第23話 難問

 本来の目的である問題集コーナーに辿り着いて驚いたのは意外と堅苦しくないことだった。

 漫画風の表紙やちょっと変わったタイトルの問題集が並ぶのを見ると自分でも里奈りなさんと同じレベルになれそうな気がしてくる。

 

 気がしてくるだけなのは、表紙やタイトルに釣られただけで成績アップすれば誰もテストや受験で苦労していないからだ。


「ここに来ると気が引き締まるの。全国にはこの問題集も簡単に解いちゃう人がいるんだって」


 里奈りなが手に取って見せてくれたのは難関大学の入試問題からさらに厳選したという超高難易度の問題集だ。


「ほら、こんなのあたしには解けないよ」


「うわぁ……」


 パラパラとめくって見せてくれた数学の問題は、問題文こそ短いもののそれゆえにどう攻めていいか皆目見当が付かない。

 学校のテストは授業中に先生がくれたヒントがあるから方向性がわかるけど、どんな人が作ったかもわからない問題を丸投げされても困る。


 まだ一年以上あると思っていた受験までに自分がこれを解けるレベルになれるか考えるだけで冷や汗が止まらなくなった。


「さすがにこんな難しいのには手を出さないんだけどね。学年では1位になれても全国の壁は分厚くて高いなって」


「1位はすごいよ。入学してからずっとでしょ? 僕や仁奈になさんは里奈りなを目標にすればいいけど、里奈りなのライバルは自分自身なわけだし」


「でも、今度のテストはてるがライバルになってくれるんでしょ?」


「ま、まあね」


「そしてあたしに勝った暁にはエッチなお願いをすると。いや~、男子高校生の性欲は侮れませんなあ」


「そういうのは勝負の景品とかじゃなくて、お互いの合意の上で……」


 言葉はどんどんしぼんでいく。口では合意の上と言いつつ、内心では何でもいいからヤリたい。


里奈りなの言う通り男子高校生の性欲を侮ってもらっては困る。

 男は好きでもない相手とでもヤレるんだから。


 だからこそ、里奈りなとの関係は大切にしたい。


「ふふ。てるのそういうところがあたしは好きだぞ」


 耳元でささやかれた愛の言葉に身震いした。

 精神的に満たされるだけでなく、耳に吐息がかかることで身体的にも満たされる。


「こういう不意打ちはズルいって」


「ふむふむ。てるは不意打ちに弱いと。いいこと知っちゃった。にひひ」


「ウソウソ。不意打ちなんて全然効かない。堂々と真正面から攻められる方が弱いかな」


「そうなんだあ。えい!」


「うわっ!」


 本を手にしたままの里奈りなが体重を僕に預ける。

 おっぱいがむにゅっと押し当てられるばかりか、反射的に掴んだ腕は柔らかい。


「どう? 真正面から攻められた感想は?」


「これも不意打ちなんじゃないかなあ」


「でも口元が緩んでる。ホントはうれしいくせに」


里奈りなと密着できたら嬉しいに決まってる」


「……てるだって不意打ちするじゃん」


「と、とにかく一旦離れて。この体勢は危ない」


 バスケ部で鍛えられているだけあって体幹がしっかりしている里奈りなは手を使わずに体勢を立て直した。

 

 密着していたおっぱいが離れていくのは何度経験しても名残惜しい。


てるはどれにする? あたしのオススメはこのシリーズの黄色かな。発展問題も多いから模試でも通用すると思う」


里奈りなと同じレベルかあ。僕にはまだ早い気もするけど……」


 彼女が勧めてくれた問題集の隣には表紙の色が青いものが平積みされていた。

 パッと見で同じシリーズだとわかるそれに見覚えがあるのは気のせいじゃない。


 仁奈になさんが持っていた英語の問題集は全体が青かった。タイトルまでは見ていないけどこれに間違いない。


「あー、こっちも良いかもね。学校のテストよりちょっと難しいくらいって先生が言ってたから二年生のうちはこれで基礎を固めるのもアリだと思うよ」


里奈りなは詳しいんだね」


「先生に聞いただけだけどね。情報収集も重要な戦略なのだよ」


 エアメガネをクイっと上げる動きをして賢さをアピールしようとする姿が子供っぽくて可愛らしい。

 逆にバカっぽいと心の中でツッコミを入れつつ、素直に彼女の愛くるしさを受け止めた。


「うーん。どっちにしようかな」


 彼女と同じ問題集を買えば一緒に勉強ができる。学力的に背伸びをしてみるのも悪くない。里奈りな先生に子供扱いされるのを我慢すれば飛躍的にレベルアップできる。


 里奈りなと釣り合う彼氏になるためにはそれが一番だと頭ではわかっているのに、なぜか仁奈になさんが選んだ問題集がチラつく。


「今日のところはこっちにしようかな。あんまり難しいのに手を出して心が折れたらイヤだし」


「そだね。勝負はあくまで学校のテストだし、この問題集ならあたしが先生になれるよ」


 妖艶な笑みを浮かべながらなぜかブラウスのボタンを外す。

 しっかりとガードされていた谷間とブラのフリルがこんにちはと顔を出した。


「別々の問題集を使うなら隣同士の方がいいよね。おっぱいじゃなくて問題をちゃんと読める精神力も鍛えよっか?」


里奈りながしまえば済む話でしょ!?」


「テスト前はいろんな誘惑があるんだよ? それに耐える心をあたしが育ててあげる。おっぱいに動じなければ何があっても大丈夫大丈夫」


「逆に勉強に集中できないんだけど」


「ムラムラして?」


 ニヤニヤ笑う里奈りなはきっと僕の答えがわかっているんだ。

 人が少ない問題集コーナーで大胆な露出をする彼女に僕は無言で頷いた。


てるはかわいいなあ。セクシー家庭教師になるの楽しみ」


「家庭……教師?」


「うん。てるの部屋で二人で。お母さんに初めての彼女を紹介してね?」


「えぇ……」


 さっきまでギンギンに臨戦態勢に入っていた僕の分身が一気に萎える。

 いつかは紹介しなきゃいけない日は来るよ?


 でもさ、そういうのって結婚が視野に入ってからでいいんじゃないかな。


 平日なら父さんは仕事で家にいないから問題なし。

 母さんはよほどの用事がなければ放課後の時間帯は家にいる。


 里奈りなみたいな巨乳の美人を自宅に招いたら僕が脅迫でもしたと疑うかもしれない。

 

 新たに発生した難問に僕は頭を抱えてしまった。

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