呪われたコンサートホールはぼくらの思い出の場所
ゆぴな
呪われたコンサートホールはぼくらの思い出の場所
「...うーん。またなのか...このままでは引き受けてくれるものもいなくなってしまう」
「これで3回目ですね。これでは改修できません。専門家を呼んだりしていますが解決策がなく、どうにもうまく行きません」
「老朽が激しいからなあ。俺としてもなんとか建て替えたいと思っていたんだが...」
頭を悩ませる四月一日わたぬき市長とその秘書。
話している内容は、老朽しているコンサートホールの改修。
改修しようとすると作業員の体調が悪くなったり機械が故障したりと一向に進まない。
呪われていると噂され始めているのが街としても非常に良くない。
「そういえば市長。なぜあそこの改修にこだわるのです?」
「なんでって、俺はピアノが好きだからな」
「そうでしたね。ですがさすがに諦めてはどうですか?」
「そうだな。でもあそこは俺の思い出が詰まったところだから綺麗にしたかったんだ」
「ああ、そういえば市長は前にピアノをやられていましたね。今はやらないんですか?」
「...引くのはもうやめたんだ」
「何かあったんですか?」
「まあな。てなわけで俺はあのコンサートホールに行ってくる」
「正気ですか!?市長に何かあったらどうするんですか!?」
「なんか俺は大丈夫な気がするんだよ。それに行かなきゃいけない気がするんだ」
俺はその足でコンサートホールに向かう。
直接ここに来ることになるとは思わなかったな。
・・・・・・・・・
~四月一日 晃(小学5年生)side~
小学生のピアノ大会の決勝。
その子は俯いたまま待合室の椅子に1人、座っていた。
この部屋にいるということはあの子もきっと、この大会の出場者なのだろう。
僕はその女の子に歩み寄り、顔を覗くとその子は真っ青な顔をしていた。
思わず声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
すると女の子は
「な、なんでもない...大丈夫...」と
僕の方を向くわけでもなく、俯いたままの様子はどう見ても大丈夫じゃなさそうだ。
そう思いながらこのまま放っておくのも良くないと思い、続けて声をかける。
「自己紹介しようよ!僕、四月一日 晃って言うんだけど君の名前はなんていうの?」
「わ、わたし...?えっと...早川 皐月です...」
僕は返事が返ってきたことに安心した。
あの様子だと無視されるんじゃないかって思ってたから。
おはなしできるみたいでよかった。
「皐月ちゃんっていうんだね!さつきちゃんってもしかして5月のさつき?」
「う、うん...どうして?」
「や、やっぱり!僕の苗字って"4がつ1にち"って書いて"わたぬき"って読むんだ!」
「珍しい読み方だね。はじめて聞いたよ...」
「僕も家族以外に同じ漢字の人はいないなあ」
「私も...」
「4月と5月、合わせて...」
「合わせて?」
「......何も思い浮かばない」
「ふふ。なにそれ、思いついてからしゃべりなさいよ」
皐月が笑っていた。
もうその時には下を向いて辛そうだったあの面影はなくなっていた。
僕が皐月の顔を見てポカンとしていると
「あーあ、緊張してたのがばかみたい!」
その顔は晴れやかでとても楽しそうに僕の目には映った。
話しているうちに皐月の番が近づいてきたのか名前が呼ばれた。
皐月もこの大会の出場者のようだった。
するとまた少し表情が暗くなった。
「どうしたの?」と聞くと
「ピアノの大会で演奏するときって1人だから...」
ピアノの大会は舞台に楽譜さえ持っていくことができない。
演奏がはじまってから終わるまで舞台ではずっと1人だ。
「じゃあこれあげる!」
「ハンカチ...ふふ。かっこつけすぎなんだから」
そう。ピアニストが舞台で唯一もっていけるもの。
それがハンカチ。ピアノの鍵盤の上の汗やホコリを拭ったりするための。
ピアニストにとってハンカチはとっても意味合いの強いものなのだ。
"僕がついてるから1人じゃない"という意味を込めて。
「晃、見てなさい!さいっっっっっこうの演奏をするから!!!」
そういって彼女は舞台へとあがっていった。
それから全参加者の演奏が終わり、表彰へと移った。
優勝のトロフィーを持っている皐月だ。
4月5月の季節コンビの表彰は叶わなかった。
おめでとうと皐月に伝えたかったけど入賞者にはインタビューがあるらしく、長くなるようなので僕は先に帰る事にした。
お互いピアノをしているのだからまたどこかで会えるだろうと思って。
ただ、2度と彼女の顔を見る事はできなくなってしまった。
事故にあってしまったのだ。
その日から僕はピアノをやめた。
・・・・・・・・・
~早川 皐月(小学6年生) side~
この日、私はピアノの大会の会場にいた。またいつもの悪い癖がでている。
昔からピアノは大好きだが、舞台の前にはこうして1人になるとうまく演奏できるだろうかと考えて不安や緊張がでてしまう。そんなもの無意味だというのに。
1人で舞台にあがり、1人で舞台裏に戻る。
そこだけはピアノをやっていて嫌いなところだ。
そんな時、私に1人の男の子が話しかけてきてくれた。
どうやら四月一日 晃くんと言うらしい。
珍しい漢字なので名前はすぐに覚えた。4月5月といっていたことも印象的だった。
晃くんと話しているうちにいつもの私に戻っていくのがわかる。
うん。これならもう大丈夫。
本番直前にピアニストにハンカチあげるなんてかっこつけてくれちゃったけどそのおかげ緊張なんて吹き飛んだ。
結果からいうと大会は見事優勝した。緊張を解いてくれた晃くんのおかげだ。
優勝したのは嬉しい。でも今日は表彰式よりはやく晃くんにあってお礼をいいたかった。
それだけがここでの心残りだ。
お互いピアノをしているからまたどこかで会えるよね?
その日は仕方なく帰ることにした。
帰りに信号待ちをしていると、すごいスピードでトラックが突っ込んできた。
運転手が目に入りどうやら寝ている様子だ。
”私はここで死ぬんだ”と悟った。
最期に晃くんにお礼を言いたかったなあ...
それだけが私の心残りだ。
お礼を言いたかったなあ...
そして私は一生を終えた...はずだった。
・・・・・・・・・
私はいつからここにいるのだろうか...
私が自分が誰だかわからない。
でも、ここには心残りがある...そんな気がする。それが何かはわからないけど。
時々工事関係者の人が来て何か話している。
ここを壊すとか建て直すとかなんとか。
(やめて!ここを壊さないで!!)
そう願うと次の日からその人たちは来なくなった。
それが何回か続いた時、全く人は来なくなった。
しばらくして偉そうなおじさんが1人で来た。
この人どこかで見たことある...?
あの人にお礼を言わなきゃ...そんな気がする。
・・・・・・・・・
~四月一日 晃 (現在)side~
「ここには2度と来ることはないと思っていたが...」
40年ぶりに来て老朽化したコンサートホールを見て呟く。
ここは俺がピアノをやめるきっかけになった場所でもある。
そして同時にあの子、早川 皐月を思い出す。
建物の中へ入ると真っ先に舞台へ向かう。
40年前に1度来ただけでも迷わずにいけるものだなと思った。
そしてピアノの前に立ち、鍵盤を触りながら呟く。
「そういえば優勝おめでとう。皐月、とってもいい演奏だったよ。最初見たときはこの子大丈夫かなって思ったけど」
と、晃は過去の光景を思い出し、柔らかい笑みを浮かべる。
「ただ、4月5月コンビで一緒に表彰されたかったなあ」
その時だった。
誰かが俺に話しかけている?
とっさに晃は周りを見渡したが誰もいない。
『...皐月?......おめでとう...?4月5月コンビ......!!!』
女の人の声がする。それも懐かしい感じの。
周りには誰も見えないが話しかけてみる。
「ああ...あれは40年前のことだ...」
晃が過去を語り、「皐月に"おめでとう"って伝えたかった」
すると先程の女の人の声がまた聞こえてくる。
「あきら...晃なのね...全部思い出した。私は皐月。早川 皐月。」
俺はその女の声の正体が皐月だとわかり驚く。
もう彼女は死んだはずだったから。
「さ、皐月なのか...?君は死んでしまったはずじゃ...?」
「...うん。死んじゃっているので間違いないよ。あなたにどうしてもお礼を言いたかったからここにいるの。あの時、私に話しかけてきてくれて"ありがとう"って...」
そのおかげで宣言以上に最高の演奏ができたとも。
それから皐月とは色んな話をした。
ここを壊さないでと願ったら壊されなかったこと。
俺がピアノをやめたこと。
この街の市長になったこと、など
老けたねと言われたときは怒りそうになったけど。
「...さて、私はもういくね。お礼も言えたし。たくさん、たくさん話せたから」
「もういっちゃうのか...さみしいな...」
「おじさんが何か言ってる。最期にもう一度"ありがとう"そして"さよなら"」
「...ああ。さよなら皐月。それから...あの時の君の演奏はさいっっっっっこうだった!」
そして俺と皐月は本当の別れを告げた。
それから懐かしむようにピアノの前に座るとちょうど俺の秘書が見えた。
「市長!遅いですよ!とっても心配したんですからね!?」
「悪い悪い。でももう解決したさ」
「...解決?何か原因が分かったんですか?」
「それは帰ってから話すよ。その前に俺の40年振りの演奏でも聞いてってくれよ」
「市長はピアノをやめたのでは?」
「今は弾きたい気分なんだ」
完
呪われたコンサートホールはぼくらの思い出の場所 ゆぴな @yupina7529
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