第22話 二人で

純浦すみうらくんは剣道の本?」


「ああ、うん。まあね。部活の参考になればと思って」


「へえ、剣道もいろいろな本があるんだね」


「歴史は……まあいいかな。技とか練習法の」


「わたしも一緒に見ていい? やるからには上を目指したい」


「もちろん」


 とは言ったものの心はザワザワしている。

 里奈りなさんが戻ってきてバッタリ遭遇するのは別に問題はない。


 気になるのは爽井さわいくんのことだ。僕と一緒に本を見ていて良いのだろうか?

 仁奈になさんに限ってそんなことは絶対にないと思うけど美人局つつもたせの可能性が脳裏をよぎった。


 背表紙のタイトルを見ても内容が全然頭に入ってこない。

 あんまり適当な本を手に取るのはおかしいし、何か選ばなきゃと思うと焦りがどんどん募っていく。


純浦すみうらくんこれなんてどうかな?」


「え? どれ?」


 仁奈になさんが棚から取り出したのは初心者向けの教本だった。本当にこれから剣道を始める人向けのものみたいだ。


「さすがにこれは初心者過ぎない? 曲がりなりにも一年はやってきたんだし」


「甘いよ純浦すみうらくん。基礎がしっかりしてないとどんなにすごい技を覚えてもどこかで崩れちゃうんだよ」


「そう言われると……でも、もう少し上のステップでもいいんじゃないかな。あ、これは? 基本を見つめ直す教本。僕らみたいのが基本に立ち返る内容みたい」


「たしかにこれいいかも! あ……」


「どうしたの?」


 パラパラとページをめくって内容を確認していた仁奈になさんが裏表紙を見て固まってしまった。

 裏表紙、つまり価格が記載されている場所。そこで固まる理由は一つしかない。


「スゴクタカイ」


 感情を持たないロボットのように淡々と事実を述べる。

 元々は仁奈になさんと爽井さわいくんから身を隠すために立ち寄ったコーナーで五千円近い出費は痛い。


 かなり多めにお金を持ってきてはいたけど里奈りなさんの下着を買ったのもあって財布の中身はすでに寂しくなっている。


 でも、この本を参考に稽古をすれば素敵な彼氏に一歩近づけるかもしれない。

 欲しい。けど買うのを躊躇ってしまう。


「ねえ純浦すみうらくん」


「うん?」


「もし良かったらなんだけど。この本、二人で一緒に買わない?」


「一緒に?」


「そう。二人でお金を出し合えば値段が半分になるから」


「なるほど。で、みんなで読むと」


 半分でも本一冊にしては高い気がするけどだいぶ手を出しやすくなる。

 それに部員みんなで読めるようにすれば僕へのヘイトも少し和らぐかもしれない。

 

 仁奈になさんの提案に乗ろうとしたその時、


純浦すみうらくんがお金を出したのにみんな強くなっちゃうのは反則だよ。だから、わたしと半分こ」


「え?」


「この本を読むのはわたしと純浦すみうらくんだけ。あ、でも、純浦すみうらくんが優先でいいからね。先に本を探してたのも、この本を見つけたのも純浦すみうらくんだし」


「この本を貸し借りし合うってこと?」


「うん。部活の時だと他の人に見つかるかもしれないから、待ち合わせしてこっそり。この前LINEも交換できたしね。浮気の噂が心配だったらお姉ちゃん経由でも大丈夫だから」


「それじゃあお言葉に甘えて。でもお金は半分じゃなくて僕がちょっと多めに出すから。彼女の妹にカッコつけさせてよ」


「ふふ。わかった。お姉ちゃんが戻ってくる前にわたし行くね。お金は渡しておくから」


 仁奈になさんは財布から千円札を二枚取り出し、僕はそれを素直に受け取る。

 割り勘で買い物をするだけなのに彼女の妹からお金を受け取るというシチュエーションはちょっとクズっぽくって自己嫌悪になった。


純浦すみうらくん、お姉ちゃんのことよろしくね。ばいばい」


「うん。また明日」


 結局、仁奈になさんは爽井さわいくんのことに全く触れずにこの場を去っていった。

 実は変装した里奈りなさんが僕をからかっていたんじゃないかと思うくらい、デートしているような雰囲気を微塵も感じさせない。


 自分のほっぺをつねってもただ痛いだけで、どうやら夢ではなかったらしい。


「お待たせ―。てる、それ買うの?」


「おかえり。うん。基礎をしっかり固めたいなと思って」


「うんうん。勉強もスポーツも基礎が大切だからね。……なんで千円札を握りしめてるの? 子供のおつかいごっこ?」


「え!? ああ……まあ、そんなとこ」


「子供扱いしないでって言ったわりにノリノリだね。おねショタプレイをご所望ならいつでも応えちゃうよ!」


「ご所望じゃないから! あと、公共の場でおねショタとか言わないの!」


「ダメ? 下ネタじゃないのに」


「下じゃなくても相応しくない言葉だから」


 そんなやりとりをしながら里奈りなはさりげなく僕に身を寄せる。

 ほんの数分ぶりに感じる彼女のぬくもりはとても安心感があって、どんなに暑かったとしてもいつまでもこうしていたいと思わせる。


「……なにかあった?」


「え?」


「うーん。あたしが居ない間に他の女の子を見てたかなって」


「まさか。ずっと本を選んでたよ」


 たまたま仁奈になさんに会ったと言えば済む話なのに、口は無意識にそれを拒んだ。

 体が触れ合ったりはしていない。

 

クラスメイトで同じ部活で彼女の妹で……初めて告白した女の子。

ある意味で里奈りなよりもいろいろな繋がりがある。

 

そんな仁奈になさんと過ごした短い時間を自分の胸の奥にしまったのは、一体なぜなんだろう。


 答えは出ないまま、僕は選んだ本を二人で買った。

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