生理
「んー……」
目が覚めた。なんかすごいあったかいな。と思ってはっと起き上がる。隣に理沙ちゃんがいた。一瞬めっちゃびっくりした。そうだ。昨日添い寝をお願いしたんだった。狭いし戻っていいよって言ってたけど、そのまま寝てたみたいだ。
全然寝てくれていいんだけど、トイレ行きたい。理沙ちゃんを乗り越えていくと起きそうだし、なんなら落としちゃうくらいなら、起こすか。
そっと時計で時間を確認すると、時間は8時にもなってなかった。お休みにしたら早すぎるけど、10時間以上寝てるし、疲れたくらいだ。うーん、それにしても、やっぱりお腹いたいかも。
「っ!?」
やば、何か今、漏らしたかも。
「理沙ちゃん起きて!」
「ふぁっ!? いだっ」
「ごめん!」
勢いよく起こしたら理沙ちゃんも慌てて起き上がった勢いで普通にベッドから落ちちゃった。でも構ってあげてる余裕ないので申し訳ないけどそのままトイレに直行した。
「えっ!?」
トイレに入ってズボンを下げて便座に座り、ふぅ、と一息ついてからパンツには赤い液体が乗っかっていたので普通に声がでてしまった。
一瞬、本当に何が起こったのかわからなかった。だけどさすがにわかった。病気で急にこんなになっちゃうより、その方がずっとわかりやすい。クラスでも何人か始まってる人いるし、授業でもとっくに習ってるからすぐにわかった。生理がはじまったんだ。
「あー……」
それを思うと、急にしんどくなってきた気もする。それと同時に、何か大きく私の体が変わってしまったような気がして、変な感じだ。みんなが当たり前にしている変化だけど、私にはまだまだ先のことだと思ってた。
「春ちゃん? しんどいの? 大丈夫?」
そのままぼんやりしていたからか、外からおずおずと理沙ちゃんが声をかけてきた。
「あー……あのさ、理沙ちゃん」
「うん、なに?」
「生理だった。心配かけてごめんね」
「!? だ、大丈夫? あの、使い方わかる? あ、まだあったと思うけど」
「棚の中にあるの? 見てもいい?」
「うん」
一旦拭いてから、いつもは触らないようにしている棚の中の箱を開く。授業では先生が実物をみせてくれたし、それと形が同じだったから一応使い方はわかった。わかったけど、でもパンツが汚れたままつけてもいいのかな?
「あの、理沙ちゃん、まだいる?」
「大丈夫そう?」
「あの……大丈夫なんだけどさぁ」
恥ずかしいけど、仕方ないのでそのまま理沙ちゃんにパンツをとってきてもらい、隙間からパンツを差し入れてもらった。パンツを交換して生理用品をつけ、そっと前のを持ってトイレから出る。
「……あの、大丈夫?」
パンツをもらってからちょっと離れてって言ったけど、理沙ちゃんは居間のぎりぎりのところにいてこっちを覗き込んでいる。離れてはいるけど、それ多分音聞こえる距離だよね。でも心配かけたし、今回は仕方ない。
「あの、理沙ちゃん、大丈夫だったよ……。その、なんか、生理なんかで心配かけてごめんね」
「ううん。気にしないで。こういうのは個人差あるからね。その……おめでとう。なれないと思うから、ゆっくりして。朝ごはん用意するから」
「うん……」
病気でもなかったし、全然大丈夫だ。実際、風邪だと思ってても昨日普通に家事できたし、昨日よりお腹は痛くなったけど、それ以外は同じくらいだから、我慢できなくもない。
だけど理沙ちゃんが優しく言ってくれたから、それに甘えることにした。
「じゃあ、まだパジャマだし、しばらく横になってなよ」
「うん。ごめんね」
「気にしないでいいよ。月に一回くらいゆっくりすればいいんだよ。私は軽い方だから、春ちゃんのしんどさはわからないし、労わることしかできないけど」
「ありがとう」
忘れないようパンツだけ洗ってから、言われたとおり寝室に戻ってそっと横になってまるまってお腹を押さえる。冷えている気がして掛布団をかぶる。
なんだか、体中がどくどくする。全身が血液をだそうとしているんだ。授業で習っただけじゃ全然わからなかった。こんな風に血が出て、あんな匂いがして、こんな風に体がだるくて、お腹も痛くて、何かちょっと寒いものなんだ。なんか、ちょっと体から血の匂いがしてるみたいでなんか嫌だな。
昨日までとなんだか体が全然違ってしまったみたいだ。ただ体調が悪くて違和感があるだけだと思うけど、すごい、変な感じだ。私が私じゃなくなっていくような気もする。ちょっと怖い。
じっとしていると、たくさん寝たのにまた眠気がでてきた。うーん。
「……」
「春ちゃん……大丈夫? 用意、一応できたけど」
「うん……起きるよ」
「眠かったら寝ててもいいよ?」
理沙ちゃんの声掛けに普通に答えたつもりだったけど、思ったより眠い声がでてしまった。小さく頭を振って起き上がる。
「う……」
起き上がった瞬間、にゅ、と何かが出た。わかっていてもドキッとした。はー。これ、なれるまで心臓に悪いなぁ。
「痛い?」
「ううん。その、出ちゃってびっくりしただけ」
「そか……うん。まあ、それについてはその内なれるよ」
理沙ちゃんはおかゆを用意してくれていた。病人ではないけど、あんまり食欲もないからちょうどいいかもね。久しぶりに食べたお粥は、優しい味がした。
それから午前中いっぱいごろごろしていると、段々生理である状態になれてきた。まだ出る瞬間はなれないけど。
「ただいま」
「おかえりなさい、理沙ちゃん。お昼は私がつくるよ」
「え、いいよ」
最低限必要なものの買い物を理沙ちゃんが一人で行ってくれたので、お昼くらいしてみよう。簡単でいいし、それで辛かったら、夜は申し訳ないけどお弁当でも買ってもらおう。
「ううん。気晴らしになるかもだし、一回やってみる」
「でも顔色悪いよ、ほんとに大丈夫なの?」
「やってみないとわからないし、毎月あるならずっと寝込んでる訳にも行かないしね」
理沙ちゃんは私の心配をしておろおろしながらも私がやるのを横で黙って見ていてくれた。うん。昨日も思ったけど、やっぱり何かしている方が気が紛れて、しんどいなって感じずにいられる。
「やってる時の方が楽かも。あと食べてる時も割と楽」
「そうなんだ……無理しない程度にね?」
「大丈夫。ただ……片づけたら、またお腹撫でてくれる?」
「う、うん!」
と言う訳で、昼食の片づけもしてやることがなくなったらソファに寝転がって理沙ちゃんにお腹を撫でてもらうことにした。
理沙ちゃんに膝枕をしたもらいながら、撫でてくれる理沙ちゃんの手の上に自分の手を重ねる。あったかい。
「あー……これ、やっぱりいいよ。すごい、楽に感じる」
「ほんと? 私、役に立ってる?」
「立ってるよー、理沙ちゃんさいこー」
「えへへ」
理沙ちゃんはようやくほっとしたような、嬉しそうな笑顔になった。
あー……めっちゃ好きだわ。なんか、理沙ちゃんの笑顔を見るとしんどくて動き出すまで気合が必要になっていたのも、こう、胸がぽっとなって、理沙ちゃんのことぎゅっとするためになら動きだしたいなって気持ちになる。
不思議な気分だ。好きな人がいると、しんどい時でも気持ちが落ち込まないんだ。
思い出してみれば、風邪で学校を休んで家で独りぼっちの時はいつもは平気なのに寂しかったり不安になったりしていた。でも今、風邪じゃないからって言うのも関係あるのかもしれないけど、しんどくてもただしんどいだけで、不安定にはなってない。
体が変わっていく不安感はあるけど、どうしようもなくて何だかちょっと涙がでそうな、足元がぐらぐらして落ちちゃいそうな感じはない。
まだ生理になれないけど、なんだか体が変な感じで、ちょっと怖い気もするけど、でも……私はここにいるんだ。理沙ちゃんが傍にいてくれる。どうなっても大丈夫。そう思える。
理沙ちゃんはずっとお腹を撫でてくれてる。その手付きはぎこちないのに、優しくて、気持ちいい。
「ねぇ、理沙ちゃん……大好き」
「ん。私も大好きだよ」
微笑んで返してくれる思いが嬉しくて、だけど同時に、ちょっとむっとする。なんか、なんか違う。だって今のはいつもの大好きじゃなくて、もっといっぱい、すっごく気持ちがこもった、爆発してもおかしくないくらいの大好きだもん。
なのにいつもとおんなじように返されて不満な気持ちになる。でもわかってる。そんなの、普通に言ったんだから伝わるわけないって。だからちゃんと伝えないと。
「あのね、理沙ちゃん。多分、わかってないと思う」
「え?」
「理沙ちゃんが思ってるより、もっともっと、大好きだよ」
「……それを言ったら、私だって、最初からそうだよ。ずっとずっと、すっごくすっごく、大好きだもん」
「むぅ」
まるでわかってないのは、察してないのは私の方みたいに言われて、思わずうなってしまう。でも心の中の熱量は、どう頑張っても開いて見せられるものじゃないから、理沙ちゃんがそうだって言うなら理沙ちゃんの中ではそうなってしまう。
そりゃあ、最初はそうだったかもしれないけど、今は絶対、私の方が好きだもん。だって、私だって前から好きだったし、きっと理沙ちゃんに告白されなくたって、いつか恋に落ちてたよ。
でも、うー……それはちょっと、言うの恥ずかしいかも。
なんか、何か知らないけど負けた気がして、私は理沙ちゃんをちょっと睨んでみたけど、理沙ちゃんは嬉しそうに左手で私の髪を撫でた。
こんな感じでこの土日は必要最低限以外はだらだらして理沙ちゃんに労わってもらった。本当は二日目はちょっとお腹痛いの楽になったんだけど、なんだかまだ甘えたい気分だったのは内緒だ。
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