第4話 勇者御一行が可笑しい

 私は今、腕立て伏せをしている。

 何やってるんだろう……たしかに勇者パーティに引けを取らないような訓練はしてきた。筋トレもした、でも……潜在能力というものがある。どちらかと言うと素早さに特化した攻撃の特訓や、戦闘を想定した道具の上手い扱い方とか……うん。


「まだまだァァァァァァァア!!!」

「押忍……」

「声ェエエエエエ!!小さきものよのぉ!!!!!」

「セイ!押忍!!!!!」


 此処は士官学校だろうか。アスペンが通っていた学校は体育会系だと聞いたことがある。


「いいか?魔法ってのはな、欲望が形を為した化け物だ。それをコントロール出来なきゃ意味がねえ」

「……コントロール、ですか?」

「お前らの敵は、何だった?」

「えっと……」


 見下ろす先生は、好々爺の皮を被ることをやめていた。

 常時髪を束ねていて、米神や額には血管が浮き出ている。腰に巻いた白衣は、本来の用途を成していない。

 私の答えを急かすように、医師兼私の先生が、スパァンと竹刀で地面を叩いた。


「は、はい!モンスターと、魔人です。殆どは魔人、モンスターは正当防衛でしか……手を出しませんでした。彼らは進化し過ぎた野生の動物と変わらない」

「ならば魔人は、元は?」

「……!ゔ、ぉ……え゛……が、っ!」


 小さな言葉のきっかけ一つで、旅で刻まれてきた、忌まわしい記憶が蘇る。私は腕立て伏せのポーズのままその場に……迫り上がる嘔吐感を堪え切れなくなった。

 苦しい、胃が逆流するようだ。地に撒き散らされる胃液が臭気を放つ。気持ちが悪い。魔人の成り立ち、何よりその魔人を手にかけた己の残忍さ。


「……『リバース』」

「ゔ、っ……はぁ……た、たしかに……リバースしました、すみませ……」

「魔法じゃよ」


 無骨な指を掲げた先生の先、地面が光る。みるみる吐瀉物が消え、乾いた地面へと逆戻りした。

 旅に出て以降日常的に目にしていたとは言え、やはり何度見ても慣れない。画期的にすら感じる。


「狭い範囲の時を戻す魔法じゃ、見覚えは?」

「……旅の途中少しだけ見覚えあります。地面を汚してごめんなさい」

「やかましい、それは身体の正しき防衛反応じゃ。気にせんでいい」


 綺麗になった地面に痰を吐いて顰めっ面を浮かべる先生。慌てて私は少し飛び退いた。

 休憩がてら地面に座り込んで先生を見上げると、竹刀を軽く振るっている。


「……さて、授業再開と行こう。魔人の元は人間。魔人は、魔王が与えた膨大なイドに乗っ取られた人間の成れの果てだ。……元勇者御一行なら、貴様はそれを知っているな?」

「……は、い。……その真実を知ったきっかけで……私は、……眠れなくなりました。そして、離脱しました」

「小娘、てめーは間違っちゃいない。勇者御一行が可笑しいんじゃよ」

「私の仲間をバカに……ッ」

「違う!!」


 地鳴りするような唸り声に、私は反射的に口を閉ざす。

 仲間を……可笑しい呼ばわりされて言い返せないなんて。やはり私は情けない小娘なんだろうか。悔しさと嘔吐直後の口腔の粘質な嫌悪感に、涙が滲む。

 先生はずかずかと歩み寄り、私の頭を鷲掴みにする。痛い。


「ワシもイドの使い手。見れば分かるでな。小娘の水晶越しに覗かせてもらった。勇者御一行の魔法の力を。アレは魔人レベルの魔力じゃ、お主も見たじゃろう」

「……勇者アスペンと聖女カルミア。……獣人のタイムも数は少ないですが、高等な魔法を使えます」

「何故か分かるか?」

「……いいえ」

「あいつらのイド、欲望が、民間から放出される大気のイドと同化してる。スーパーエゴも制御していない」

「……まさか」

「奴らは一切己の欲望のために魔法を使用していない」


 全て合点が行った。

 勇者を名乗るだけに相応しい魂。自己犠牲的なヒーロー。世界平和を願う聖女。ただひたすらに種族を超えた人間の平穏を望む獣人。……私は、誰とも違う。皆の力になりたいなんて建前、勇者である恋人が心配で、彼の傍に居たいと願うばかり。傍に居るならせめて、皆の足を引っ張るのは嫌だ。そんな事ばかり。私は、結局私のためにしか動けなかった。

 追放に至る原点は、そこにあったのかも知れない。


「……貴様如きが魔法を覚えた所で、制御出来ねば身体を乗っ取られるだけじゃ。スーパーエゴは生まれ持った精神力である程度決まる。魔人の殲滅に耐え切れぬ貴様の精神は生まれつき弱い」

「……っ」

「それを補うのが、健全な己を律する魂じゃ。その魂は健全な身体に宿る」

「……筋トレは正にその第一歩という事ですね、先生!」

「そうじゃ!腕立て伏せはこの辺にして、次は作物と薪を村の市場へ運搬!その後は畑を耕すのを手伝え!」

「筋トレじゃないんですか……?」

「筋トレしながら村の労働力にもなれる、一石二鳥じゃろう!」

「……あ、あの、良いように使われて……ませんか?」

「魔法教えんぞ」

「押忍!労働します!」

「の前に!」


 頭を掴んだ手が、ばっと診療所を指差した。立ち上がり気合を入れた私が診療所を見ると、窓が開いた風呂場が見える。


「身体を清め着替えてこい!10分でな!」

「先生……!」


 嘔吐したばかりの生娘なんて、そりゃ私自身辛いものがある。

 私は先生に感謝して急いで風呂場へ向かった。


 湯上がりの後、肩まで伸びた栗色の癖っ毛をポニーテールに結び直して気合を入れ直す。ここまでお世話になったんだ、筋トレでも労働でもやってやる。

 でも一つ。

 置かれていた着替えが、「筋肉美」と黒い墨で描かれた白いTシャツだったことだけは、異論を唱えたい。

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