第4話 お姉ちゃんでもいいんだ?

 シコ太郎に連行されるような恰好で教室に到着するなり今度は数名の男子が僕の体をがっちりと掴んでそのまま男子トイレへと連れ去られた。


 挨拶をする間すらも与えない見事な連携プレイである。これは体育祭とか球技大会とかチームプレイに期待できるんじゃないか?


 バンッ!


 クラスメイトの一人で噂では仁奈になさんに告白してフラれた第一号の綾瀬くんに壁ドンされてしまった。

 一見するとカツアゲ、見る人が見ればボーイズなラブのような展開だ。


「おい純浦すみうら


「は、はい」


 鬼気迫るその表情に反射的に敬語になってしまう。

 そのおっぱいに目がくらんで真っ先に告白するくらいの陽キャでクラスの誰とでも仲良くなる綾瀬くんもこんな顔をするんだ。


「おっぱいは……双海ふたみさんのおっぱいはどうだった!?」


「どうって……」


 いきなり連行してまず聞くのがそれなのか。

 やっぱり僕以外の男子は双海ふたみ姉妹のおっぱいしか見えてない。


 そんなだから仁奈になさんにフラれるんだよ。僕もだけど。


「頼む。せめて感想を、感想を聞かせてほしい。手の届きそうな夢に破れたオレには、ミラクルを起こした純浦すみうらが最後の希望なんだ」


「そんな大袈裟な」


「大袈裟じゃない!」


 声を上げたのはシコ太郎のゲス友達である三澤くんだった。

 シコ太郎の友達にしては場をわきまえるタイプなので女子からの評価もそこまで落としていないらしい。


 そんな控えめな彼が大声を出したことに僕を含めこの場にいた男子全員が驚愕の表情を浮かべた。


「あのおっぱいはボクらの夢だ。綾瀬くんみたいな陽キャでもダメ、それなら意外にも陰キャに分があるのかと思えばそれもダメ。誰も触れることができない聖域。そしてお姉さんの方はもはや禁忌地帯だ。それを……それを純浦すみうらくんは」


 さすがはシコ太郎の友達だ。シコ太郎とは写真部の繋がりで仲良くなったらしいので直接的な絡みはあまりないけど、その表現力はエロへの渇望を感じさせる。


 こんな状況でなければ男同士ゆっくりと熱く語り合いたい。


「頼む! 揉ませてくれとは言わん。だからせめて感想だけでも」


「「「「お願いします!!!」」」」


「ちょっ! みんなおかしいって」


 まるで暴走族の総長にでもなったかのようにクラスの男子が綺麗に頭を下げる。

 本音を言えばかなり気持ち良い。

 クラスの中心人物である綾瀬くんまでも僕に頭を下げる機会なんてたぶんこの先訪れない。


 だけど僕にもおとことしてのプライドというものがある。


 仁奈になさんへの想いを認めてくれた里奈りなさんの期待に応える……義務は正直ない。

 寝取られたいから本物彼氏なってほしいってやっぱり意味がわからないし。


 写真を流出させたのは里奈りなさんだけど、やっぱりまずは本人と話したい。

 里奈りなさんのおっぱいの感触を教えるということは、仁奈になさんのおっぱいの感触も同時に広まるということだ。


 成績優秀な変態はさておき、恋した女の子を守りたい気持ちはおっぱいに代えられない。


「……みんな、ごめん!」


 全員が床を見つめている隙を付いてトイレから逃げ出した。

 ここは学校。チャイムが鳴れば授業に出なければならない。


 休み時間がきたらまた尋問が始まるのは覚悟の上で、今はとりあえず逃げる。


「ねえ」


 ルール違反の廊下ダッシュをキメていると一人の女の子に声を掛けられた。

 その声の主を僕が間違うはずがない。


 昨日僕をフッた張本人であり、今もまだ僕が恋する女の子、双海ふたみ仁奈になさん。


 自分から声を掛けるのも気まずいし、仁奈になさんがお姉さんから彼氏を寝取る展開も考えにくい。

 仁奈になさんとの恋愛成就は不可能に思えていたところに、向こうから声をかけてくれた。


 もしかして可能性はゼロじゃない? 希望的観測だとしても心が踊ってしまう。


「あ……おはよう」


「うん。おはよう」


 笑顔なんだけど目が笑ってない。

 一つ屋根の下に暮らすお姉さんのおっぱいを揉んだ男が目の前にいるんだ。そりゃあ警戒もするわな。


純浦すみうらくんって意外と大胆なんだね」


「ちがっ……くはないな。でもお姉さんが」


「うん。そんなことだろうとは思ってる。でも、しっかり断らなかったってことはお姉ちゃんでも良いんでしょ?」


「…………っ」


 何も言い返せなかった。

 本当に仁奈になさんのことが好きなら、どんな誘惑でも突っぱねなければおかしい。


 性格は違っても体型はものすごく近い双子の姉妹。

 妹にフラれたその日に姉のおっぱいを揉むなんて、体目当てと思われても仕方のないことだ。


 だからせめて、昨日伝えられなかった気持ちだけは伝えよう。

 

「信じてもらえないかもだけど、僕は双海ふたみさん……仁奈になさんの負けず嫌いなところが好きになったんだ。いつもお姉さんに勝とうと必死な姿を見て、僕も頑張ろうって思えた。一緒に勉強や部活を頑張りたいって思ったんだ」


「……そんなこと言って、お姉ちゃんのおっぱい揉んだくせに」


「うっ……!」


 マジでそれ! 里奈りなさんがあの画像をバラまいたから仁奈になさんと話すきっかけになったけど、同時に仁奈になさんの信頼をゼロにされているから意味がない。


 寝取られたい欲を抑えて普通に僕と仁奈になさんの仲を取り持ってくれたら一生お義姉さんとして慕ったのに!


「でも、そっか。わたしのことちゃんと見てくれてたんだ」


「……っ! う、うん! ずっと見てた」


「ど、どこ見てたのよ」


 すかさず腕で胸元を隠す仁奈になさん。

 男としてかなり警戒されてしまっているらしい。


 あと、そうやって腕でギュッと締め付けるとお肉が隙間から漏れて余計にえちちだから実はガードしない方がいいですよとアドバイスできるような空気ではなかった。


「わたし、勉強も運動もお姉ちゃんに勝てない。だから高校ではお姉ちゃんとは違う剣道部に入ったけど、ここでも結局並みの強さで……」


仁奈になさん……」


「あのお姉ちゃんに彼氏ができたことないんだから、わたしなんかじゃ絶対に辛い恋愛になると思ってた」


 昨日里奈りなさんから聞いた通りだ。

 仁奈になさんは少しずつ里奈りなさんとの勝負を諦めつつある。


 僕は決して逃げているとは思わない。

 ずっとお姉さんに固執して仁奈になさんらしさを見失ってしまう方が悲しいことだから。


「だけど、純浦すみうらくんのおかげで決心が付いた」


「え?」


「キミみたいなあんまり冴えない男子が彼氏でもお姉ちゃんすごく嬉しそうだった。だからわたしも恋に臆病にならない。告白された回数だけはお姉ちゃんに勝ってるんだもん。絶対に純浦すみうらくんよりも素敵な彼氏を見つけてみせる!」


「え? え?」


「ありがとう純浦すみうらくん。お姉ちゃんの彼氏になってくれて。お姉ちゃんに勝てないのは悔しいけどさ、やっぱりわたしはお姉ちゃんのあとを追うのが好きみたい。勝ち負けじゃなくてさ」


「あ、あの……」


「あとごめんね。純浦すみうらくんが体目当てじゃないっていうのはちゃんと伝わってるから。お姉ちゃんちょっと変わってるけど純浦すみうらくんなら大丈夫だよ」


 つい数分前の重々しい空気はまるで演技だったかのように軽やかな足取りで教室の方へと駆けていく仁奈になさん。

 廊下は走っちゃダメだよとツッコミを入れる間もなく彼女の姿はすっかり遠くまで行ってしまった。


「もしかして僕、完全にフラれた?」


 おーい学年トップのお姉さん。

 あなたの妹さんは新しい恋を探すみたいですよー。

 あなたから彼氏を寝取ろうなんてゲスな考えこれっぽっちもありませんよー。


 心の中で叫んでも里奈りなさんには届かない。

 僕は茫然とチャイムの音を聞き流し、遅刻していないのに一時間目の授業に途中から参加して怒られた。

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