キス

 三日目は出てくる量も減ってきて、だいぶ楽になった。もうお腹は痛くなくて、ちょっとだけお腹になにか有るかもってくらいだ。なので普通に学校に行ったのだけど、生理用品を持ち歩くのがちょっと恥ずかしい気持ちで、ちゃんとはいってるか、出てきてないか不安になってちょいちょいポケットの上から撫でてしまう。


「どしたの? 今日なんかそわそわしてるじゃん」

「体調悪いの?」

「あ、うん……あー、あのさ。ちょっと耳貸して」


 二時間目が終わったところで二人が不思議そうにしているので、そっと小声で生理が始まったことを伝えた。恥ずかしいけど、内緒にしててもしかたないしね。


「!? え、あー……まじか」

「春ちゃん、小柄だから絶対美香ちゃんが先だと思ってた」


 二人とも驚いたみたいだけど、周りをちょっと見て小さい声になった。女子はいいけど、男子に知られるのはさすがに無理。からかわれても嫌だし。

 美香ちゃんは一瞬言葉がないくらいびっくりしたみたいだけど、何やら自分で納得したみたいで腕を組んで頷きだした。


「まあ、先を越されてもしょうがないよ。春ちゃんはもう、大人だもんね」

「え? ああ、愛大人理論ね。さすがに感情論過ぎ―と思ってたけど、でも、あながちありなのかも。実際に一足先に大人になっちゃったもんねぇ」

「まだクラスでも半分もなってないもんね。私もそろそろ誕生日だし、今年中かなーって思ってたけど、そっかー。ねぇ、どんな感じ? やっぱりしんどい?」

「まぁ私はね。結構しんどかった。それに、やっぱり実際に目で見ると、衝撃受けるよ」

「えー、何だかこわーい。私中学生くらいからでいいわ」


 こそこそ話していると、すぐに中休みは終わったので自分の席に戻る。

 そして授業を受けながら、他の人の朗読を流して聞きながら、そっかぁ。って相槌をうった。


 大人かぁ。生理が始まって、変わっちゃった感じがしてたけど、そっか。大人に変わっていってたんだ。一歩、大人になったんだ。

 大人って、ある日からはい、大人! って感じに思ってた。それこそ成人の誕生日みたいに。でも違うのかも。こんな風に、ちょっとずつ大人になっていくものなのかも。


 でもだとしたら、なおさらわからない。いつ大人になるんだろう。生理みたいに、個人差もあるんだろうし。しかも言われるまでこれが大人への一歩だって気づかなかったし。全然わからない。

 もっともっと大人になって、誰が見ても大人になって、そうなってしばらくして、遅れて最後に自分がいつの間にか大人になってたって気が付くのかな。


「……はぁ」


 それって、すっごく時間がかかりそう。きっと成人しただけじゃ、大人の自覚なんてできないんだ。考えたら理沙ちゃん、私は大人だって思ってたけど、本人にその自覚あるのかな?

 私に告白するくらいだし、まだ学生なんだし同じ子供枠だと思ってる可能性もあるよね。


 じゃあ大学を出て、社会人になったら自覚するのかな? ……いや、さすがにそんなに待てない。いますぐはその、あれだけど、私だってキス、したいし……

これ、結論出なくない? 適切なタイミングとかないじゃん。客観的にももういいよってタイミングでかつ私も心の準備できて適度なタイミングとか、ないじゃん。


 その日、私は大人っていつだろうって大真面目に考えたけど、全然結論は出なかった。と言うか、これ一生でないでしょ。どうしよう。








「ただいまー」

「おかえりなさい」


 学校が終わって家に帰る。夏休みが長すぎる理沙ちゃんはまだ夏休みなので当然の様に家にいた。ソファに座っていたのが、わざわざ立ち上がって迎えてくれた。さすがにいつもは座ったまま迎えてくれるから、まだ心配してくれているらしい。思わず苦笑してしまう。

 それにしても、頭ではわかっているけど、このままだと来週から理沙ちゃんが学校に行くようになって誰もいない家に帰るのが寂しくなっちゃいそうだ。


「大丈夫だった?」

「ん、大丈夫だよ。ありがと、心配してくれて。朝も言ったけど、もうすっかり大丈夫だよ」

「そっか」


 ほっとしたように理沙ちゃんは微笑んでくれた。何だかきゅんとしてしまった。あれ、なんか、おかしいな。なんだか、いつもより理沙ちゃんが可愛いと言うか、ドキドキしちゃう気がする。

 荷物を置いて、ちょっと時間をかけて手を洗って理沙ちゃんから離れて気持ちを落ち着ける。鏡の中には、先週と変わらない私がいる。だけど確実に、体が変わってる。不思議な気持ちだ。


「理沙ちゃん、お仕事今どんな感じ? 一昨日邪魔しちゃったからどうかなって」

「ん。元々早いペースだったから、大丈夫だよ。それに、春ちゃんがいてくれるから」


 ソファに戻って理沙ちゃんに話しかける。理沙ちゃんはまたパソコンから顔をあげてにこっと笑顔で答えてくれる。


「……そう。ならよかった」

「? なにか、あった?」

「んんー? 別に、何にもないけど」


 なんだかいつもより理沙ちゃんが素敵に見えていちゃいちゃしたいなって思うけど、でも、さすがにお仕事中は邪魔できないもんね。夜まで我慢しよ。


「そう? ならいいけど」


 理沙ちゃんは不思議そうにしながらもパソコンに顔を戻した。それをじっと見る。横顔、かっこいいなぁ。はぁ、何だかただそこにいて、見ているだけでドキドキしてしまう。

 なんだろ。今日やっぱりおかしいな。でも生理のしんどさじゃなくて、普通にときめくだけだし、いつも通りと言えばいつも通りなんだけどさ。


 あー……なんかやばい。キス、したくなってきちゃった。理沙ちゃんにキスしたらどんな顔するんだろう。唇ってやっぱり柔らかくて気持ちいいのかなぁ。


「……」


 ハズ!!! いや何、急に変なこと考えてるの私。そう言うのは大人になってからで。うー……でも、大人っていつかわかんないんだよね。10年も待てないなら……もう逆に、いつでも同じなんじゃ。

 うーん。なんだろ。めっちゃしたい。唇じゃなくてもこう、理沙ちゃんのことギュってしてほっぺとか耳とかでいいしキスしたいし。なんならもう舐めたい。


 ……やっぱ私、今日おかしいよね。あ、もしかして!?


 私はスマホを取り出して、理沙ちゃんから見えないようにしながら検索する。『生理 恋愛感情』でいいかな? 出なかったら何回か検索すればいいし。

 でた。ふむふむ……。やっぱり生理って、感情が揺れやすいんだ。ん!? 生理と性欲の関係……。えっと、『生理 性欲』で調べて、あー……なるほど。生理の時は性欲が強くなるのか。


 つまり、この理沙ちゃんにドキドキしてギュっとしてなんかこう、なんかしたい感じ、性欲なのか……なんか、やばい。死にたくなってきた。今までも理沙ちゃんが大好きすぎてなんかたまらないなってなったことあったけど、あれも性欲だったんだ……。うっ。私、変態じゃん。

 いや、落ち着け私。性欲自体は、誰にだってあるはず。三大欲求の一つなんだし、子供でもあるものだ。なんだっけ。赤ん坊のころから、肛門期とかあるもんね。人間って言うのは、生物として生まれながらに快楽を求めているものなんだ。

 だから、私に性欲があるのも、生理で増幅されるのも普通普通。普通……とはいえ、やっぱ恥ずかしいことではあるんだけど。でも私が変態とか、私だけおかしいわけじゃないんだから、これは仕方ないよね。一回落ち着こう。


「……」


 私はスマホを閉じて、理沙ちゃんを見て気持ちを落ち着ける。はぁ、素敵……。う。まただ。したくなっちゃう。

 うー。生理だから性欲が高まるのは仕方ないにしても、だからってほんとにキスできるわけでもないし、これただ辛いだけって言うか。生殺し? ……待てよ。これもしかして、キスしても別にいいんじゃない?

 さっきも思ったけど、大人の定義まで考えたらずっとできないわけだし、どうせそこまで無理なら今してもいいんじゃない?


 おばさんは理沙ちゃんに、手を出しちゃ駄目って言ったけど、私には言ってないし、私から手を出す分にはいいんじゃないかな? よし! お仕事終わったら言ってみよう!


 と言う訳で様子を見ていたけど、さすがに今日はずっとやっているみたいだったので、夕飯の支度をしてご飯を食べて、お風呂に入るまで我慢した。

 お風呂をあがってから理沙ちゃんを見ると、さすがにもうお仕事はしてなくて、適当にスマホをいじっていたので大丈夫そうだ。


「あの、理沙ちゃん。大事な話があるんだけど」

「えっ? なに?」


 私の宣言に、理沙ちゃんは驚いたのは一瞬ですぐ真面目な顔になってくれて、スマホも置いて姿勢を正してくれた。その生真面目さに、きゅんとしてしまう。


「あう……好き」

「え?」

「あ、ちがくて、いや、違うことはなくて、好きなんだけど」

「えっと、ありがとう。私も好きだよ」


 はぁ……あぁ、すごい好き。やばい。頭おかしくなりそう。いやもうなってるのかも。

 お風呂上がりで髪の毛が生乾きで髪が跳ねている。そんな理沙ちゃんが可愛い。はー、水も滴る。美人。この人が私の恋人なんだって考えたら、もう何か、それだけでぽーっとしちゃう。はぁ。


「……」

「春ちゃん?」

「はっ……あ、あのね、理沙ちゃん。その、ちょっと、目、閉じてくれない?」

「え? うん」


 もう駄目だ。理沙ちゃんと見つめ合ってたらもう、何にも言えない。私は目線を下げてなんとかそうお願いした。理沙ちゃんは不審な私に戸惑いながらも素直に目を閉じてくれた。

 そっと顔を見る。無防備で、私の言葉を何にも疑ってない態度。たまらなくなって乱暴になってしまいそうなのを抑えて、ゆっくり理沙ちゃんの髪に触れる。しめってて冷たい。頬まで手を動かす。

 冷たいのか、くすぐったいのか、理沙ちゃんは少し身じろぎしたけど、目を閉じたままだ。もう片方の手で反対の頬に触れ、両頬を挟む。その頬も柔らかくて、


「春ちゃん……?」


 小さく私の名前をつぶやく理沙ちゃんの唇に、私はできるだけ優しく唇をあわせた。

 うわ、想像よりめっちゃ柔らかくて、すごい、気持ちいい。


「!?」


 顔を離すと、理沙ちゃんはさすがに目を開けてめちゃくちゃびっくりしていた。


「はるちゃ」


 でもそれに答えるより先に、私はもう一度唇をあわせた。すごい、気持ちいい。目を閉じて、理沙ちゃんの唇に意識を集中させる。

 ほっぺたにキスするのだって、ドキドキして気持ちいいって思ってた。でも、全然違う。こんなに違う。

 気持ちいい。熱くて、理沙ちゃんの吐息を直接感じるのが心地よくて、唇を押し付けるだけで我慢できなくて反射的に唇を動かす。


「んぅっ」


 理沙ちゃんの唇を食むようにすると、ちょっと唾で濡れてて、ねちょって音がした。それがどうしようもなく私の性欲を刺激して、私は理沙ちゃんの下唇を舐めた。ぺろぺろと舐めて吸い付くように唇を撫でていく。


「っ」

「んは、ぁ、はぁ、理沙ちゃん……好きだよ」


 息が苦しくなって唇を離して、理沙ちゃんの顔を見る。つい力が入ってしまった手を緩めると理沙ちゃんは、目を閉じる前と違ってどこも白さが残ってない真っ赤な顔で、すごく可愛い。

 心臓がぎゅんぎゅん音をたてて動いていて、痛いくらいだ。私の心臓がおっきくなってしまったみたいだ。


「な、なん……なん、で?」

「好きだから、我慢できなくて」

「あ、……あの、あの、あぅぅ……」


 理沙ちゃんは私が吸い付いたからか、唇がいつもより赤くて、目も泣きそうにうるんでいる。何にも言えずにそっと人差し指で自分の唇に触れて俯いてしまった。

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