第24話 勢力図

 里奈りなとのデートが夢であったかのように月曜日は僕を現実に引き戻した。

 一時期は嫉妬の視線が突き刺さって痛かった通学路もさすがに落ち着いてきている。


 ただ、なんとなく通学路の雰囲気がピンク色というか、男女二人で歩く人が増えているような気がした。


「よっ! ヤったか?」


「お前は朝の挨拶を忘れてしまったのか? 日本ではおはようだ」


「どうせ純浦すみうらはおっぱいようなんだろ?」


 シコ太郎のしょうもない下ネタだけは変わらず健在でちょっと安心した。


「なあ、なんとなくカップル増えてないか?」


「はっ! その原因になったお前がそれを言うか」


「え? 僕?」


 里奈りなと付き合い初めてから仁奈になさんとも話す機会が増えたけど、それ以外は女子との接点はほとんどない。


 男子からは目の敵にされていて、とてもじゃないがカップルを成立させるなんてできっこなかった。


「無自覚に最強の主人公みたいなこと言いやがって。あながち間違いじゃないのがムカつくぜ」


「いや、わかるけどわかんねーよ」


「いいか? お前みたいな冴えない男が双海ふたみ姉と陰キャが希望を描いた。同時に、キラキラ女子が実は想いを寄せていた陰キャに声を掛ける。恋愛勢力図に大きな変化が起きたんだよ」


「なんだよその勢力図」


「陽キャは陽キャと、陰キャはワンチャン勇気を振り絞って陰キャと付き合う。それが常識だった。それを純浦すみうら双海ふたみ姉がひっくり返したってわけだ」


「マジか。僕と里奈りな……さんがそんな影響を」


純浦すみうら。今彼女を呼び捨てにしてなかったか?」


「さん付けだったぞ。僕が女子を呼び捨てなんて」


「まあいい。証拠はいつか掴んでやる。それよりも勢力図だ。俺にもチャンスが巡ってきた。部活での活躍を美しい写真に収める俺のことを密かに想い続けるエロい女がそろそろ手を出してくるはずだ」


「シコ太郎が女子の敵っていうのは変わらないと思うぞ?」


「ゲスゲス。普通は……な。でもよーく考えてみろ。出会いは最悪なのにだんだんと惹かれていく、なんなのこの気持ち!? が恋愛の基本だ」


 ゲス笑いをしながら王道ラブコメ展開を期待する姿は滑稽だ。だけど僕はそんなシコ太郎を笑うことはできない。

 里奈りなと付き合ってなければ僕もその展開に胸を躍らせていた。


「もし彼女ができたらエロ盗撮はやめるのか?」


「盗撮ではない。取材中に偶然撮れただけだ。なので俺が校内新聞に写真を提供する限り男子への供給が絶えることはない。純浦すみうらよ、双海ふたみ姉にフラれた際には今までの3倍の価格で販売してやるからな」


「なんで高くなってるんだよ。そこは友情割引きするとこだろ」


「あのおっぱいをその身で体感した貴様はいくら払っても足りない! エッチなお店なら破産するレベルだぞ!」


「シコ太郎……」


「ん?」


「そういうとこだぞ?」


 気付けば学年問わず女子がシコ太郎に向けて敵意を放っていた。

 下げ止まりしていた好感度が限界突破をして天井知らずの嫌悪感へと変わっている。


 この中にシコ太郎へ想いを寄せる人がいるとすればよほどの物好きか何かを企んでいる悪女に違いない。


 いや、男友達としては最高の存在なんだけどね?


「ふっ、突き刺さる視線がたまんねーぜ」


「強がるなよ。その恋愛勢力図とやらが変わってもお前はノーチャンだから」


「いや、本当に強がってないが? むしろご褒美なんだが?」


「…………そっか」


 目にうっすらと涙を浮かべる悪友に僕はこれ以上事実を突き付けることはできなかった。

 お前がそう思うならそうなんだろ? お前の中ではな。


「あの……」


「はい。……えっ!?」


「おはようございます」


 振り向くとそこには神秘的な美しさの銀髪を風になびかせるスレンダーな女生徒が君臨していた。

 立っていたのではない。天から降りてきた女神のような美貌には君臨という言葉が相応しい。


 里奈りな仁奈になさんに比べれば、いや、一般的な女子と比べてもかなりお胸は控えめだが、それが彼女のスタイルの良さを引き立てている。むしろバランスが良いと表現すべきだろう。


 僕らみたいな底辺でゲスい下ネタで盛り上がるクソ男子とは同じ学校に通っていても一生縁のない存在。

 ある意味で気さくな里奈りなよりも手の届かない位置に君臨するのが生徒会長でもあらせられる


白銀しろがね未空みくです」


「あ、はい。知っています」


 まず美人というだけでシコ太郎から情報は入ってくる。それが同じ学年ともなればクラス替えで一緒になる可能性もあるわけだからその存在を意識しないはずがない。


「お、おお……おは」


「そんなに緊張なさらないでください。いつも校内新聞の素敵な写真を拝見していますわ」


「お……おおっ!」


 白銀しろがねさんの神々しさがあまりにも眩しいせいかシコ太郎は日光を浴びたゾンビのように干からびていく。

 さすがのシコ太郎も白銀しろがねさん相手にゲスな撮影はできないようだ。


「うふふ。下氏さんはおもしろい方ですね。以前、わたくしがうっかり下氏さんの写真に写り込んでしまった際、お話させていただいて以来でしょうか」


「へ、へえ……」


 シコ太郎の動揺ぷりと、白銀しろがねさんから放たれる明るすぎるがゆえに闇が生じているオーラにドキドキが止まらない。

 ちなみにこのドキドキは里奈りなと一緒にいる時とは全く別のもので非常に不快で下手したら倒れそうなタイプのやつだ。


「やっぱり……うふふ。おもしろくなってきましたわ」


「えーっと、一体なんのご用で?」


「失礼いたしました。無関係の方を巻き込んではいけないと思いまして念のため確認を。わたくしの記憶に間違いはなかったようで安心しました」


「は、はあ……?」


 全く話が見えてこず適当な相槌を打つことしかできない。

 里奈りなと付き合って乙女心的なものを少しは理解できたと自信を持ち始めていたけど、彼女以外の女子はよくわからない。


「今日は挨拶だけですが、いつか純浦すみうらさんの彼女さんと一緒にお話させてくださいね」


「あ、里奈りなさんのことも知ってるんだ?」


「当然ですわ。いつもわたくしの上でギャーギャーと騒がしい女……じゃなくて、わたくしが目標とする方ですもの」


「…………」


 白銀しろがねさんの本性が見えた。仁奈になさんとはちょっと違う感じで里奈りなをライバル視している。ライバルというか目の敵? めちゃくちゃ憎悪を感じたぞ……。


「学生は学生らしく、越えてはいけないラインというものがあると思うんです」


「まあ、たしかに」


「うふふ。おとぼけになる姿はかわいらしいですね。双海ふたみさんが惹かれたのもわかる気がします。今はその幸せな思い出に浸っていてください。それではごきげんよう」


「あ、はい」


 ごきげんようって素で言う人を初めて見た。って、そこじゃない。なんか悪者っぽい発言を残して去っていったんだけど?


 噂だとお母さんがロシアの人だったかな。青い瞳と銀髪が冷たさを強調して余計に恐かった。

 里奈りなに対してはMっぽいところがある僕も、さすがにあそこまで冷たい攻撃をされると縮みあがってしまう。


「もしかして僕ら、生徒会長に目を付けられてる?」


 僕は新しい部を立ち上げたりしてないよ?

 だからきっと原因は里奈りなだ。


 やれやれ、彼女と一緒の高校生活は退屈しないな。


 なんてダウナー系主人公のマネをしても状況は何も変わらず、仕方がないので干からびたシコ太郎を担いで教室へと向かった。

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