五日目「ハイ、チーズ!」
2021年7月9日午前10時、ヒマワリ公園。私は夫にカメラを向けられていた。夏物の服を身にまとい、指定されたポーズを取る。昨日送られてきたばかりのD-28はダメージが怖いため、今日だけはデイリー・ギターが相棒だ。
パシャ。パシャ。パシャ。
一枚一枚の写真に、魂を込める姿。私は石野拓也という人間の写真愛に惹かれた。
「めっちゃ良い表情してる」
「少しだけ右手を下に向けてもらえないかな。ピックの角度が気になるかも」
「太陽が昇りきる前に、最高の一枚を撮ってしまおう」
パートナーによる撮影は大成功だった。夫に素材を見せてもらったが、普段の十倍増しくらいに生き生きした表情を浮かべていた。
「ありがとう」
「こちらこそ。誘ってくれて嬉しかった」
夫のとびきりの笑顔に、思わず抱きしめてしまった。
私はギターを背負い、夫と共に帰宅した。ヒマワリ公園は素晴らしい場だったが、暑さが身に堪える。途中でクリームソーダの店を見つけたが、なんとか我慢した。
帰宅後の諸々。金曜の昼は、なんだか騒々しい。街がいつもより早送りで動いている気がする。選挙カー、午前帰りの高校生、ランボルギーニ。西宮の街は休日のコートを徐々に受け入れつつあった。
「もうすぐ選挙か。私たち、どうやって投票すれば良いんだろう?」
「本人確認の書類さえあれば、手ぶらで行ってもいいらしい」
こんな会話もあって。夫はレタッチをしながら、私の話を熱心に聞いていた。会話の内容のほとんどは、昨夜話した政治学部の友人と山城さんの受け売りだったけれども。
「拓也はここで友達作った?」
「まだ。誰にも会えてないし、コミュニティを知らない」
「そっか」
私たちはまだ関西に来て一週間も経っていない。潮崎さんは色々と案内してくれたが、人はほとんど知らないのだ。余所者感はないが、何者でもない。とにかく真っ白である。私は久々にマーチンに手を付け、S&Gの「Homeward Bound」を弾き語った。
「巧いな。ハモりたくなる。ハモれないけど……」
フォークソングは私にとっての原点だ。日本的なフォークではなく、アメリカやイギリス的なフォーク。私は勝手にアコースティック・ロックなんて呼び方をしている。
「あなたとの馴れ初めも、ロックフェスだったよね。友達に紹介されてさ」
「そうだった。懐かしいね。ノエル・ギャラガーを熱心に観てたのを覚えてるよ」
暫しの間、私たちは昔話に花を咲かせた。数年前のことなのに、何故か十年も二十年も前のように感じる。色々と変わってしまった。日常も、人の暮らしも。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。美味しかったです。いつもありがとね」
嵐のような平日が終わった。夫はひたすら写真と向き合っていた。私が写っていると恥ずかしいが、一枚一枚を愛情を込めて作業する彼の姿は、表現者として敬愛に値する。
夫の邪魔をしないように静かにリビングを出ると、「マリーゴールド」を口ずさみながらシャワーを浴びた。
「また青春しよう。頑張るか」
決意を新たに、一日の疲れを洗い流した。数分後、リビングに戻る。夫は写真をモニターに表示したまま、イビキをかいて眠ってしまっていた。
「そっか。疲れたよね」
私はクーラーで冷えすぎないよう、布団を被せてあげた。
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