第3話 労働力を捕らえた

 数日が経った。

 水晶越しには此方の声は伝えられないが、時々皆がミニドラゴン越しに話しかけてくれるので近況は把握してる。次の中継地点の街へ到着して少し休んでるらしい。時々バーサーカー状態のアスペンの声は聞こえたが、日に日に落ち着いていた。新たな加入者は元々友人なので、彼も時々声をかけてくれる。新たな勇者御一行は元気そうで何よりだ。ここまで把握してていいのか私。これじゃまるで追放詐欺じゃなかろうか。

 食事を取れる程度には回復したところで、私は診療所付近を散策してみることにした。いつまでも病室に引きこもっていては、仲間に合わせる顔がない。


 診療所近辺を散歩していると、お爺さんが畑を耕していた。彼は、倒れた私を診察し看病してくれた、先生だ。

 穏やかなお爺さんを絵に描いたような人で、鼻の下にも顎にも白い髭を蓄えている。今日は畑仕事だからなのか、長い白髪を後ろに束ねていた。左目には大きな傷跡がある。土色の作業着がよく似合っていた。


「こんにちは、先生って畑もやってらっしゃるんですね」

「ああ、高齢化が進むばかりの自給自足の村でしてなぁ……リナリアさんは外出してももう大丈夫そうですか?勇者御一行様は、ええと……どちらに」

「お陰様で!いやあ、パーティからは戦線離脱になっちゃって……」

「おんや……それはそれは……」


 声をかけてみると、世間話に花が咲いた。

 話を聞いてわかったこと。この村の過疎化が非常に進んでいること。過疎化していた所に魔王の誕生が影響し、元々少なかった住人も、更に活気が無くなっていったらしい。旅をして来て感じていたが、どこの街も似たように鬱屈している。ここも例外ではないようだ。

 今では細々と自給自足の日々。それと、私がお世話になったこの先生は、昔は有名だったイド専門の医師らしい。


「イド……」

「おんや、イドをご存知ねえべか?」

「私の卒業した学校、この辺じゃないんですよ。魔法の授業はありませんでした、魔導士も少ない地域ですから」

「ほんにまぁ珍しい。ワシも他の村民も、全員魔法経験者ですよ」


 私とアルペンが暮らしていた小さな北の大地は、田舎町ながらも商売が実権を握っていた。技術が物を言う世界、武器は言葉と手腕一つ。だから、普通に大陸で暮らすなら魔法はついでの物。田舎を出て一攫千金を狙うハンター希望や、王宮の近衛兵を目指すエリートや、愛国心溢れた軍志願者が学ぶものと認識していた。

 私からすると、大陸が異なるだけでも、魔法が日常的にある世界の方が珍しかった。


「イドとは大気中の、魔法の源です」

「大気中?」

「大気中のイドとは、皆が平等に宿す魂のエスと同じじゃ」

「あ、エスは聞いたことあります!私たち人間の欲求であり魔法の源でもある、でしたっけ?」

「そうですとも。どちらの呼称が使われるかは、単純な地域差があるでしょうなぁ。ワシらの所ではイドと呼ばれておりますよ」


 意味が同じだった事も知らなかった。軍学校に通って魔法の訓練を受けていたアスペンの話に、もう少し耳を傾けてあげるべきだった。

 心内で反省しつつ、先生の優しくゆったりした声に耳を傾けた。


「エス=イドですね」

「ええ、ええ。大気中のイドとワシらの中を流れるイドを増幅させ、超自我……聞き慣れませんかな?スーパーエゴで調節し、エゴとして放出させる。これが魔法の基盤ですぞ」

「……魔法って難しい原理なんですね……?」


 全く理解出来ていない私を見て、先生は愉快そうに声を上げて笑った。


「はっはっは……まあ、ワシらが使う魔法は、道具で行う事と変わりませんよ」

「魔法で耕さないんですか?」

「年寄りになると、魔法の方が負担になる事もあってのう」

「そうなんですか……」

「やはり魔法は若者の方が強い。いやしかし、コツさえ掴めば容易い物。なあに、イドの無い人間などこの世界にはおらぬのだから」

「……使えたら、きっと役に立ちますよね」

「おんや、まあ。興味がお有りですかな?」


 カルミアもアスペンも使いこなしていた魔法。もし私が使えたら、もっと前線で違った戦い方が出来ていただろうか。思えば、サポートに回るか懐に入り込んで道具で殲滅させるとか敵の道具や武具を盗むとか、そんな事ばかりしていた。旅の途中、盗賊団に誘われた日が懐かしい。勿論断ったけど。

 皆、足手まといとは一度も言わなかった。でも実は、自分が一番足手まといだと感じていたのだ。

 魔法があれば、もしかして。

 勇者パーティについて行けなかった根本を見つけて、覆せるかも知れない。


「……興味あります。私に魔法を教えてくれませんか、先生」


 我ながら自分勝手。どうかしてる。でも、今の足手まといな私が出来ることなんて、やりたい事をやる事だけだ。

 案の定、先生は困っ……?何故か口元はニヤついている。どうしたんだろう。でも、ぱっと見は困った顔をしていた。


「いや、しかし……治療費は受け取れませんし、だからと言って無料でワシら魔導士の秘密をホイホイと差し出すにはのう。魔法を覚えたらすぐに、勇者様御一行を追い掛けるつもりでしょう?」

「それは……でも前も言いましたが、治療費は受け取ってください!」

「いやあ、王都からの通達でしてなあ」

「それに今の私はもう、勇者一行の一人じゃありません!彼らはたしかに仲間ですが、力及ばずなただの小娘です!」

「……いや、しかし」

「魔法を教えて下さる間、何でもします。畑も何でも、力持ちではありませんが!」

「……二言は?」

「ありません……!」


 先生の目の色が変わった。

 細い双眸が鋭く歪み、裂けそうなほどに口角を押し上げて不敵に笑う。さっきまでここにいた筈の優しい村医者が豹変した。


「高齢者諸君!聞いたか!労働力を捕らえたぞ!!」

「オォォォォォォォォォォォォォォォ」


 地を唸らせる雄叫びが、鼓膜から脳まで揺らす。

 え?

 あっという間に、私は村民に取り囲まれた。それはそれは邪悪な笑みを浮かべる村民、もといお爺さんお婆さん達に。

 邪悪筆頭の笑みを浮かべながら、先生は私に歩み寄って来た。


「二言はないのじゃろう、小娘。ガキ勇者一行でねえなら、王都の法律なんぞこのクソ田舎じゃ通じんぞ。オメーは今日からワシらの労働力じゃ。安心せい、バキバキに鍛えてやるからのう!」


 作業着の上をばっと脱ぎ捨てる先生、及びお爺さんお婆さんの皆様。

 露になる、筋肉、筋肉、筋肉。勇者並みに鍛え上げられた上腕二頭筋と胸筋が、太陽の光を受けて輝いていた。

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