第18話 視線の先に

 仁奈になさんと爽井くんを尾行することになって30秒ほどで早くも事件が発生した。


てるくん、これ買おう!」


「え? いや、時間な……」


「すみませーん! これ二つくださーい」


 里奈りなさんが雑貨屋の店頭に置かれている商品に興味を持ってしまった。

 自分で提案した尾行よりも今はこっちに興味をそそられているらしい。体は立派にオトナなのに心は子供っぽい。


「二つ一緒でちょうど千円だって。あ、レシートはいらないです。すぐに着けるので」


「僕もそれを使えと?」


「尾行といえばやっぱりこれでしょ。ほら、早く早く。さっきのお礼」


「そう言われると断りにくい……」


 取ってつけたような理由だけどお互いに与え与えられる対等な関係になれたみたいで、彼女からの初めてのプレゼントだと気付いて嬉しくはなった。


「ちなみにこれはプレゼントじゃないから。あたしの持ち物のてるくんに貸すだけだから。初めてのプレゼントはちゃんとしたのあげたいから」


「うん。じゃあありがたく借りるね」


 初プレゼントに浮かれていたところにそれを更に上回るプレゼント発言を頂いてしまった。むしろ物よりも彼女の反応が愛おしくて堪らない。


「どう? 似合う?」


「すごい。これをカッコよく着こなせるの里奈りなさんくらいだよ」


 サイズが大きいだけで遮光性は低い。ほぼおもちゃみたいな代物なのに里奈りなさんはまるでスパイのようにカッコいい。

 胸の谷間に武器とか隠せそうなのも美人スパイとしてのポイントが高い。


「さ、てるくんも」


 自分にサングラスが似合わないことなんてよーくわかっている。

 掛けたことはないけど、毎日鏡で見る顔に脳内でサングラスを合わせると大物Yutuberのような何とも言えないバランスになった。


 おもちゃみたいな質感と不必要に大きいサイズがその滑稽さをさらに引き立たせる。


「…………どう?」


「ちびっ子ギャング」


「ちびっ子って……」


 背は一応里奈りなさんより高いし童貞であって童顔ではない。

 高校生離れした肉体美に比べれば子供っぽいかもしれないけど、よりにもよってちびっ子という表現はどうなんだ。


「もしてるくんがあたしより小さかったらショタに目覚めてた」


「それって褒められてる?」


「褒めてる褒めてる。だってあたしの興味が寝取られからショタに変わるんだよ?」


「どっちにしろ危ない趣味なのには変わりないね」


「そう? てるくんが本気でショタになったら仁奈になにも誰にも渡さないのに」


「本当!?」


「ど、どうしたの急に」


 僕がショタになるという点は引っ掛かるけど、彼氏を妹に寝取られたいというとんでもない変態だったことを考えればだいぶまともだ。


「ショタになるって具体的にどうすればいい?」


「んー? お姉ちゃんって呼んでみて」


「お……お姉ちゃん」


「ん~~~~いいね! 声に恥じらいがあって仁奈になと全然違う。ヤバい。本気で目覚めそう」


 鼻息が荒いサングラスを掛けた巨乳の女の子が目の前にいる。

 顔立ちが整っているからギリギリ不審者扱いされていないだけで、あともう一押しがあれば事案だ。


 あと一押し……ノーブラで職質をくらったらいよいよ変態容疑で捕まっていたかも。彼女に前科が付くのを未然に防いだ自分を褒めてあげたい。


「お姉ちゃん」


「な、なあに? じゅるり」


 ハァハァと呼吸が荒い里奈りなさんの唇がテカテカしているのは気のせいではない。

 もはや獲物を狙う獣のような視線すら感じる。


「尾行中なのにターゲットを見失った……」


「あ……」


 僕は里奈りなさんのプレゼント発言に浮かれ、里奈りなさんはショタに目覚めかけて興奮ですっかり尾行のことが頭から抜けてしまっていた。

 仁奈になさん達の動向は気になるけど、こっそり後をつけるなんて行為は褒められたものじゃない。

 

 こうして二人でわちゃわちゃとしている間に見失ったことであとから罪悪感を覚えずに済むからむしろ良かった。


「くんくん」


「……なにしてるの?」


仁奈になの匂いを探ってる。う~ん。あっちが怪しい」


「そんばバカな」


 鼻で笑いつつも里奈りなさんなら妹の匂いを追えそうな気もするから不思議だ。それにくんくんと匂いを嗅ぐ姿が子供っぽくて可愛い。


 僕をちびっ子扱いするけど、里奈りなさんだって幼い部分が多い。

 だからといって僕はロリに目覚めたりしない。


 おっぱいはあった方がいいし、同い年の方が変に気を遣わなくていいから助かる。


「ふむふむ。恋する乙女の匂いですなあ」


「適当なこと言ってるでしょ?」


「そんなことないよ。本当にあのお店に向かって仁奈になの匂いがするんだって」


「もし本当に当たってたら里奈りなさんの命令を何でも聞いてあげるよ」


「マジ!? よしっ! じゃあさらに気合を入れて……くんくん」


里奈りなさん」


「なあに?」


「そこには絶対に仁奈になさんはいないよ?」


 僕の首筋を嗅ぎながらおっぱいを押し当ててくる。

 一応冷静にツッコミを入れているけど内心はドキドキ止まらない。

 

 じんわりと汗をかいて彼女に不快な想いをさせていないか心配になってきた。


「ん~~~~なんで仁奈になの匂いがすると思ったんだろ」


 里奈りなさんの指摘でさらに汗が噴き出てくる。

 膝枕をしてもらったのは数日前で、あの後に部活で汗をかいたりお風呂に入ったりして、かすかな残り香なんて完全に消えているはずだ。


 犬をも超える嗅覚の持ち主なのか、あるいはこれが女の勘というやつなのか、どちらにしても浮気を追求されているみたいでドキドキの種類が変わった。


「あはは。さすがの里奈りなさんでも妹の匂いを嗅いで辿るなんて無理なんだよ」


「なんてね。この勝負はあたしの勝ちだったりするんだな」


「へ?」


 彼女がドヤ顔で指差す先にはオープンカフェが見えた。

 木造のテラスには優しい光が差し込んでいてとても良い雰囲気だ。


 そんなリア充ご用達空間に引けを取らない二人組。

 お互いにちょっと緊張気味なのが初々しくて微笑ましい。


 仁奈になさんのあんな表情を初めて見た。

 膝枕をしてもらった時、自分だけが仁奈になさんの特別な姿を知ったと浮かれたのが恥ずかしい。


 あれが恋する女の子の顔なんだ。

 

 自分は仁奈になさんの恋愛対象ではなかった。

 そして同時に、里奈りなさんも僕に本気で恋していないことを痛感させられた。

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