第6話 恋の魔法にかけられて



「なんて卑劣な!! あなたたち!! その人を放しなさい!!」


 今回はすぐに魔法少女は現れた。

 俺はさっと電柱に身を隠す。

 いつものように魔法少女に気づかれないようにサポート(主に他の目撃者が出ないように)しようと思って……。


 だけど、今回は怪人が二人いる。

 両手が蟹のハサミのようなやつと、ナマズみたいなヒゲ長いを伸ばしているやつだ。


 さすが怪人……気持ちが悪い。

 今まで見てきた怪人たちも、なんとなく顔が魚っぽいやつもいたし、頭の形がイカっぽいのもいたな……

 怪人というより、人?

 あ、でもナマズって川か?



「現れたな、魔法少女め!! アハハハハハハ」

「出たな! 出たな! いつもいつもオイラたちの邪魔をしやがって!」


 ナマズ怪人が若いお姉さん……今回はOLさん風じゃなくてちょっと若奥様的な人を後ろから捕まえて、蟹怪人が魔法少女と対峙している。


「オイラたちに魔法をかけてみろ……そしたら、この女はひどい目にあうぞ!? いいのか!! いいのか!!?」


 魔法少女を挑発するように、蟹怪人は両手のハサミをチョキチョキしながら左右に行ったり来たりしていて、魔法少女は困っているようだった。


「卑怯者!!!」

「アハハハハハハ! だからなんだと言うのだ!! 魔法少女め!! さっさとその手に持った魔法のステッキをこちらに渡してもらおうか……でないと……この女がひどい目にあうぞ?」

「……くっ!!」


 魔法少女は渋々ステッキを投げて蟹怪人はそれを挟むと、絶対に魔法少女が拾えないようにさらに遠くへ投げる。

 そしてそれが、偶然にも俺の隠れている電柱の近くに落ちた。


「さぁ、これでお前は何もできまい! その変身を解き、お前の正体を見せてもらうぞ……!!」


 蟹怪人は、ハサミのような手を魔法少女の胸元に向かって伸ばした。

 彼女の胸元につけられているブローチが、魔法少女へ変身するためのアイテムだと、魔法少女を見守る会の資料で見たことがあるが、どうやら本当だったようだ。

 このままでは、魔法少女は元の姿……守夜美月に戻ってしまう!!


 そんなのダメだ!!

 そんなこと、させたらダメだ!!


 その時、俺の脳裏に怪人の弱点について書かれた資料の一文が頭をよぎる。


“怪人族の弱点は臀部でんぶにある穴”


「うぉあああああああああああああああああああ!!!!」


 ナマズ怪人が叫んだ。

 俺が拾った魔法のステッキを、ナマズ怪人に背後から近寄り、臀部に空いている穴につっこんだからだ。

 普通の人間には絶対にない変ない位置に、謎の穴が空いていて、押したらポチッと音が鳴った。

 そして、まるで電池が切れたかのように、ピタっと動かなくなり、お姉さんを捕まえていた手が力なく垂れる。


「な……なんだ!? なんだ!? 一体どうした!!」


 急に叫び声をあげた仲間に、驚いて蟹怪人が振り向いた瞬間、俺は魔法のステッキを高く投げあげた。


「今だ!! 魔法少女!! 受け取れ!!」


 まるで魔法少女が敵に向かって空中を移動する時のように、綺麗にくるくると回ったステッキを、驚いたままの表情で魔法少女は受け取る。


「し、しまった!! しまった!!」


 魔法少女は大きく息を吸い、唱える。


「キラッとビーーーーーム!!」

「うわあああああ!!」


 まばゆいピンクの光が、魔法少女の振りかざしたステッキから放たれて、怪人を包み込み、叫び声をあげながら蟹怪人は消えた。

 そして、全く動かなくなっていたナマズ怪人も。



「ふぅ……危ないところだったわ……! ありがとう、仮面のお方」

「あ、あぁ、君が無事で何よりだ!!」


 学校では会話すらしたことがない守夜美月が、俺を見て微笑んでいる。

 あの少し困ったように笑う笑顔が、目の前に……!!


「その声!! あなたまさか!!」


 って、しまった!!

 いくら仮面をつけているとはいえ、うっかり魔法少女の前に出てしまった!!

 もしかして、俺もあの魔法……魔法少女の顔を忘れてしまう魔法をかけられてしまうのか!!?

 そんなのは嫌だ……

 こんなに可愛いものを忘れたくない!!


「で、では……これで…………って、え!?」

「待って!!」


 逃げるように立ち去ろうとしたら、魔法少女はガシッと俺の手を掴んだ。


 魔法少女に……あの守夜美月に手を…………手を握られた!!!!

 心臓の音がやばい。

 急に大きくなる心臓の音が速すぎて、大きすぎて……このままでは俺は死んでしまう!!

 これはやばい!!


「は、はなしたまえ! 俺は————」

「ありがとう、いつも私を助けてくれて。ファン様」

「!!?」


 瞳をキラキラと少し潤ませながら上目遣いでそう言われ、俺の心臓は本当に爆発寸前だった。


「君を助けるのは当然のことだ!! で、では、さらば!!!」

「あっ……」


 本当はいつまでも触れていたかったけれど、このままでは本当に死んでしまいそうで、俺は彼女の手を振りほどき、その場から逃げた。


 走っても走っても、顔の火照りが消えない。

 手を握られただけで、こんなにも動揺してしまうような……こんな情けない男の顔を、見られなくて良かった。

 仮面があって、本当に良かった。


 それにしても、ファンに様をつけるとは……!!

 なんてお上品なんだ……!!

 やっぱりあの子は最高だな!!!


「ふふふふっ……ふふふっ」


 思い出して笑ってしまう。

 こんなにニヤニヤとだらしのない表情を、見られなくて良かった。

 仮面があって、本当に良かった。



 しかし、その翌日。

 昨夜のことを思い出し、常に隠し持っている仮面を手にしながら校舎の屋上にいると————


「君のことが好きだ。僕と付き合って欲しい」


 学校で一番イケメンな上に育ちがいいと噂のサッカーの先輩から、守夜美月が告白されているのを偶然目撃してしまった。

 今時、バラの花束を持って告白してくる高校生がいるなんて……というツッコミは置いといて、俺は本当に驚いた。


「ごめんなさい。私、好きな人がいるので……————」

「…………誰だい? 君のような可憐で美しい女性に、想われている幸運な男は」


 彼女は答えたのだ。

 その、男の名前を————


「……。いつも、私を助けてくれる……素敵な人なんです。顔はまだ見たことがないけど…………好きなんです」



 俺は仮面を床に叩きつけた。





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