第11話 今の本命

 仁奈になさんの言っていた通り里奈りなさんは校門にはいなかった。

 LINEで居場所を尋ねてもなかなか教えてもらえず、校内をウロウロしているうちに偶然教室の前で遭遇できた。


「あ……」


「ようやく見つけた。探したよ」


「えっと、さっきはごめんね。ボール」


「あはは。無事だったし気にしてないよ。やっぱり面を付けて球技は無理があったね」


「まあ、おかげであたしの第二作戦がスタートしたわけなんだけどね!」


「ウソつけ」


「あ、バレた?」


 申し訳なさそうな顔をしたり、ドヤ顔になったり、イタズラがバレた子供みたいな無邪気な顔になったり、遠くからでは見れなかった里奈りなさんのいろいろな顔がほんの数秒で堪能できた。


「怪我の功名だと思ってありがたく受け取っておくよ」


「でしょでしょ? 仁奈になってば男子とLINE交換なんてしたことないから」


「それは里奈りなさんもでしょ?」


「…………」


里奈りなさんの場合は逆に男子が寄ってこないパターンだからね。双海姉妹のIDを知れて僕は光栄だよ」


てるくんが聖人すぎて眩しい。辛い!」


 まだ外は明るいとはいえ夕陽が差し込む時刻ではない。

 わざとらしく目を腕で覆い眩しいアピールをする姿は照れ隠しに見える。


「僕もこんな風に女子と待ち合わせして一緒に帰るなんて初めてだよ。里奈りなさんが可愛すぎて眩しい!」


 彼女と同じポーズをしてからかってみたり。

 仁奈になさんに膝枕してもらったりLINEを交換できたりと結果的にはプラスの方が大きいけど、頭にボールが当たったのは痛いことに変わりない。

 ちょっとしたプチ逆襲だ。


「もう残ってる生徒も僕らくらいだし早く帰ろうか。最終下校時刻も迫ってるし」


「あたしはこのまま残って誰もいない学校で二人になってもいいんだよ?」


「先生が見回るらしいよ」


「なーんだ。っていうかてるくん詳しいね」


「学校でその……致そうとしたやつが失敗したって噂で」


 噂の出所はもちろんシコ太郎だ。なかなか際どい写真も見せてもらったのでおそらく本当なんだろう。

 つまりシコ太郎も最終下校時刻が過ぎても学校に残っていたわけなんだけど、あいつはうまく逃げ回ったらしい。


 たまたま捕まってないだけの犯罪者という表現が一番しっくりくる男だ。


「ねえてるくん」


「うん?」


「今の本命はどっち?」


「…………」


 ここはノータイムで里奈りなさんと答えるべきところだ。

 でも本命を聞かれて頭に浮かんだのは仁奈になさんの頑張る姿だった。


「ふ~ん。なるほどなるほど」


里奈りなさんだから! 僕の彼女は里奈りなさんなんだし」


「う~ん。言葉だけだと信用できないなあ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべると里奈りなさんはスッと右手を差し出した。


てるくんの方から手を繋いでよ」


「うっ……」


 めちゃくちゃ恥ずかしい。

 おっぱいを触らされた写真が流出したり、みんなの前でおっぱいに顔を埋めたりしているけど、それは全部里奈りなさんから仕掛けられたものだ。


 手を繋ぐだけなら行為としてのハードルは低いのに、自分から行動を起こすことがとても恥ずかしい。


「あれあれ? もしかしてあたし浮気されてる?」


「寝取られ目的なのに浮気はイヤなんだ?」


「まずはお互いに本命にならないと寝取られた時のダメージが少なくなっちゃうでしょ? 好き好きオーラ全開の時に彼氏を寝取られたいの」


「わ、わかったよ」


 里奈りなさんにはいろいろとお世話になっている。ご飯を何杯でも食べられそうなオカズをたくさんもらった。

 自分から手を繋ぐだけで少しでも恩返しができるなら羞恥心なんて安いものだ。


 差し出された右手に恐る恐る触れて、ゆっくりと壊れないようにそっと指を折り曲げる。


里奈りなさんも緊張してるでしょ?」


「し、してないし」


「手、すごく冷たいんだけど」


「大好きな彼氏にあっためてほしくてわざと冷やしてるのだ」


「冷え性のポジティブな解釈!?」


「なんてね。うん。すごく緊張している。でも、イヤな緊張じゃないの。返ってくるテストが満点かどうか楽しみな緊張みたいな」


「レベルが高すぎてわからないよ……」


 僕の場合はせいぜい80点を超えてるかどうか、よくて90点を超えたらいいなくらい。

 学年トップは僕らとは違う次元でテストに緊張しているようだ。


「……ごめんね」


「あ、いや、里奈りなさんはそれくらいテスト勉強を頑張ってるってことだし」


「違くて。ボールのこと。剣道部の練習中にボールを投げるなんてめちゃくちゃだし、てるくんの頭に当たっちゃうし」


「もういいって。こうして無事なんだしさ」


「あたし、恐くなって逃げたんだ」


「え?」


 里奈りなさんが手をギュッと握る。

 まるで僕を逃がさないようにするために。


てるくんが倒れた時、彼女のあたしが、原因になったあたしが真っ先に駆け寄らないといけないのに、一番先は仁奈になだった」


「それは、剣道部だし」


仁奈になはたぶん、本当にてるくんに恋愛感情はないと思う。でも、心のどこかで気に掛けてるんだなって。あたしがてるくんを寝取られたいって考えてるのとは別に、仁奈にな仁奈になてるくんを心配してるだなって気付入っちゃった」


 本来なら歩くペースの違う二人の足音が重なる。

 僕はゆっくりにしているつもりだし、もしかしたら里奈りなさんも僕に合わせてくれるのかもしれない。


てるくんに本物彼氏になってくれって言ってるのに、あたしの方が本物彼女になれてないや」


「そんなこと……」


 まだ付き合って二日目。それもお互いに初めての彼氏彼女だ。

 なにをもって本物と言えるのかわからない。だから、僕には里奈りなさんの不安を吹き飛ばせるような言葉を紡ぐことができなかった。


てるくん」


「うん」


 手を繋いだまま里奈りなさんが歩みを止めた。

 なんとなくそれを察して僕も立ち止まる。


「こんなあたしでも、本気で好きになってくれますか?」


 その大きな瞳は濁りなく綺麗にてるいていた。妹に彼氏を寝取られたいという変態的な願望を抱えているなんて微塵も思わない。


 学校中が憧れ、高嶺の花として遠くから見守るだけの存在。


 そんなキラキラとてる里奈りなさんと体温を共有している。

 僕は反射的に首を縦に振っていた。


 思わず頷いてしまった。

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