1. 生徒玄関の鏡
これはアタシが通ってた高校の話なんだけど……。ああそう、中高一貫で、あんまり情報を表に出してないとこ。学校見学にすら申請とか試験が必要だから、たぶん外の人は変な学校だなって思ってるかもね。
まあ、実際変だよ。なんていうか、閉鎖的でさ。アタシの感想にすぎないけど、外からの侵入を防ぐっていうより、中からの脱出をさせないって感じでね。
ところで、みんなの学校に鏡ってあった? トイレとか、そういうところじゃなく。卒業生からの寄贈品、みたいな形で。
ああ、あった。だよね。どこにあった? 漫画だと踊り場とか廊下とか、そういうところに多い気がするんだけど。
やっぱり、そこらへんだよね。他に置くところもないし。けど、うちの校舎はなぜか玄関にあったんだよ。生徒用の玄関に、校舎の中を映すように。
普通さ、玄関に置くとしても玄関を入った姿が見えるように置くじゃん? 風水的には良くないとか聞くけど、まあ、それはそれとして。でもさ、逆方向にあるんだよ。
……あー、これ、違和感あるの伝わらないかな。出入りできる部分を狭めて、無理矢理置いてるわけ。だから登下校時とか、かなり混雑するの。下手すればそのせいで遅刻するくらい。
当然、撤去して扉を広くできないかって話になったわけ。生徒ほぼ全員の署名集めて、自治会からとして提出してさ。もちろん、アタシたちだってコンクリートの一部削って扉付けて「はい終わり」ってことにはならないって分かってるから、半分ダメもとだったんだけど。
話にならないって、一顧だにしなかったの。今までは伝統の制服を変えるとか、バイク通学を許可するとか、半分以上ダメもとの案を半分以下の生徒の署名で持って行っても、検討しますくらいは言ったのに。
で、断られてもやっぱり不便だし改善してほしかったから、他のアプローチをしてみようって話になったの。
断るときはだいたい「歴史と伝統ある当校の……」みたいな書き出しから始まるから、その歴史に綻びを見つけられないかってね。
無理がある? 分かってるよ……。高校生なんだもん、ちょっと躍起になってたの。
それで分かったのは、鏡はわりと新しいってこと。縁の側面に小さく寄贈年が書かれててそこから判明したんだけど。十年くらい前のものだった。装飾はわりと古そうだったけど、校舎に合わせて加工したみたい。
だからまず、これは歴史と伝統の対象じゃないねって話になって。卒業生には悪いけど、今の人たちの邪魔をしていいような重さじゃないでしょ、十年って。まあ、これは傲慢な考えだけどさ。
次に臨んだのは、その年の卒業生から撤去許可を得ること。後輩が困ってると知ったら、手助けしてくれるだろうと思ってね。だってほら、学校が見てもくれないなら、周りから埋めた方が早いでしょ?
これもすぐにうまくいったんだよね。図書室には歴代の卒業アルバムが全部あったし、うちの先生はほとんどがOGだから。ぱらぱら顔ぶれを見て、副担の化学の先生がその年の卒業生だって、すぐに分かった。
だからその先生のところに行って、お願いしたわけ。あれのせいで登下校のときにつかえて大変だ、撤去許可がほしいって。
そしたら、いつもおっとりした感じの人なのに、急に焦ったふうになって、そんなことはできない、って言われてさ。バカなこと考えないで勉強しなさいって追い返されたの。
そんなことされたらさ、もう利便性なんてさておき、気になるじゃん? 何があったんだろって。だから自治会のメンバーで手分けしてその年の人たちに連絡して……。
ああそう、連絡先はアルバムに書いてあったんだよね。いやあ、昔の個人情報に対する意識、ヤバいよね。
違う、そっちじゃなくて。
まず今もOG会で顔を合わせる人たちから聞いてったんだけど、みんな口を揃えてダメって言うわけよ。けど諦めたくはなくて、だんだん疎遠になってた人に――鏡を納めたことすら忘れてる人に繋がるようになって、もう諦めた方がいいんじゃないかって思ったとき、やっと鏡を撤去してもいいよって人に辿り着いたの。
離れたところに住んでて、同窓会とかにも顔出してなかったみたいな人。あんまりいいレスポンスが帰って来なさそうだと思ったんだけど、その人はむしろ乗り気だったんだよね。
そしてそこで、あの鏡の設置の経緯を知ったわけ。
最初にさ、中から脱出させないような閉塞感って言ったでしょ? そういう目的で設置されたんだって、玄関の鏡。
もちろんアタシたちは出られるよ。出にくいとも思わない。いや、物理的に難儀はするけど。だから、アタシたち生徒じゃない人向けに置かれてるって説明された。もちろん、ここでの生徒じゃない人っていうのは、先生でも不審者でもないんだけど。
じゃあ何を出さないかって? ……幽霊だよ。
お話ししたように閉鎖的だから、大体の醜聞は学内でもみ消されちゃうんだよね、あそこ。だから十一年前に起きた自殺は、事故として片づけられてしまった。片づけた、の方が正しいかな?
まあ、けど、歪めたものってうまくいかないみたいでさ。自殺があってから、夜中に学校の周りを歩く生徒がいるって噂が立ったの。本当に見た人がいるのか、それとも事情を知る生徒が罪悪感を抱いてそんなことを思いこんでしまったのかは分からないけど。
それで、困った学校は内々に相談したんだって。何にかは分からないけど、そこで鏡を提案されたらしいんだ。玄関開けて正面に鏡を置くと運が入って来られない、みたいな原理で、その子を外に出さないってことにしたかったみたい。
で、同級生一同から早めの卒業記念品として納める形で、鏡を設置した、という経緯らしいってことが分かったの。
ごめん、まとまらなかった。要するに幽霊を学外に出さないために設置した鏡だから、撤去を跳ねのけられたっていう話でした。こう言うとあんまり怖くないね。
ちなみに、その話を聞いた子によると、説明してくれた人の電波がかなり悪かったみたいで、途切れ途切れで聞き取りづらかったうえ、履歴に残らなかったんだってさ。不気味がってたよ。
*
光ちゃんが「以上、生徒玄関の鏡の話でした」と場を締めくくる。若干酔いがマシになったらしい朝日がタップで蝋燭を一本消す。
「え、これマジの話?」
境が声を上げた。確かに聞きたい気持ちは分かる。いくらなんでもお話として出来すぎていたから。けど、光ちゃんの口ぶりからして、全くの作り話ではなさそうだった。
「本当だよ。まあ、アタシたちが電話先の人に担がれてるって可能性もあるけど」
確かにその線もある。アルバムから探した十年前の情報が正しいとは限らないし、応対相手がOG本人とも限らない。少しだけ事情を知る人が、適当に話に尾びれを付けた可能性も捨てきれない。
「で、結局どうなったんだ? その鏡」
「えー、分かんない。最後に書類提出したの、三年の一月とかだし。卒業してから行ってないからなあ」
「オチねえのかよ」
「実話なんだしそんなものでしょ」
身も蓋もねえな、と御園が笑う。光ちゃんも応えるように笑って、それから息を吐いた。
「まあ、鏡がなくなっても出られないと思うけど。あそこ、内向きの監視カメラも大量にあるんだよね。鏡もレンズも、そんな変わんないしさ」
災難だよね、その子も。やけに温度のない声で言った彼女は、一転、「あ、ごめん、親来ちゃった! またね!」といつもの調子に戻って、通話を切った。あの内容を聞かれると困る面もあるのだろう。
隣に座る境に問いかける。
「最後の、心霊ついでに人も怖い話じゃない?」
「親御さんの安心と生徒の安全のためだろ、たぶん」
そうかなあ。それだけじゃない気もするけれど……。
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