第8話 さらわれたヒーロー 後編


「現れたわね!! 魔法少女!!」


「これ以上、好き勝手させないわよ!! 怪人族!! その人を離しなさい!!」


 女は魔法少女を睨み付けた後、ニヤリと笑った。

 そして、今度は俺の喉元にその長い爪を突きつける。


「フフ……この男がどうなってもいいのかしら?」 


 やばい……殺される……


「その手には乗らないわ! そこの人! あなた男でしょ? すぐに助けるから、ちょっとだけ我慢してね!!」


 え、どういうこと!?


 魔法少女はそう告げると、魔法のステッキを振りかざす。


「ランララブーーン!!」


 ステッキから放たれたピンクのハートが、俺の半径2メートルぐらいに円を描いて並ぶ。


「な……なに!!? ぐあああああああ!!」


 ハートに体が触れてしまった出目金怪人が、苦しみ出した。

 どうやらハートに触れた部分が、人間でいうところの火傷をしたようになっているようで、肩から煙が上がっている。


 え……もしかして、これって俺も触ったら焼ける!?


 ハートの円はどんどん小さく狭くなっていき、出目金怪人は消えてしまった。


「ちっ……」


 俺の喉元に爪を立てていた女は、舌打ちをしながら上に飛んで、ハートの円から抜け出した。

 ハートの円が、俺の体に迫って来たが、俺には何も起こらない。


「覚えておけ!! 魔法少女め!! 次に会った時は、必ずお前をこの手で殺してやる!!」


 怪人族の女王は倉庫の天井に開いていた天窓から外へ。

 夜の空へ消えて行った。



「大丈夫? 大変な目にあったわね……」


 魔法少女は俺に駆け寄ると、縛られていた両手を解いてくれた。

 そして、女に傷つけられた頬にそっと触れる。


「本当なら、この傷を治してあげたいのだけど、さっき力を使いすぎたから、できないの……ごめんなさい。でも安心して……? そこまで深い傷じゃないから、きっとすぐに治るわ」

「……あ————」


 ありがとうと言いたかった。

 傷のことは気にしなくていいと言いたかった。

 でも、何も言えなかった。

 ただただ頷くことしかできなかった。


 今ここで声を出したら、俺が仮面の男だと……ファンだということがバレてしまうのではないか……

 そう思ったらできなかった。


「あら……声が出ないの? かわいそうに……怖かったのね?」


 涙が出て来て、頬の傷にしみる。

 痛い。


「大丈夫。きっとすぐに良くなるわ」


 そう言って、魔法少女はあの少し困ったような笑顔で微笑むと、俺に魔法をかける。


「ふにゃふにゃぽーぽ!」


 キラキラと輝くハートの粒が、目の前をクルクルと回っている。


「これで一晩寝たら私の顔は忘れてしまいます。さぁ、気をつけて帰ってくださいね!」



 いやだ……忘れたくない!!

 君の笑顔を、忘れたくない!!


 俺はぐっと目を閉じた。

 次に目を開けた時には、もう魔法少女はいなかった。



 * * *




「どうしたんだよ、メースケ!! その顔の傷!!」


 翌日、登校した途端、扇が驚いた顔をして俺に駆け寄った。

 頬の傷は魔法少女が言った通り、深い傷じゃなかったけど、俺は本当にどうしたらいいか困っていた。


「昨日、怪人に襲われて————」

「怪人!? ってことは、魔法少女に助けられたのか!?」


 教室に響き渡るくらい、扇があまりにも大きな声で言うから、俺は先に教室にいた生徒たちから注目されてしまう。

 俺の方を見る生徒の中には、もちろん、守夜美月もいたわけで……


「ああ、顔は全然思い出せないけど、助けられたことだけは覚えてる」


 きっとこの時、彼女は昨日助けた男が、クラスメイトだったと……

 青野冥助であったと初めて気がついただろう。


 魔法少女の顔は、はっきりと覚えている。

 だけど嘘をついた。

 俺の顔を見て、目を丸くしている彼女に、気づいていないふりをして嘘をついた。


「助けれもらったけど、怪人が怖すぎて声が出なくてさ……お礼言いそびれちまったんだ。もしまた会えたら、ちゃんと、お礼、言わなきゃな」



 無駄にヒーローのような口調にならないように、ちょっとだけ、声を普段より低くして。



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