかん。母さんが家にいる状況で理性が弾け飛んだら大変なことになってしまう。

 自分の部屋で彼女と二人きり。しかも彼女は僕のヤル気を尊重してくれる。


 お互いにそういう気持ちになるまで禁止したのは僕の方だ。

 初めての彼女、そして里奈りなにとっても初めての彼氏。


 場の雰囲気に流されるのではなく、お互いに本気で両想いになるまでは絶対にエッチはしない!

 ヤル気満々の分身に言い聞かせてもなかなか静まらない性欲を少しずつ振り払いながら、里奈りなとの昼食を終えた。




 そして水曜日の放課後。

 純浦家にお客さんがやってきた。


 どこか物腰は柔らかなのは僕の母さんに会うからだろうか。

 それにしたって髪までバッサリ切ることはないと思う。


 トートバックからはみ出す問題集は難問揃いの黄色ではなく基礎固めの青色なのも気になる。

 わざわざ妹から借りてくれたのだろうか?


 そんなことをしなくても一冊の問題集を隣に座って共有すればいいだけの話。


 うん。そろそろ茶番はやめにしよう。

 混乱する頭に落ち着け落ち着けと何度も繰り返し言い聞かせても状況は変わらない。


 母さんが出迎える前に自ら玄関を開けた。


「いらっしゃい。仁奈になさん」


「ごめんなさん! お姉ちゃんがまたご迷惑を!」


 出迎えて0秒で謝罪されてしまった。

 勢いよく頭を下げるとたわわなお胸も重力に従いそのボリュームと存在感をより一層主張してくる。


 この光景を見られればたいていのことを許せてしまえそうだ。


「いやいや迷惑だなんてそんな。里奈りな……さんは体調不良?」


「ううん。すごい元気。バスケ部の自主練に参加するから仁奈になが代わりに行ってきてって。意味わかんないよね!?」


「…………」


 自主練を休んで一緒に勉強をするという話だったはずなのに、どうしてこうなった?

 今日は彼女を家に招くと母さんには伝えてある。


 それが他の女の子、彼女の妹となれば話がややこしくなってしまう。


「あらいらっしゃい。とっても可愛くて息子にはもったいない彼女だわ。てる、あんたこの子の弱みを握ってるんじゃないでしょうね?」


「脅迫なんかしてねーよ! 勉強するんだから早く上がってもらおう」


「お、おじゃまします……ねえ? ほんとにいいの?」


「ごめん。今日だけ僕の彼女っていう設定で。顔と声は同じだし、あとで誤魔化せるから」


「う、うん」


 母さんに聞こえないように顔を近付けてヒソヒソ話をすると仁奈になさんの甘い香りがダイレクトに伝わる。

 彼女でもない女の子とこんな至近距離で話すなんて浮気みたいだ……。


 このシチュエーションは里奈りなの思惑通りだから僕の彼女は全然気にしてないし、むしろ妹が僕を寝取る可能性に胸を躍らせているに違いない。


 でも、肝心の仁奈になさんはどう思ってるんだろう。

 爽井さわいくんとの関係も気になるけど聞けないし、爽井さわいくんとの修羅場に巻き込まれるのは勘弁願いたい。


 周りの人望とかいろいろ考えると絶対に僕が悪者扱いされるもん。実際部屋に上げてるのは僕な訳だし。


 あれ? 今の僕、かなりヤバいことしてない?

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