第5話 羨ましいでしょ?

 授業に遅刻したとは言え、先生の目がある間は自分の席が誰も手を出せない聖域と化していた。


 ただ、表向きはしっかり黒板の方を見つつもみんなの意識が僕に向いているような、自意識過剰と言われても否定はできないけどそんな感覚を味わった。


「やっほーてるくん昨日ぶり」


 授業終了まであと1分。今か今かとチャイムが鳴るのを待つロスタイムのような空気が漂う中で躊躇なく教室の前の扉から里奈りなさんが現れた。


双海ふたみ、3組はまだ授業中だぞ」


「え、すみません。1組が早く終わったもので」


「まあいい。キリがいいから今日はここまで。双海ふたみ、次やったらテストで減点するからな」


「それだけは勘弁してください! 1位と2位は1点差で入れ替わってもおかしくない熾烈な争いなんですから」


「わかってるならもう少し常識を持って行動するように。妹を見習え」


「はーい」


 あまり反省の色も伺えないがなまじ成績が良いため先生も強くは言えないようだ。

 私立の高校って進学率とかすごく気にするもんな。

 

 里奈りなさんなら難関大学に合格して良い宣伝材料になってくれるだろうし。


「ちなみにてるくんって純浦すみうらのことか?」


「はい! あたしの彼氏です」


「「「「おおっ!」」」」


 クラスメイトの歓声で教室の空気が揺れた。

 先生もちょっと口元が緩んでいる。

 なんだかんだ言いつつこの状況を楽しんでるだろ。


「とにかく学生の本分は勉強だ。恋愛もいいが問題は起こさないように。では号令」


「起立。気を付け。礼」


 なぜか里奈りなさんも一緒に挨拶をして授業が終わった。

 聖域だと高をくくっていたこの時間も里奈りなさんの突拍子もない行動によって崩されている。


 もはやこの学校に僕の安息の時間はないのかもしれない。

 妹の仁奈になさんだってお姉さんの行動に頭を抱えてるじゃないか。


「てーるくん」


 甘える猫のようにすりすりと体を寄せてくる。

 

暑苦しいのではなく暖かくて幸せ。

 そんな感想を抱くくらいに里奈りなさんの体は柔らかくて良い匂いがする。


 夏でもイチャイチャと密着するカップルの気持ちをようやく理解できた。


「すげー。本当に付き合ってるんだ」


純浦すみうらくんに脅されてるんじゃない?」


「それある!」


 誰も手を出せなかった双海ふたみ姉が僕みたいな冴えない男子に甘えている。

 僕がみんなの立場なら同じような反応をしたと思う。したと思うけど、脅迫疑惑を掛けられると精神的にくるものがあった。


「違うよみんな。あたしからてるくんに付き合おうって言ったの。あの写真も、あたしが自分でてるくんに胸を触らせたんだよ」


「「「「マッ!?」」」」


 陽キャも陰キャもクラス全員の声が揃った。

 性格の壁を超えて一致団結するなんて体育祭でも文化祭でもなかなか起こらない。


 勉強も運動も得意でちょっと変態なカリスマJKの里奈りなさんだからこそ成しえる技だろう。


「彼氏を自慢したくてあの写真を送ったのにてるくんが変態扱いされてるから濡れ衣を晴らしにきちゃった。ほら、こういうのもあたしの気持ちだよ」


「むぐぅ」


 頭を両手でホールドされたかと思うとなんのためらいもなくその豊満なお胸にダイブさせられてしまった。


 制服の上からでも柔らかさが伝わってくるのは昨日体験済みだ。

 だけど、手と顔面ではその伝わり方が全然違う。


 呼吸ができなくて苦しいはずなのにそれを上回る安心感が脳に直接押し寄せる。


 こんな快楽を味わってしまったらもう映像では満足できなくなるかもしれない。

 もはや危険ドラッグと言っても過言ではない攻撃力だ。


「やべーよ。マジで彼氏だ」


「それも里奈りなちゃんの方が好き好きオーラ出てる感じ」


「あー、そういうことか。自分がデキる女ゆえに冴えないダメ男に惹かれる的な。ちくしょう!」


 おいおい耳までは塞がってないからちゃんと聞こえてるぞ。

 僕だって仁奈になさんに負けないように勉強も部活も頑張ってるんだ! ……冴えないと言われるとグゥの音もでないけども。


 ただ、そんな反論をするよりも今はこの幸せを顔面で味わっていたい。

 おっぱいは人をダメにするんだな。


「これこれ。てるくんをバカにするでないぞ。なんたってあたしが選んだ彼氏なんdなから。ね?」


 と言われても顔をしっかりおっぱいで固定されているので声を出したり頷いたりはできない。


「うんうん。てるくんもあたしのために最高の彼氏になってくれるって」


 僕の意志を無視して勝手に最高の彼氏になる宣言をさせられてしまった。

 最高の彼氏になったところで妹に寝取られるのが目的だなんて里奈りなさんが言っても誰も信じないだろうな。


 僕だってにわかに信じられてないんだから。


「どう仁奈にな? お姉ちゃんに彼氏ができて羨ましいでしょ? 負けたくないでしょ?」


 そして話題は仁奈になさんに振られる。

 彼女は今どんな表情なのかとても気になるけど確認できない。


 告白された回数だけはお姉さんに勝っている仁奈になさん。里奈りなさんよりも選択肢の幅は広いと言える。

 

 お姉さんに彼氏ができた今、これだけ煽られたら次に告白した人と付き合ってしまう可能性がある。


「そうだね。お姉ちゃんに彼氏ができたし、わたしも恋愛してみてもいいかなって思えて来たよ」


「「「「おおっ!?」」」」


 男子どもが一斉に雄叫びを上げた。

 恋愛解禁宣言とも取れる仁奈になさんの発言に今までフラれたやつも、密かに想いを寄せていたやつも浮足立っている。


 そんな浮かれる男の中に僕もしっかり含まれているのはみんなには内緒だ。

 男女問わず魅了するおっぱいに挟まれておいて妹にも手を出そうものなら殺されても文句は言えない。


「お姉ちゃんより素敵な彼氏を見つけてみせるから」


「「「「うおおおおお!!!!」」」」


 男子共が湧きに湧いている。

 僕よりもスペックが高い、あるいは高くなる自信があるのだろう。

 うん。その考えは正しい。


 僕は里奈りなさんみたいに手の届かない存在ではない。

 努力すればあっという間に追い抜かれてしまう。


 だからこそ、天高く存在するお姉さんに挑み続ける仁奈になさんのひたむきさに惹かれたし、ものすごく一方的な考え方だけど一緒に頑張れた。


「ねえねえてるくん」


「ん゛?」


 耳元で名前を呼ばれても顔はおっぱいに埋もれているのでまともな返事はできない。


てるくんって仁奈になの好感度高いんじゃないの?」


 それにようやく気付いたのか力を緩めて風通しがよくなった。

 まだ頭を両手で押さえられているのでおっぱいから離れることはできない。


 まるで赤ちゃんみたいな体勢で里奈りなさんの質問に答える。


「知らないよ。あと、普通は姉の彼氏を寝取ろうんて考えないからね?」


「うそっ! 負けず嫌いな妹なら絶対にあたしから寝取ると思ってた」


「……里奈りなさんって学年トップのわりにバカでしょ」


「あたしのことバカ呼ばわりするのてるくんが初めてだよ」


「きっと口に出すまでもないってことだね」


「ひっどーい」


 くすくすと笑うと甘い吐息が耳にかかってくすぐったい。

 みんなに見られているのに二人きりの時間が僕らの周りだけ流れている。

 

仁奈になさんの衝撃発言で意識が逸れているのもあり、寝取られのことは誰にも聞かれていないようだ。


 っていうか、僕はもう完全に仁奈になさんの恋愛対象からハズれてるじゃん。


 そのことに気付いて胸がキュッと苦しくなる。

 こんなにも里奈りなさんのおっぱいを堪能してもなお、自分はまだ仁奈になさんを諦めきれていないことをしっかりと自覚させられてしまった。

 

 

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