3.5. 幕間

「大垣」

 見知った背中に声をかける。返事をもらう前に隣に正面に回って席に着いた。

「天文学?」

「うん。履修ミスってて足りなかったんだよね」

「おお……」

 意外と抜けている。四年までに取り切ればいいとはいえ、たいていは二年までに取り切っているのに。

 「持込可だし授業でやったことしか出さないから、ノートさえ持ってれば単位来るよ」と口を出して、おにぎりのフィルムを剥す。

「そういえば、この前大丈夫だった?」

 聞きたかったことが自分から来てくれた。手間が省けた、と思いながらあの晩のことを伝える。

 インターホンが延々となり続けること、人が映らないこと、出てきたお向かいさんが叫んでいなくなったこと。

「あはは、災難だったね」

「笑いごとじゃないよ。お向かいさん、どうすんの」

「どうにかなるよ。ならなかったらそれまでってことだし」

 怖いことを言うものだ。もし私たちが出ていたらどうするつもりだったんだ。

「対処法はないの?」

 大垣は微笑をたたえたまま首を傾げる。

「そこまではうちの管轄じゃないからなあ。……そんなに気になる?」

「そりゃあね」

「それはお向かいさん? それとも別件?」

 最後の一口を放り込む。咀嚼の間も返答を待っていた大垣には悪いけど、そろそろ行かなければならない。

「ごめん、次のテスト見附だから行かなきゃ」

「遠いもんね。頑張れ」

「ありがと」

 フィルムをぐしゃりと丸めてゴミ箱に放り込む。追求しないあたりに彼の人柄を感じる。

「そうだ、これだけ」

「何?」

「こういう話、集めた方がいい?」

 何を知られているかは分からない。

 けれどサンプルが増えることは望ましい。

「うん、お願い」

 どうせ彼はこちらに踏み込まないから。素直に頷いて、フリースペースを去った。

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