寝取られたいので本物彼氏になってください

くにすらのに

第1章

第1話 告白

 湿気をたっぷりと含んだ空気が体にまとわりついて蒸し暑い。

 ただ、僕が感じている暑さは外的要因だけじゃないのは明白だ。


 なぜならこれは自分で招いたシチュエーション。


 人の少ない場所に好きな女の子を呼び出してすることは一つしかない。

 いや、ゲスな友人なら他の選択肢を提案するかもしれないけどそういのは今は却下する。


「来てくれてありがとう」


 まずはこのことに感謝を申し上げる。

 僕の呼び出しを無視して部活に行くことだってできた。


 ミディアムボブの髪が初夏の風に揺れる。

 汗をかいた首筋が色っぽい。


「こういうのちゃんとしないと、あとで気持ち悪いから」


 彼女は視線を逸らして、申し訳なさそうに答えた。

 今日という日を逃げても明日同じ教室で鉢合わせる。

 

 クラスや学年が違っても同じ学校に通っていればどこかで相手の姿が視界に入ってしまう。


 学生が抱える告白最大のリスク。


 僕はそのリスクを覚悟の上で彼女を呼び出した。


双海ふたみさん……あ、もちろんお姉さんの方じゃなくて」


「うん。わかってる。こういうのはなぜかわたしばっかりだから」


 双海ふたみ姉妹。姉の里奈りなと妹の仁奈にな

 一卵性双生児らしいのだが、双子というのは絶対にクラスが別々になるらしく小学校から高校二年生まで一度も同じクラスになったことがないそうだ。


 その影響か、小一の頃は瓜二つで友達も見分けがつかなかったのが今では完全に別個体。意図的に髪型や服装を同じにすればそっくりだけど、まとっている雰囲気の違いで区別されることが多くなったと噂で聞いた。


「そうなんだ。同じクラスだからっていうのもあるんだけど、僕は双海ふたみさん……仁奈になさんの方が」


 好きだという言葉をグッと飲み込んだ。

 この二文字を今は軽々しく口にできない。


 ましてやお姉さんとの比較でなんてもってのほか。


 僕は一人の女の子として目の前にいる双海ふたみ仁奈になを好きになったんだから。


「でもごめんね。お姉ちゃんに彼氏がいたことがないのにわたしなんて……」


 一方的に言い放ち仁奈になさんはくるりと振り返った。


 お姉さんに自慢できるような彼氏じゃないから告白を聞く前に断わるってか?


 まあ、成績も部活も秀でるものはないよ。

 でもさ、キミが双子のお姉さんに勝つために努力する姿に勇気をもらったし、応援したいと思ったんだ。


「好きだ!!!」


 大切な二文字に断定の語尾を付けて強調した。

 本当はもう少し前振りを並べてから伝えるはずだった気持ちが決壊したダムのように溢れ出る。


 この勢いはもう止まらない。せっかく人が少ない第二校舎の裏側を選んだのに、もしかしたら本校舎まで声が届いてしまったかも。


 僕はそれでも構わなかった。告白のリスクと天秤にかけて想いを伝えると決めたんだから。


「ごめんね」


 彼女は僕の姿を見ることなく、四文字で答えを出した。

 こうなることは想定していたし、こうなる可能性の方が高いとは思っていた。


 高嶺の花の姉と、手を出しやすい妹。


 男子の間で双海ふたみ姉妹はこんな評価をしている。


 姉の里奈りなと妹の仁奈になで決定的に違うのはその内面だ。

 

 成績が学年一位、バスケ部でも活躍する姉と、成績はそこそこで剣道部でもそれなりの活躍をする妹。


 姉と自分を比べると惨めになるけど、妹なら親しみやすくちょっとだけ優位に立てる。だからみんな妹の方に告白する。


 あと、僕はこのあたりは全然考慮してないんだけど二人ともかなりのモノをお持ちだ。ないよりはあった方がいいとは思う。でも、僕は外見ではなく妹の仁奈になさんの人間性を好きになったのであって……。


「結局、男子で一括りにされてるのかな」


 頭を抱えてしゃがみこむと、耳元でぷーんと蚊の羽音が聞こえた。

 煽られてるみたいで腹が立つと同時に、蚊は失恋した僕の側にいてくれるという信頼感が生まれていた。


「今日は特別だぞ」


 言葉なんて通じないだろうけど抵抗することなく蚊に体を預ける。

 

「この蚊があとで擬人化してお礼に来てくれないかな」


 血だけじゃなくてアレをチューチュー的な。

 ヤバい。ゲスな友人の悪影響がこんなところで出てしまった。


 ゲスだけど一緒にいると楽しいんだよ。

 女子に聞かれたら好感度が下がること間違いなしだけど、そうならないようにコソコソ隠れてする猥談が楽しくして仕方ない。


「あぁ、こういうとこだよな。男子で一括りにする気持ちもわかるわ」


 右腕に止まった蚊をじっと見つめながら自己嫌悪に陥った。

 

告白する前はどんなリスクも覚悟の上と思ったいたのに、いざ惨敗すると大声を出したこと思い出したり明日以降も教室で仁奈になさんと顔を合わせる気まずさを想像すると心臓をギュッと握られたような感覚になる。


「僕はキミの負けず嫌いな姿が好きなだけなのに」


「その言葉、本当だね?」


「ふぇっ!?」


 ボソッと漏れた独り言に反応したのはさっきごめんねと去っていった仁奈になさんの声だった。


 まさか一度フッたと思わせて僕の本来の姿を観察していたとか?

 だとしたら蚊の擬人化も聞かれていたことになる。だいぶ気持ち悪い妄想だけど仁奈になさん僕をチューチューしてくれちゃう!?


 ギュッと握られていた心臓が解き放たれて鼓動が再び早くなる。

 血の気の引いた体に熱が戻っていく。


 そしてその熱は、例え僕の勘違いであったとしてもすぐには冷めない。


「って、姉さんの方かよ」


「ごめんね。仁奈になが告白される時はいつもあたしが隠れて見守ってるんだ。断っても無理に変なことをする輩に鉄槌を下すためにね」


「妹想いなお姉さんなんですね」


「ふふ。可愛い妹の頼みだからね」


 妹とは対照的な長い髪を風にたなびかせてキメ顔で語る。

 立っているだけでオーラたっぷりでどんな卑劣な男にも勝てるという自信を醸し出していた。


 実際、バスケ部で鍛えた肉体は並みの男なら太刀打ちできないだろう。


 それも妹を襲おうとしているところに不意打ちを仕掛ける算段なわけだし。大切な妹を守るためだから卑怯でもなんでもない。


「それで、僕はこれからなにをされるんですか? 妹さんに告白して惨敗した姿をSNSに晒されたり?」


「えー? なんでそんなことするの? キミってもしかして変態?」


他人ひとの告白を隠れて見学する人には言われたくなっすわ」


「ふーん。あたしは変態くんなら仁奈になの彼氏になってもいいかなって思ったんだけどなあ」


「マッ!? じゃなくて、僕は純浦すみうらてるです。変態ではありません」


てるくん。てるくんは妹の負けず嫌いなところを好きって言ってたよね?」


「そうですけど……」


「あたしのおっぱいを揉めない代わりに仁奈になに手を出したわけじゃない。誓えるね?」


「も、もちろん。そういうのは副産物というか、好きになった人のがたまたま大きかったというだけで」


 妹の仁奈になはその大きなモノを隠そうとする傾向にあるのに、姉の方はむしろ堂々と見ろといわんばかりに主張してくる。


 あんまりジロジロ見ると女子の間で情報共有をするくせに……。


 頭ではわかっていても心がおっぱいを求めてしまう。

 体に命令を送るのは脳のはずなのに、それに魂が抗い視線は姉の胸元に釘付けだ。


 普段は遠くからその膨らみをすれ違いざまや横から見ることしかできないけど、今はたまたましゃがんでいるおかげで見上げている。


 あまりに大きいおっぱいは双海ふたみ姉の顔をいい感じに隠していた。


 おかげで存在は知っているのにほぼ初対面の双海ふたみ姉ともそれなりに会話のキャッチボールができている。


「その視線に説得力はないけど、まあいいや」


 こっちからは顔が見えていないのに、相手からは見えている……?

 女子は胸への視線に敏感と聞いたことはある。まさか、おっぱいには第三の目が?


てるくんはさ、フラれた今でも仁奈になのことが好き?」


「当たり前だろ。そう簡単に割り切れるものじゃない」


「じゃあ、仁奈になから告白されたらOKしちゃう?」


「あり得ないけどな。向こうから告白してくれたらそりゃもちろんOKだ」


「さすがあたしが見込んだ男子だ。ふふ、ついに夢が叶うかも」


 変な質問されて、それに素直に答えたら上機嫌になる双海ふたみ姉。

 姉の方はあまり告白されない理由って、高嶺の花ってだけじゃなくてちょっと意味不明なところにもあるんじゃないか?


「あたしってさ、小さい頃から勉強も運動もなんとなくできちゃうんだよね。それで逆に敬遠されちゃったり。でも、仁奈になは違った。仁奈になだけはあたしを負かそうと必死に食らいついてくる」


「知ってる。いつも打倒お姉ちゃんって感じだし。バスケ部の姉に剣道部で勝とうとしてるのは謎だけど」


 バスケ選手に竹刀で殴りかかるのはさすがに反則だ。

 それでも、実際に話してみるとこの姉なら対等に戦えそうな気がするから恐ろしい。


「運動では諦めたみたいなんだよね。それで前から興味があった剣道部にしたんだって。いつもあたしの後ろを追いかけてばっかだから嬉しくもあり寂しくもありみたいな不思議な心境だったよ」


「はぁ……」


 僕は一体なにを聞かされているんだろう。

 仁奈になさんの昔話を知れるのは嬉しいと言えば嬉しい。だけどそれはフラれていなければの話だ。


 フラれて傷付いた心に好きな子の話は塩を塗られているようなものである。


「恋愛でもさ、仁奈になの方がモテるのにあたしに遠慮してるっていうか、お姉ちゃんの代わりに告白されてるだけだからって全部断ってるの」


「そうっすか」


 どうにも話が見えてこないのでおっぱいを見上げながら適当な相槌を打つ。

 こうなったらせめて今夜のオカズだけでもしっかり仕入れておかないと。


「勉強も運動もあたしにとっては退屈すぎる。だから高校に入ったら絶対恋愛するぞーって張り切ってたのに仁奈になに負けてるような勝ってるような不思議な状態になったわけ」


 僕の適当な態度を気に留めることなく双海ふたみ姉は演説を続ける。


「そしてあたしはある答えに辿り着いた。やっぱり頭がいいのね。でも、それを実現するには理想の男子がいる」


 自分で自分を頭がいいって言うやつはろくなやつじゃないという偏見を持っている。双海ふたみ姉は成績は良いけど人間的な意味ではバカ説が現実味を帯びてきた。


「その男子がキミってわけよてるくん」


「マジすか」


「マジマジ! 大マジ!」


 理想の男子ならなんで僕はフラれたんでしょうか。

 双子の姉妹なら理想の男子も似る者じゃないんですか?


「今日は記念すべき日だね。いつかこういう日が来ると思って何度も何度も妄想してきたんだけど、いざ今日ってなるとドキドキしちゃう」


 まさか僕、双海ふたみ姉に告白されるの?

 高嶺の花として誰も手を出せなかった姉に? 妹にフラれた日に?


 ま、まあ性格はちょっとアレだけどおっぱいは仁奈になさんと同じだし? あくまでもそういうのは副産物だけど興味がないって言ったらウソになるし?

 

 相手が僕を理想の男子と言ってくれるならそれに応えるのがおとこってもんだし?


 お姉さんに彼氏ができれば妹さんも遠慮なく恋愛できそうな雰囲気あったし? 結果的には僕が双海ふたみ姉妹を幸せにしてる的な?


 完全に予想外の展開に落ち着けと脳が命令を出しても魂は舞い上がる。

 やっぱり大きなおっぱいの前で男は無力なんだよ。


「えっと、それじゃあ思い切って言うね」


「は、はい」


 学年は同じなのにたまに敬語になってしまうのは相手が学年一位という上位の存在であることと、日頃姉として生活しているがゆえのオーラだと思う。

 

 だけど、僕らはこれから対等なカップルになる。

 相手を見上げるだけじゃなく、いっぱい勉強して少しでも順位を上げて、部活でも活躍して、彼女に相応しい男を目指さなければならない。


 いつまでも見ていられる下乳は名残惜しみながらスッと立ち上がった。


 なあに、彼氏になれば下乳どころか生乳を堪能できる日だって来るんだ。

 見るは一時いっときの乳、告白を受ければ一生の乳ってね。


 改めて近くで見ると顔立ちは姉妹でよく似ている。

 こんなにも似ているのに、環境で成績に差が出てしまうのかと思うとクラスメイトとして仁奈になさんに申し訳ない気持ちになった。


 もし僕が学年二位、あるいは姉を打ち破って一位になるような男なら仁奈になさんの成績を底上げできたかもしれない。


 僕はお姉さんの彼氏になるけど、キミの負けず嫌いなところはこれからも応援しているよ。


てるくん」


「はい」


 視線が絡み合い、お互いの気持ちが通じ合う。

 出会ったばかりだけどそんなのは関係ない。

 これから知っていけばいいんだから。


仁奈になに寝取られたいから、あたしの本物彼氏になってください! キャ―ッ! 言っちゃった」

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