第2話 恋に落ちた理由

「ん??? ねと……? え? なんて?」


 今、寝取られたいって聞こえた気がするけど気のせいだよね?

 後半部分の彼氏になってくださいはハッキリと聞こえたけど。


「だから、てるくんとあたしはこれから両想いになります」


「お、おう」


 恥ずかしげもなく両想いになるとか言わないでくれよ。照れるだろ。


「お互いに好きで好きで仕方がない状態になったら、仁奈になはあたしからてるくんを寝取ります」


「なんで!?」


 たまにSNSで見かける鼻毛漫画のツッコミみたいな顔になったと思う。

 マジで目玉が飛び出そうな勢いで大声を発してしまった。


 妹の仁奈になさんにフラれて、それを双子のお姉さんに目撃されて寝取られたいから本物彼氏になってください?


 言葉は音としてしっかり脳に届いてはいる。

 だけど、あまりに突飛に提案でそれを咀嚼して理解できるところまで至っていない。


 寝取りって一般的にダメなやつだよね? エロのジャンルとして確立はされてるけどリアルでは絶対に修羅場、フィクションでもろくなラストにならない地獄のジャンルだよ?


「改めて確認するけど、てるくんは仁奈になの負けず嫌いなところが好きなんだよね?」


「そ、そうだよ」


「うん。やっぱり合格。ちゃんと仁奈になの性格を見てくれて、そしてちゃんとエッチな男子。あたしが求める条件に当てはまる理想の男子だよ」


「ちゃんとエッチってどういうこと!?」


「え? さっき擬人化した蚊にチューチューされたいみたいなこと言ってなかった? もう! 一体ナニをチューチューされるんだか」


 手で口元を押さえてムフフと笑う。

 妹の仁奈になさんに告白してフラれた男子はたくさんいても、姉にエッチな妄想を盗み聞きされたのはたぶん僕だけ。


 こういうゲスな話は男子の中では英雄になれても女子の耳に入れば一気に信頼を失ってしまう。

 そうなれば仁奈になさんと恋人になるなんて夢のまた夢だ。


てるくんはぁ、仁奈にながおっぱいを当ててきたら彼女がいても誘いに乗っちゃう?」


「はぁつ!? か、彼女がいたらそっちを優先するし」


「でもまだ仁奈になのことが好きなんでしょ?」


「それは……今は彼女いないし」


「だから一旦あたしの彼氏になってよ」


「話のつじつまが合ってない!」


 姉は学年トップの成績の持ち主という認識だったけど勘違いだったかな。

 僕に彼女がいなくて今もまだ仁奈になさんへの想いを消化しきれていないことと、姉と付き合うことは何も繋がっていない。


「恋人を寝取られるとね、ショックから自分の脳を守るためにいろいろなホルモンが分泌されるんだって。日常生活では絶対にありえないようなすごい量の。あたしにとって、それだけが合法的に得られる最後の快楽なの」


「寝取りは合法かどうか怪しいよ!?」


「んー? でも結婚する前なら不倫じゃないでしょ? しかもあたしはてるくんを仁奈になに寝取られても訴えたりしない。むしろ妹に素敵な彼氏ができて祝福しちゃう」


「えっと、双海さんは僕と妹さんが付き合うことに賛成なの?」


「もちろん。あたしは仁奈になの幸せを願ってる。あたしに勝つことばかりに固執しないで自分だけの幸せを見つけてほしい」


「双海さん……」


 めちゃくちゃ妹想いのお姉さんでちょっと涙が出そうになった。

 これまで耳に入ってきた寝取られという単語も実は字が違う全然別の言葉なのかもしれない。


 学年一位クラスにならないと知らない難しくて崇高な言葉を僕は最低の寝取りだと勘違いしている可能性が出てきた。


「双海さんじゃなくて名前で呼んで。紛らわしいからみんなそう呼んでるよ」


「じゃあ。里奈りな……さん」


「なあに?」


里奈りなさんは僕のどこが好きになったの?」


「それはもちろん、仁奈になを好きになってくれたところ。仁奈になが誘惑したら寝取られそうなところよ」


 仁奈になさんのことが好きな僕を好き。

 つまり、里奈りなさんを本気で好きになった時、僕は捨てられてしまう。


里奈りなさんは僕を本物彼氏にしたいんだよね? そして妹さんに寝取ってもらう」


「そう! あぁ、楽しみだなあ。初めての彼氏ができた上に寝取られ体験も待ってるなんて。うふふ」


 恍惚な表情を浮かべる里奈りなさんは妙な色気を放っていて体だけが目的なら十分すぎる価値を放っている。


 でも僕は体目的じゃない。なんなら好きなのは妹の方だ。

 外見がものすごく似ていても中身は全然違う。姉とはちゃんと話したのは今日が初めてだけどよーくわかった。


「と、いうわけで」


「へ?」


 里奈りなさんは僕の右手を握るとそのまま豊満な胸へと導いた。

 制服の上からでも明らかにわかる柔らかな部位に頭は混乱しつつも股間は素直に大きく固くなっていく。


 パシャッ!


「ちょっ! 今写真を」


「うん。ほら、綺麗に撮れてるよ。てるくんがあたしのおっぱいを揉んでニヤけてるところ」


「うわっ……」


 多少ニヤけている自覚はあった。だって初めてのおっぱいがこんなに大きいんだもの。

 これから先の人生で他のおっぱいに触ることがあったとして、僕はそれをおっぱいと認めることができるだろうか。


 それくらい僕のおっぱいに対する価値観を決定付ける衝撃的な出来事なんだからそりゃあ鼻の下だって伸びますよ。

 想像よりもだいぶ気持ち悪い笑顔を浮かべているのはショックだけども……。


「この画像を拡散したらてるくん学校に来れなくなっちゃうね。彼氏が登校してくれないのは寂しい。ぴえん」


「ぴえんじゃないよ。原因は里奈りなさんじゃん!」


「だ・か・ら。あたしと本気で付き合って」


「うわっ!」


 すでに付き合っている二人であるかのごとく迷うことなく僕の体に密着する。

 むにゅっと潰されたお胸がしっかりと当たっていて、股間の膨らみは最高潮だ。


 固くなった部分が里奈りなさんの体をツンツンしていなくてよかった。


「もちろんあたしが彼氏を寝取られたいって願ってるのは秘密だよ? 計画を知らずに本気でてるくんを好きになってあたしからてるくんを奪うの。あぁ……成長したね仁奈にな


「それは成長なのか? 人としてダメな方向に進んでるとしか思えないんだけど」


「もちろんあたしとてるくんだって成長するんだよ? お互いに好きになって恋愛経験を積んで、てるくんは万全の状態で仁奈になの彼氏になる。あたしは幸せの最高潮で寝取られる。ハッピーエンド決定だね」


「わ、わかったから。とりあえず一旦離れよ?」


「本当にいいの? あたしのおっぱい、仁奈になより大きいのに」


 双子と言っても体型は微妙に違うらしい。勉強も運動も勝っている姉なら胸のサイズだって勝っていてもおかしくない。


 本当は揉みたくて仕方がなかったおっぱいよりも大きいモノが今自分の体に密着している。

 そんな幸せを簡単に手放していいのだろうか? いや、よくない。


「ふふ。あたしのこと、少しは本気になってくれた?」


「ぼ、僕は妹の……仁奈になさんの方が好きだぞ。体で男を弄ぶビッチには興味ない」


「そういう頑固なところも素敵だよ」


 耳元に息を吹きかけられると同時に体が一気に軽くなった。

 心地良いぬくもりは再び不快な蒸し暑さへと戻る。


「今日からよろしくね。あたしの彼氏さん」


 長い髪が初夏の風に揺れる。

 同じ空間にいるはずなのに、彼女だけが爽やかな空気をまとっていた。

 

「マジで彼氏なのかな」


「マジだよ。大マジ! また明日ねー!」


 学年トップの万能超人は聴力も良いらしく、ボソッと漏れ出た独り言にもしっかり返答してくれた。

 いつも周りに誰かがいて、余裕の笑みを浮かべる双子姉妹の姉。


 僕が好きになった女の子と似た顔を持つ姉が見せた子供っぽい笑顔に、ちょっとだけ惹かれている自分がいた。

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