第7話 さらわれたヒーロー 前編


「嘘だろ……」


 俺は屋上から一歩も動けなかった。

 守夜美月もあのキザなサッカー部の先輩も、とっくに屋上から……というか、むしろ学校からも帰っていなくなっていたが……


「ファン様……? ファン様ってなんだよ……え? 俺だよな?……俺しかいないよな!?」


 もう心の声が抑えきれなくて、大きな自問自答を何度も繰り返していて……

 夜の見回りに来ていた警備のおじさんに怒られ、そこでやっと我に帰った。


 すっかり真っ暗になってしまった夜道を歩きながら、考える。

 守夜美月が——彼女が好きなのは、仮面をつけた俺だ。

 あの表情……瞳をキラキラと少し潤ませながらの上目遣い……

 それに、屋上で俺のことを話していた時のあのちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめているあの表情!!


 あれは、恋する乙女の表情だったのか……!!

 くそ……実物を見たことがないから、全然気がつかなかった!!!

 いつも想うだけで、想われた経験がない。

 どうしたらいいんだ……!!

 俺は一体どうしたらいいんだ!?


「おい、そこの男」


 彼女が俺を好いてくれているのはすごく嬉しい。

 でも、それは顔を隠していた俺だ。

 俺の正体が、こんな今だに話しかける勇気もないような隠キャ野郎だと知られてしまったら、幻滅されるかもしれない。


「おい、そこの男、聞こえないのか?」


 最初にあの塀の向こうから声を出した時、なぜかヒーローっぽい口調で喋っちゃったのがまずかったんだろうか……?


「おい、聞こえないのか!!!?」

「うるさいなぁ……今考え事してるから、あとで————って、え?」


 声をかけられていたことに、気がついて振り向くと、そこにいたのはどこからどう見ても人間じゃなくて……


 目玉が飛び出た、出目金みたいな顔の怪人が立っていた。


「な……なんだよ」

「なんだよじゃない。人間、お前を、我々怪人族の奴隷にしてやろう!! だっはっは!!」


 えええええええええええええええ!?

 怪人族って、若いお姉さんじゃなくても狙われるのか!!?



 * * *



 俺は、怪人族に捕まった。

 残念ながら、魔法少女は俺を助けに来てはくれなかった。


 手首を後ろ手に縛られ、目隠しもされたせいで自分がどこにいるのかわからないが、床に座らされた俺の目の前に、誰かがやって来たことはわかった。


「よくやったわ、メーデ」

「ありがとうございます。女王様」


 女王様と呼ばれた女が、俺の目隠しを取るように怪人に指示をして、それでやっと状況が少しだけわかる。

 よく悪い奴らが集まってるドラマのシーンとかで見る大きな倉庫の中だった。

 どこかの工場の跡地かなにかだろうか……


「どれ……顔をよく見せなさい。人間」

「うっ……!」


 出目金怪人が俺の頭をガシッとつかんで、無理やり顔を上げさせる。

 パイプ椅子の上に、脚の綺麗な女が足を組んで座っていた。

 スカートが短すぎて、パンツが見えそうだった。

 まさに女王様と呼ばれるにふさわしい感じの、可愛いというより美人系の女……俺の目には人間にしか見えないのだが、女王様ということはこの女も怪人なのだろう。

 戦隊モノの敵によくいる、子供のお父さん層を狙ったセクシー系の女怪人って感じだ。

 腕を組んでいるせいか、谷間も強調されている。


「ふふふ……いいわ。この程度で十分なのよ。何も若い女ばかりを奴隷にしなくてもいいのよ。さすがメーデ。よくわかってるじゃない」

「ありがとうございます。女王様」


 女は椅子からすっくと立ち上がり、俺の方に近づいてくる。


「な……なんだ!! 一体何をするつもりだ!!」


 逃げ出そうにも、怪人に押さえつけられていて何もできない。

 女は妙に長い赤い爪で、俺の頬を引っ掻いた。

 女の爪と同じ真っ赤な血が、俺の頬を伝って落ちる。


 その時だった。



「そこまでよ!!」


 魔法少女が現れたのは————



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