週末百物語

@sayoko_k05

0. 序章

 試験期間前。レジュメと書籍が散らばる研究室で声が上がった。

「百物語やろうぜ!」

 突拍子もない発言だった。しかしその場にいたほぼ全員が賛同した。皆疲れていて、息抜きをしたがっていたようだった。

「いいね、いつやる?」

「蝋燭消すだけのアプリあるよ。使えるね」

「アタシ今日バイトだわ。てか何時間かかんの?」

「適当に区切ってやればいいでしょ」

「そんなんでいいのかよ」

「大丈夫だって」

 にわかに活気づいた参加者は揃って百物語の知識に乏しく、怖い話を百個して蝋燭を消していく、という程度の認識しかなかった。細かいルールや語り終えた後なんて、誰も気にしていないようだった。

 アプリを探す、シフトを確認するスマートフォンで、少しくらい調べればよかったのに。

「九時くらいから始めるか。会場は俺んちでいいよな?」

 大学のすぐそばに住む男が真っ先に声を上げた。ほぼ全員が頷いて、ごく一部だけが用があるからと不参加の意を示したり、途中から通話で参加すると手を挙げたりした。

 参加を決めた面々は、勉強そっちのけで酒やつまみの話をしだした。不参加の人たちは苦笑しながらも、いつものこととして受け流していた。

 百物語は口実で、ストレス発散のためにただ集まって騒ぎたいのだと分かっていたのだ。

「わざわざ変な言い訳作らなくてもいいのに」

「そうでもしないと躊躇うくらい進捗よくないんでしょ」

「なら余計、そんなことしてる場合じゃないと思うけど……」

 とはいえ騒ぎたい気持ちも分かるのか、仕方がないなあという表情で肩をすくめるだけで止めはしなかった。

「ま、なんだかんだ言って単位は落とさないでしょうし」

「うん、大丈夫だと思う」

「次があったら私も参加しようかなあ」

 そう呟いた女はそのまま、買い出し担当を決めるじゃんけんに勝った一人に声をかける。「時間の都合とかで何日かに分けるなら教えて。次は参加したい」と言った女に、男は「オッケー」と軽く返した。

「明日休みとはいえ、バイトあるヤツもいるし適当に解散させるよ」

「それか第二回大会でもいいんだけど」

「了解。酒が入って寝落ちするヤツもいるだろうし、どうせこの面子じゃ百個も捻り出せないから、たぶん途中で止めることになるけど……。分かった時点で連絡する」

「ありがと。よろしくね」

 約束を終えた女を見て、不参加の二人は顔を見合わせた。女のパソコン上に分析をかけていないままのローデータが大量にあるのが見えていたからだ。

「終わるの?」

「終わるよ。数時間息抜きしたくらいで変わる量じゃないもん」

「それの方がマズくない?」

「言わないでよ……」

 視線を逸らした女は、「とりあえず今日中に分析終えれば、実験レポートは間に合うし。大丈夫だから」と半ば自分に言い聞かせるように宣言をして、パソコンに向き直った。二人は本人がいいなら、とそれ以上は言わなかった。



「あれ、もう始まってんの?」

 開いた扉の先は賑やかだ。

 出迎えてくれた御薗に尋ねると、「酒盛りがな」と返された。九時からと聞いていたから、直前まで学校で勉強するのかと思ったのだけど。そこまで真面目ではなかったらしい。

「とりあえず適当にお惣菜買ってきたけど、幡ヶ谷いるんだっけ。乾きものとかの方がよかった?」

「いや、調理器具捨てたとかで料理できてないから助かる」

「は? 捨てたの?」

 わざわざ捨てるようなものでもなかろうに。廊下を歩きながら事情を聞けば「しょうもないなぁ」と溜息が出るような理由だった。

「本当に」と言う御薗も不服そうだ。ゼミメンで集まるとなれば幡ヶ谷のご飯を期待してしまう気持ちも、それが裏切られたがっかり感も分かる。

「おっ、何持ってきてくれたんだ?」

 リビングへ続く扉を開けてすぐ、御薗の不機嫌を作った張本人が声をかけてきた。家主が家のものをどうしようと勝手なのだけど、それとこれとは気持ち的に別だ。

「お惣菜。幡ヶ谷いるから必要ないかと思ったけど、どこかの誰かさんがフライパンとか捨てちゃったらしいから、ちょうどよかったみたいね」

「……言うなよ」

 どうやらまだ傷は癒えていないらしい。しかめられた顔といつもより低い声がそれを物語っている。

 それはどうでもいいので、「大変だね」と口先だけで心配しながらテーブルに袋を置いた。幡ヶ谷が「ごめん、おれ何もできてなくて」と眉を下げられる方が申し訳なくなる。

「こっちこそ、いつも任せきりでごめん。今さらだけど、イヤだったら教えてね? バイトでも飲み会でも料理作るの、疲れるでしょ」

「それは大丈夫。材料費タダで実験できるの助かるし」

 よく出来た子だなぁ、と同級生に向けるには年寄りじみた感想が浮かぶ。私だったら絶対に途中で投げ出している。

 あとで改めてゼミメンからまとめてお礼をしなければ。

「いつもありがとね。幡ヶ谷のごはんだけでも、羽島ゼミ入ってよかったなぁって思うよぅ」

 呂律の回らない舌で先を越されてしまった。くらくらと頭を揺らす朝日をしゃんと座らせて、蓋を開けたペットボトルを渡す。

「もう酔ってるの? そんな状態で話しできる?」

「らいじょうぶ。酔いも覚めちゃうような話らから」

「それをできるかって聞いてるんだけど……」

 幡ヶ谷の大丈夫は大丈夫そうだったけれど、朝日の「らいじょうぶ」は明らかに大丈夫じゃない。スタートまでに寝落ちしないかすら怪しい状態だ。

 涼しい顔をして隣で飲み続ける篠山を「止めてくれればよかったのに」と突けば、「止めても意味ないだろ」と返されてしまう。席に戻っていた御薗も我関せずといった態度だ。

「オレが来たときにはもうこの状態だったし」

「そんな早くから飲んでたの」

「六時くらいからダラダラ飲んでるな」

 溜息しか出ない。テスト前の息抜きにしてはやりすぎだ。打ち上げならまだしも。

「これは後日勉強会かな……」

 学科の授業を落とせば羽島先生にバレるし、バレれば理不尽なことに連帯責任などといって研究室の片づけを手伝わされてしまう。できればそんなことしたくない。

 私の心配をよそに、朝日はけらけらと笑う。「美波に教えてもらえるなら安心らねぇ」ではない。

「遅れてきた私が言うことじゃないけど、早く始めて早く終わらそうか。まだ来てないのって誰?」

「光がまだだね。バイト終わった後、通話で参加するって」

 参加するなら来ればいいのに。そう思いかけて、うっすら聞いていた彼女の家庭事情を思い出す。そもそも参加できるのだろうか。

「お、噂をすれば」

 境のスマートフォンを鳴らしたのは光ちゃんだったらしい。即座にスピーカーモードに切り替えられた端末から、「ごめん、遅くなった!」と弾んだ息混じりの声が響いた。

「私も今来たところだから気にしないで」

 電話口の相手にも聞こえるよう声を張ると、境が苦笑しながら近づいて来た。ああそうだ、もともと騒がしいとはいえ大声を出せば迷惑になる。「ごめん」と家主に謝りながら、「光ちゃんは準備できてる? こっちは一応始められるけど」と問いかける。

 私が来て、光ちゃんから電話が来たことで、部屋にいる面々は酒とつまみに手を伸ばしながらも、それとなく話し出すために円座を組みだしていた。

「うん、アタシは平気。ただ途中で抜けるかもしれないから、できれば最初に話したいな」

「いいよー」

 朝日が間延びした声で了承する。「酔ってる?」と苦笑するのを肯定しながら、円座の空いた場所に腰を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る