時の香り

虹のゆきに咲く

第1話

松下さん

また、床にお漏らしをして


ああ


ああ、じゃないですよ

掃除するのも大変なんですから

グループホームに入ってもう日が経つから

早く慣れてください


ああ


山田さん

松下さんは認知症が最近進んでいますから

ちゃんと理解してあげないといけませんよ


わかりました

富田主任





想いは50年前に


妙子さん

近くにトンボがいるんだけど

網で取りにいかないかな


トンボですか

もっと可愛い蝶はどうですか


そうだね

どっちみち野原に行ってみよう


はい


ほら

そこは泥道だよ


ええ

本当


拭いてあげるよ


いえ、恥ずかしいです


大丈夫だよ


ほら

きれいになったろ


はい


妙子さん

こっちにトンボがいるよ


やっぱりトンボなんですか


ああ

蝶はいないな

でも、きれいな花にトンボがとまっているね


そうですね

淡い紅色ですね


そうだね

じゃあ網で取るよ

そら


あ、取れましたね

でも、あまり可愛くないですね


そうかな


はい


そうだね

妙子さんが可愛いから

それで十分さ


もう

からかわないでください


本当だよ

妙子さんが好きだよ

妙子さんは


内緒です


今日のことは一生忘れないよ


本当ですか




松下さん

また

おもらししたのを

内緒にしていましたね


あああああ


もう、ああああ

じゃないですよ




山田は想う人がいた



山田さん

今日はフランス料理の美味しい店があるんだけど

行ってみない


はい

行ってみたい


そうか


あまり

こういう店に行ったことないんですよ

でも


でもって

どうしたの


村田さん

大丈夫なのですか


何が


奥さんです


ああ

あいつには愛情はないよ

今は君でいっぱいだよ


本当ですか


ああ

ところで

今の仕事は慣れたかな


それが

お年寄りのオムツ交換など汚くて嫌なんです


まあ、それは慣れかな


そうだといいんですけど


また、今日もいいかな


はい


村田さんさえよければ

出会って間もなくて

奥様もいらっしゃるのにいいのですか


ああ


じゃあ、行こう


はい



グループホームにて


主任

妙子さんのおむつ交換は大変です

まめにしないと

ベッドがびっしょりで

妙子さん、妙子さん

わかっているのかな

まあ、寝たきりだから

わからないかな

仕事だから仕方ない

松下さんよりはいいかな






松下さん

今日はお弁当を持ってきました


いいのかな

田代さん


やはり

松下さんは妙子さんが好きなんですか


ああ


私じゃ駄目


駄目よ


妙子さん


私もお弁当を持ってきました


そうか

じゃあ、せっかくだから

二人のお弁当を食べようかな


駄目です


そうですよ


私が先にお弁当を持ってきたから


駄目よ

田代さん


松下さんは私のことが好きなのよ

そうでしょう


まあな


まあなって自信さなそうなことは言わないでください


妙子が好きって言って


違うわよ

最近は私に優しいから


どっちなの


そんな言わないでよ

妙子さん


もう、帰ります


やった

じゃあ、私のお弁当を食べてね


やっぱり帰りません


妙子さん

困ったなあ

じゃあ、どっちも食べないよ


もったいないでしょ


そうよ


わかったよ

みんなで食べよう


仕方ないわね


そうね


私の卵焼き美味しいのよ


私の目玉焼きも美味しいから


目玉焼きって卵を

じゃあってするだけでしょ


そんなことないわよ

コツがあるの

タイミングよ


そんなの誰でもできるでしょ


わかった、わかった

どっちも美味しいよ



あなた

昨日の夜は遅かったのね


ああ、部長との付き合いでさ

大変なんだよ


本当ですか


どうして


わかるのよ

女性の香りがするの


気のせいだよ

そうそう、クラブに付き合いでいったからさ

その匂いだよ


本当


愛しているのは

お前だけだよ


うれしい

本当かな


本当だよ



グループホームにて


山田さん

なんだか元気がないわね


主任

気のせいです


でも

最近、仕事が慣れてきましたね


はい

松下さんのおもらしも慣れてきました

でも


でもって

どうしたの


いえ


ああああああ


また、あああああ、ですか


あれ

松下さん

これは

メモ紙


・・・・・山田さん、ごめんなさい・・・・・


え、どういうこと

わかっているの

松下さんは字が書けるのね

反省しているのかな


松下さん

気にしないで

仕事だから


ああああああああ


大丈夫ですよ





妙子さん


はい


目をつぶってくれるかな


どうして


いいから


ほら


わあ、胸ポケットにきれいな花

淡い紅色の花ですね

あの時の


そうだよ

本当に好きなのは妙子さんだよ


本当ですか


ああ


また、今度は違う花を胸に挿してあげるよ


本当ですか


ああ、約束するよ


うれしいです

きっとですよ


必ずね

蝶も捕まえてあげるよ

トンボじゃなくてね


田代さんには内緒だよ


はい

でも、いつか傷つきますよ


そうだね

でも、仕方ないんじゃないかな


松下さんがはっきり言った方がいいんじゃないですか


そうだね

でも、彼女の気持ちを考えると辛いな


松下さん

一緒に帰りましょう

あら、妙子さんもいるの


ああ


私と帰りましょう


松下さん

ほら


田代さん

実は僕は妙子さんが好きなんだ


ううう


松下さん、仕方ないわよ


そうだね

でも、辛いな


松下さんは優しいから


そうかな


はい





山田さん

今日は素敵なバーがあるんだけど行ってみない


本当ですか

村田さん


ああ


でも、やっぱり

奥様に悪いな

最近そう思って


いや、だから

愛しているのは君だけだよ


本当ですか


後で

僕の胸においで


はい


君は素敵だよ

妻はどうでもいい

僕といつか結婚してほしいな


本当ですか


ああ


うれしいです


あなた、昨日も遅かったのね


ああ、昨日は取引先との接待だよ

お前もやきもち焼きだな


あなたを愛しているからよ


俺も愛しているよ






主任

大変です


どうしたの

妙子さんの様子がおかしいです


脈が遅いわね

先生を呼んで


はい


ああ、やっぱり仕方ないですね

寝たきり状態が長いと

どうしても弱りますよ

家族にも連絡した方がいいかもな

まあ、すぐすぐじゃないけど


それが、妙子さんは独り身で誰も身よりがいないんです


そうなんですね


無縁仏かな


仕方ないですね



あああああああ



どうしました

松下さん

今日は落ち着かないですよ

しかも

涙を流して


ああああああああ


大丈夫ですよ


主任

最近、松下さんが徘徊が始まって


そうなの


気をつけないと外にでて行方不明になるからね

足はしっかりしているから




村田さん

本当に結婚してくれるのですか


ああ


どうしたの

急に


なんだか

私の体目的じゃないかなって思って


ふざけるな


ごめんなさい

そうですよね

村田さんが真剣に怒ってくださったので

嬉しいです


今日も優しく僕の胸においで


はい


その前に軽く

バーにでも行こう


はい


でも

どうして

奥様とすぐ別れてくれないのですか

実は妻に借金があってね

それを返さないと別れられないんだ


それなら

私の貯金が少しありますから


いくらくらい


100万くらいです


いや、それは山田さんが一生懸命ためたお金だから

駄目だよ


いえ、村田さんのためなら


駄目だよ

それに子供もいるし


せめて、借金だけは返してください

私のお願いです


いや

駄目だよ


お願いします


そうか

いつか返すから


信じていますから

大丈夫です





主任、大変です


どうしたの


松下さんがいなくなりました


え、それは本当


はい


すぐ、警察に連絡して


はい


大丈夫です

発見しました


どこにいましたか


それが、近くの野原にいました


そうですか

それは良かった


松下さん


あああああああ


今日はあああああでは

駄目ですよ


また


メモ紙ですか


・・・・・妙子さん・・・・・


え、妙子さんと知り合いなの


ああああああ


山田さん

そっとしてあげて

きっと妙子さんと何かあるのよ

詮索したら駄目よ


二人は何かあったのかな


だから駄目よ


はい





村田さん

100万円おろしてきました

これを使って下さい


ああ

本当にいいのか


はい

村田さんのためなら


ありがとう

山田さんしか僕は見えないよ


本当ですか


ああ


君なしでは生きていけない


必ず結婚しよう


はい





妙子さん

僕は妙子さんで頭がいっぱいなんだ


本当ですか

口ばかりじゃないですか


そんなことはないよ


妙子さん

じっとしていて


はい


どうして目を手で覆うのですか


いいから



嫌だったかな


いえ、うれしいです


妙子さんの唇は優しかったな


恥ずかしいことをいわないでください






主任


どうしたの


妙子さんが何か言おうとしています

でも、わかりません


そう

何かあったのかしら





妙子さん

召集令状が来たよ

でも、必ず約束は守るよ

生きて帰ってくる

そうしたら

結婚しよう


はい

待っています



松下さん

大丈夫ですか

心配で眠れません

星を見るたびに松下さんを想います



妙子さん

どうしているかな

会いたいな

どうしても

でも、部隊を離れるわけにはいかないんだ



ああ、日本は負けたか

東京は大空襲で住んでいる場所すらわからない

妙子さん

どうしているのかな


松下さん

日本は負けました

無事でしょうか

早く会いたいです

どこにいらっしゃるのですか






村田さん

その後、奥様とはどうですか


ああ、もう少しだよ


本当ですか


どうして君はそんなに疑うの


ごめんなさい

そうですよね


100万は少しずつ返すから


いえ、お金はいいのですけど


そうか

僕を信じてくれ


はい





あなた、最近

残業が遅いのね


ああ、仕方ないだろ

俺のことを信じていないのか

可愛い子供もいるだろ


そうですよ


信じろよ


ごめんなさい


ああ、気にしなくていいよ






松下さん

どこにいらっしゃるのですか

会いたいです

松下さんの胸の中に飛び込んでいきたいです


妙子さん

どうして見つからない

おかしい

役所でも探すけど

どうして

会いたいよ

必ず約束は守るから





キャー

誰か助けてください


どうした


男の人が私を襲って


どんなやつだ

泣かなくていいぞ

警察に行こう


はい


どんな人でした

この人相書きかな


はい

まちがいありません


お前じゃないか

この男か


そうです

この人だと思います

似ています


わかった


いえ、違います

僕はそんなことをしていません


嘘をつくな

しばらく牢に入るんだな


妙子さん





妙子

あなたも結婚してもいい年ね


いえ

結婚する気持ちはありません


どうして

もう、いい年でしょ

妙子、良い話があるのよ

この方は財産家であなたのことを気に行ったみたいで


嫌です


駄目よ


そうだ、妙子

結婚しなさい


いえ、それなら

この家から出ていきます


おい、妙子を外に出すな


そうですね


今よ、逃げないと

松下さんが待っているから


妙子さん

会いたいよ

でも

僕は牢の中なんだよ


松下さん

私は旅館の女中をしています

家は出ました

早く迎えにきてください





山田さん

実は話があるんだ


どうしました


子供が病気になって

妻と離婚できなくなって

申しわけない

どうしても子供のことを思うと

君と付き合うことに罪悪感を覚えるんだよ

100万は必ず返す

別れてくれないか


もう、お金はいいです

うううう


申しわけない






ああああああ

ああああああ


どうしました

松下さん


ああああああああ


メモ書きですか


ああああああああ



・・・・・山田さん、どうしたのですか・・・・・・



山田さん筆談ができるのね




・・・・・・泣いているじゃないですか・・・・・・・



いえ、何もないです



・・・・・・よかったら話してください・・・・・・・



実は



・・・・・・きっといい人ができますから大丈夫ですよ・・・・・

・・・・・・必ずいい人に会えますよ・・・・・・



ありがとうございます



・・・・・・・今日はゆっくり休んでください・・・・・・



はい



主任

山田さんがこれを


そうなのね




主任

大変です

また、松下さんが



警察を呼ばないと

あ、あそこの庭に


どうしたのかしら

帰ってきました

妙子さんの部屋に

行きました



妙子さん


ほら

白いきれいな花に

蝶を捕まえてきたよ


妙子さんのことはいつまでも

忘れていないよ


松下さん

会いたかったです

うれしいです


やっと会えたね

約束は守ったよ





主任、妙子さんのベットに白い花が

蝶もとまっています


ふたりとも幸せそうな笑顔で

寄り添って

手をつないでいますよ

安らかに眠っているようです








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時の香り 虹のゆきに咲く @kakukamisamaniinori

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