二日目「家具、どうする?」
2021年7月6日午前11時00分、ワンダース・ハイツ。潮崎さんに午前中だと言われていた荷物は、まだ来ていない。午前中の荷物が11時半を過ぎてからなのは恒例だが、何となくそわそわする。
「トイレ、行ってくるね」
夫が私に言った。まだ実家暮らしだった頃、私も依頼していた荷物が通り過ぎていくのは何度か経験している。私は鞄の中のメイク道具を片付けつつも、インターホンに耳を澄ましていた。5分後、10分後、15分後……とっくに夫はトイレから出てきていたが、まだ荷物が届かない。すると、スマートフォンが鳴った。
「もしもし、久保さん?」
「……えっ、本当ですか」
声の主は、潮崎さんだった。潮崎さんによると、渋滞で荷物の到着が半日遅れるらしい。内心「困るんだけどな」と困惑しつつ、自分では何も出来ないため、夫と昼食を摂ることにした。
私たちがこの日の昼食に選んだのは、某マンション1階のハンバーガー専門店だった。
「めっちゃ美味しいね」
「肉汁がジューシーで、野菜がシャキシャキしていて、パンがシュンとしてる」
夫は私のあまりの驚きぶりに若干引いていたが、「西宮で行ってみたかったんだ」と呟きつつどんどん食を進めていく。徒歩5分の所に、こんなに美味しい所があったなんて。ファストフードとはまた違う、新しいハンバーガー体験がそこにはあった。
しかし、大きい。あまりに大きすぎて、ケチャップが口に付いてしまった。紙で拭いていると、夫がこちらを見つめている。
「言ってくれれば、拭くのに」
「拓也くんって、そういうキャラじゃないでしょ」
私が頬を赤らめていると、突然夫はフォークを落とした。「おい、ちょっと見てよ!」と夫は言う。私は、慌てて夫の指差す方を見た。
「潮崎さん!?」
……これは私のミスだった。私は半日とメモしていたが、実際には30分だった。正直に打ち明けると、潮崎さんはため息をついた。
「久保さんって、意外とおっちょこちょいなのね」
「すみません」
私が自分のために注文したブラックコーヒーを潮崎さんに薦めると、彼女はくいっと飲み干した。
「ま、いいわ。私だってよくあることだし」
また暫く、なんでもない話をしていると、潮崎さんのスマートフォンが鳴った。
「あっ、わかりました。すぐ向かいます。……そろそろ行くわよ」
私たちは潮崎さんに促され、ハンバーガーの店を後にした。
潮崎さんと共に帰宅すると、すでに引越しのトラックが到着していた。彼らはあっという間に私たちの荷物を運び込んでいった。
「で、これどうすんだ?」
「げっ。組み立て頼むの忘れてた」
封を開けてみると、組み立てられていない家具達で部屋は溢れかえってしまった。潮崎さんは苦笑いを浮かべながら、こちらを見ている。
「やらかしちゃった」
潮崎さんは一目散に駆け出していった。夫は追いかけたが、彼女は元陸上選手で追いつくのは不可能だった。その夜、夫はおにぎりを頬張りながら、潮崎さんのエピソードをずっと話していた。怒っているかと思いきや、目は笑っていた。潮崎さんは、やっぱりどこか憎めない。
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