第5話

 家に辿り着いた慎吾は、濡れた服のまま椅子に座った。

 引き出しからクリアファイルを取り出して、中に入っている紙を机の上に並べる。

 これまでに落選した作品の評価シート。それらに書かれた内容を何度も読み返す。

「やってやる。もう逃げない」

 強く言ってから、慎吾はキーボードを叩いた。


「俺の力で辿り着いてやる」


 *


 慎吾がいなくなった店の前。青年は投げ捨てた傘を拾い上げる。

「これだけ濡れてたら傘はいらないか」

 雨もじきに止みそうだった。

 すると、リアルドリームの明かりが灯って、中から店主の男、九条博兎が扉から顔を出した。

「なにやら騒がしいと思ってみれば。中へどうぞ」

 青年こと、雨宮翡翠は深い溜息をついてから扉を潜る。

「相変わらずいけ好かない野郎だな」

「はて、何のことでしょう?」

 九条はわざとらしく首を傾げる。

「それよりも貴方が彼のためにあそこまで熱くなるなんて、珍しいですね。同じ作家だからですか?」

「やっぱり見てたんじゃねーか。まぁいい。あの人には昔、借りがあるからな」

 暗ヶ崎シンゴの小説に憧れて、雨宮翡翠は作家を志した。

「だからこのまま朽ち果てるのを見てられなかっただけだよ」

「なるほど。そうですか」

「あの感じなら、あの人はもう大丈夫だろ」

 安堵する雨宮に九条は問う。

「それにしても、貴方はどうして毎度、ここに辿り着けるのでしょうか。よろしければ、その願い叶えて差し上げますよ?」


 雨宮は鼻で笑い、首を横に振った。


「金で買った名声なんて、何の価値もねーよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

富で名声が買えたなら 歌奇緋色 @Kaki-Hiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ