2. 渡り廊下の合わせ鏡
光ちゃんの話聞いて思い出した。うちの学校にも変な鏡あったな。何の縁もなくて、ただ大きいばっかりの普通の鏡なんだけど。渡り廊下に、合わせ鏡になる形で置いてあったんだよね。
合わせ鏡ってよくないって言うじゃん? だからそこ通るたび怖かったなーって、ふと思い出しちゃった。
……え? 怖い経験? ないよお。夜は絶対通らないようにしてたし、昼も基本避けてたから。
ああ、でも一回だけ、変な体験をしたことあったっけ。
さっきも言ったように、不気味だからあんまり通らないようにしてたんだよ、その廊下。でも最終下校時刻を過ぎて校舎間を移動しようとすると、そこしか使えなくて。
運動部だから基本関係ないんだけど、なんだったかな……あっ、文化祭かな。そこらへんの準備で遅くまで残ったとき、どうしても通らなきゃいけなくなったんだよね。
友達も一緒だから大丈夫って言い聞かせて、ああもうちょっとで通り抜けられるって思ったとき、荷物全部おっことしちゃって。ちょうど鏡の真ん中で立ち止まる形になったの。
結構派手に落としたから、友達もみんな気づいて振り向くのに、一歩も動いてくれなくって。
もちろん普段はそんなことないよ? けど、あのときは誰も拾うのを手伝ってくれなかった。動こうともしなかった。
そのときはただ焦っちゃって、早く拾わなきゃーって思ってたから、そこはあんまり気にしてなかったんだけど。
気になってたのは、鏡の方。
わたしが気にしすぎてたっていうのもあるだろうけど、なんかずっと見られてる感じがしてさ。鏡に向かって横向いてたから、自分の視線を感じることもないはずなんだけどね。
*
そう締めくくって、朝日は蝋燭を消した。
「それだけ?」
篠山の冷ややかな声が上がる。むっとした顔になった朝日が「何もできなかったんだもん、なんか変だったし」と付け足す。
「変だったって?」
「友達の様子が。全く動かないんだもん」
「聞けばよかったのに」
「聞けるわけないでしょー。イヤじゃん、なんか怖いこと言われたら」
そう言って朝日はビールを飲み干した。せっかく覚めつつある酔いが再び回ってしまいそうだ。帰れるうちに止めてほしい。
「そういえば、名取ゼミに同じ高校の子がいるんだよね? その子もその話、知ってるかな」
おっとりした口調で幡ヶ谷が言う。そういえば、そんなことを言っていたっけ。選択必修系で一緒にいるところをよく見かける。
「うん。ていうか一緒にいたよ、そのとき」
短い声が上がる。境のものだった。
「じゃあ後で聞きに行くか。着いて来てくれよ」
好奇心を隠さない様子に、朝日は頬を膨らませた。子供っぽい表情が嫌味にならないのは、ある種才能だと思う。
「やだって言ってるじゃん。行くなら一人で行って」
「不審だろ」
「知らないよお」
間延びした声でかぶりを振った朝日から缶を取り上げる。零したら厄介なことになる。ついでに周囲の空き缶を一通りさらって、シンクに向かった。
「美波ぃ」と呼びかける目はとろんとしている。覚めたり酔ったり忙しい子だ。
「境、嫌がってるんだから止めなさい。そして朝日はもうお酒飲まない。お水飲んで酔い覚まして。今日帰るんでしょ?」
「帰る……」
缶をすすいでシンクの脇に並べる。ついでに溜まっていた洗い物も片付けながら、すでに酔いが回っている面々を見やる。朝日はもうダメみたいだし、残りで話を続けるのだろうか。
ぴったりのタイミングで、この中で一番しらふに近い篠山が「飲んでばっかりで進んでねえけど、これ本当に終わんのか?」と声を上げた。
「さくさく行こうか? 次は僕が話すよ」
今まで静かにお酒を飲んでいた大垣が手を挙げた。珍しい。いつも飲み会の隅でにこにこして、最終的に人を回収していくような人だから。あまり積極的に発言はしない。
「ああ、頼む」
どうやらもう飽き始めたらしい御薗が手を振る。大垣はそんな投げやりな様子を気にせずに、話し始めた。
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