第7話 一緒にいこう

てるくん一緒に行こう!」


 帰りのホームルームが終わるなり里奈りなさんが教室に飛び込んできた。

 ちゃんと終わりを待ったのは学習の成果と言えるだろう。

 

 同じ過ちを繰り返さないのはさすが学年トップというか、先生の信頼を得るテクニックを心得ている印象を受ける。


 ただ、発言内容が性欲盛んな男子高校生には刺激的で妄想をかきたてるのがよくない。

 その行くはそういう意味ではないとわかっていても、どうしてもカタカナのイくに変換されるのは悲しいさがだ。


「ほら、仁奈になも一緒に」


「え……? え?」


 当然のように妹の手を取り満面の笑みを浮かべる。その笑顔はとてもキラキラとてるいていて、遠くから見る分には眼福だけど近くではちょっと眩しい。


「今日の体育館はバスケ部と剣道部のものだよ。あたしのカッコいい姿をてるくんに見てもらうんだ」


 剣道、バスケ、バレーボール、バドミントン……屋内で活動する運動部は多い。 

 交代で体育館を使い、それ以外の日は校内周辺のジョギングや筋トレを行う。


 体育館を使う部活はローテーションなのでバスケ部と一緒になる日も週に何度かやってくるのだ。


「それならわたしはお邪魔じゃないかな」


「なに言ってるの。彼氏と同じくらい……ううん。妹の方が大事だよ」


「嬉しいけど彼氏の前でそれを言ったら純浦すみうらくんが可哀想だよ?」


「平気平気。だってあたしの彼氏だよ。ね?」


「うん。まあ、ね」


 僕としては仁奈になさんを大切にしてくれる方が嬉しかったりするのでダメージは大きくない。

 なにより仁奈になさんが僕を気遣ってくれたことが嬉しかった。


「だからお姉ちゃんは純浦すみうらくんと一緒に行って。剣道部は着替えに時間が掛かるから先に行くね」


「ああん、妹が先に行っちゃう」


里奈りなさんわざとやってるでしょ?」


 双海姉妹のやりとりに唾をごくりと飲む2年3組。

 僕という異分子がいなければ百合姉妹の妄想が捗るのに……百合の間に割り込む男はやっぱりクソだ!


「うえ~ん。妹にフラれたあ」


 わざとらしく泣き声を上げながらおっぱいを押し当てるように抱き付いてくる。

 さっきまで百合姉妹の妄想を膨らませていた男子達の目に一斉に殺意の炎が灯った。


「剣道部は着替えに時間が掛かるから早く行こう」


「うぅ……てるくんもすぐ行っちゃう」


「誤解を生む発言は控えるように!」


 いや、早いのは事実なんだけども……それは今は関係ない。

 早い方が女の子の負担にならないという情報もあるので落ち込むのはよそう。


「きゃっ! てるくんてば大胆」


「いいから」


 無理にでも手を引かないといつまでも教室で妄想をかきたてる発言をしかねない。里奈りなさんくらいになると部活に多少遅刻しても許されそうなのに対し、僕は絶対に怒られる。


 つまり僕は積極的に里奈りなさんを動かさいと学校生活に支障をきたしてしまう。

 半ば強制的に里奈りなさんの望む展開に突入していっているというわけだ。


てるくん、もっと仁奈になにアピールしないとダメだよ?」


「僕が悪いの?」


「だって仁奈になてるくんを寝取ってもらうんだもん。寝取りたいなあって思う彼氏になってもらわないと」


「めちゃくちゃな要求してるってわかってる?」


 部活に遅れたくないのもあって早足で廊下を歩く。

 里奈りなさんと二人で歩くだけでも目立つのに手まで繋いでいるからすれ違う人全員が二度見、三度見は当たり前。


 本当に付き合ってるのか? という疑問の目から、卑劣な手を使いやがってみたいな濡れ衣の目まで、人によって様々な感情を僕にぶつけてくる。


「他人から見られるって結構疲れるでしょ?」


「うん。里奈りなさんの苦労がわかったかも」


「あたしは見られるの嬉しいよ。ノーブラの日とかゾクゾクしちゃう」


「え……?」


「うそうそ。冗談。さすがのあたしも刺激を求めてそんなことしてないから」


「よかった。里奈りなさんならやりかねないと思って」


「ひっどーい。てるくんあたしのこと露出狂だと思ってるんだ?」


「妹に彼氏を寝取られたい変態だからね」


「そっかあ。じゃあ変態らしくてるくんの匂いを嗅いじゃおうかな。くんくん」


「ひゃあっ!」


 首筋に鼻息が掛かる。じんわりと汗をかいているので生暖かい空気は不快なはずなのに、それをドキドキが遥かに上回る。


てるくん、エッチなこと考えてる匂いがする」


「なんでわかるんだよ!」


「え……適当に言っただけなのに」


「そういう意味のなんでわかるんだよじゃなくて」


てるくんってば墓穴掘ったあ。素直で可愛い」


 そりゃあ匂いを嗅ぐのに夢中で腕におっぱいが思いきり押し当てられるんだもん。これでエロいことを考えない方が無理ってもんだ。


「知ってる? 相手の匂いを嗅いで不快に感じなければ相性が良いんだって。あたしはてるくんの匂い、好きだよ」


「そ、そうなんだ」


 なんだか嫌な予感がしたので自分からあまり行動を起こさないように最低限のリアクションだけする。

 でも、里奈りなさんにそんな手は通じるはずはなくて……。


てるくんもあたしの匂い嗅いでよ。ほら」


 長い髪をたくしあげると白い首筋が露わになる。

 常に主張している大きなおっぱいと違って、なかなかお目にかかれない部位に妙な興奮を覚える。


「ほら、今なら誰にも見られてないよ」


 念のため自分でも周囲を見渡すと、幸運なことに人通りはなかった。

 一瞬だけ匂いを嗅ぐだけ。ハグやキスではない。意を決して首筋に鼻を近付けた。


「どう……かな」


 同じ人類とは思えない爽やかで甘い香りが鼻を通じて全身に駆け巡る。

 ああ、この匂い好きだな。


 こんなことをうっかり口走ったら里奈りなさんに何を言われるかわからない。

 ギリギリ残った理性で僕は言葉にするのをグッと堪えた。


「好き」


「そう、なんだ」


「へ?」


 あれ? 僕今なにか言った? 自分の口を自分の意志でコントロールできてなかったの?


「と、唐突に好きとか言われると照れちゃう」


「えっと……一応彼氏だし?」


「そうだよね。うん。まずは本物彼氏になって、それから仁奈になに寝取ってもらわないとダメだもんね。ふふふ。計画は順調に進んでいるようだ」


 耳まで真っ赤にして小悪党のように不敵な笑みを浮かべる里奈りなさん。

 遠くから見ているだけでは絶対に知ることができなかった一面に、ほんのちょっとだけときめきを覚えてしまった。


「と、いうわけでてるくん。あたしの本物彼氏になるのはもちろん仁奈になへのアピールも忘れないように」


「はいはい。わかってますよ」


「言ったね。あたしはこの耳でしっかり聞いたよ」


 なんとなく安請け合いしてしまったことで、僕はこのあとすごい経験をする。

 それは図らずも里奈りなさんの思惑通りと捉えることもできるんだから、本当にこの人はとんでもない存在だ。

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