予感

 夏休みが終わり、理沙ちゃんとの恋人関係も自然になってきた気がする。関係の進展も、焦らなくていいかなって気になってきた。九月も半ばを過ぎて、空気が涼しくなってきた。

 クーラーで涼しいのとまた違って、なんとなく肌恋しくなる感じ。今まではそんなこと思わなかったのに、理沙ちゃんとそっと触れ合いたいような気持で夏より距離をつめていた。


「……あの、春ちゃん」

「なーにー?」

「その、ちょっと近いかなって、思うんだけど」

「嫌? 姿勢しんどい?」

「うぅ……そんなわけないよ。姿勢も大丈夫。だけど……そんなわけないから困るんだけど」


 理沙ちゃんはパソコンをするでもなくテレビを見ていたので、隣に座る際に片手をもらってぎゅっと胸に抱いて三角座りして手は足で挟むようにして固定した。しばらく何にも言わなかったからスルーされたと思ったのだけど、なにやら理沙ちゃんはもじもじしていて、挟んだ理沙ちゃんの右手は私の足を指先でなでている。ちょっとくすぐったい。


「困るって? ほら、なんかちょっと、涼しいでしょ? だからくっつきたいなって思うんだけど」

「う、うーん……その、あんまりくっつかれると、その、ぎゅってしたくなるって言うか」

「えー? いいよ?」


 そう言うことなら話は別なので、理沙ちゃんの手を掴む力をゆるめて理沙ちゃんに向けて両手を軽く広げて見せる。


「……うん」


 理沙ちゃんはまじまじと私を見てから、そっと手を回して私を自分の膝に抱き上げた。一瞬お尻が浮いて理沙ちゃんの膝に乗ると、柔らかいけど安定感があって、そのまま体の前に理沙ちゃんの手が回って抱きしめられると安心する。


「えへへ。理沙ちゃんて、意外と力持ちだよね」


 白くて細くてひょろっとした印象なのに、私が同級生の中で小さい方にしても、普通に座ったまま横の私を持ち上げるって力いるんじゃないかな。それに買いものとかでも、結構重いのも普通に持ってくれるし。


「ん、そうかな。まあ……そこそこ背はあるし、割と骨太、なのかな? 何にもしてない割には、ある、かな?」

「私のこと、お姫様だっことかできそう」

「ん、しようか?」

「え、うーん。うん! して」


 思いつきで力があるからできそうなことを言っただけで、してほしいなって思っていたわけじゃない。だから提案されてちょっとびっくりしたけど、なんか素敵そうだししてもらうことにした。

 頷いた私に、理沙ちゃんはにこっと優しく笑って、私を横向きに座らせてから膝の下に手をいれた。


「首に手を回して、ぎゅってしてくれる?」

「うん」


 お姫様抱っこしてるのでよく見る形なので言われたとおりにする。思ったより顔が近づいてちょっとドキッとしていると、理沙ちゃんはすっと力むでもなく立ち上がった。


「わっ」


 一瞬のふわっとした浮遊感と共に、理沙ちゃんより高い場所に頭がある景色に、私は思わず声をだしていた。

 わー、思ったより高い。理沙ちゃんにぎゅっと抱き着くことで、ちょっとだけ沸いてくる怖い感じを消して、新鮮な景色を楽しむ。見慣れた部屋だけど、高い場所から見ると全然見え方が違う。


「ね、ね、理沙ちゃん。移動して。はっしーん」

「了解」


 理沙ちゃんはゆっくり歩きだし、部屋の中を一周してくれた。と言うか、なんか……よく見ると、換気扇のフードにうっすら埃が……普段遠いし見えないから気にしてなかった。


「……ありがと、理沙ちゃん、もう下してくれていいよ」

「うん。……思ったより面白くなかった?」


 理沙ちゃんはソファに座ってそのまま私を膝の上におろしてから、テンションの下がった私に首を傾げた。


「ううん。そんなことない楽しかったよ。ありがとう。ただ、なんか掃除の不備が見えちゃったって言うか……でもめんどくさいしいいかなって気持ちとせめぎ合ってる」

「なるほど? 私、普段気にならなかったけど……でも、気になるなら、今度しようか。お休みの日にでも」

「……うん。そうしよっか」


 今まで無視しても気にならなかったんだし、なかったことにしてもいいっちゃいいんだけど。でも、気づいちゃった以上多分またその内気になるだろうし、なかったことにはできないもんね。理沙ちゃんも手伝ってくれるならやろう。

 うーん、まさか、理沙ちゃんからそんなやる気をもらうなんて。前は理沙ちゃん、掃除なんていいよって感じだったのに。なんかちょっと変わった気がする。


「……理沙ちゃん、大好き」

「だから、あー……私も大好き」


 理沙ちゃんは一瞬困った顔になってから、私を横抱きのまま抱きしめてそう言った。


「なに? 今ちょっと困った顔した。私、困らせてる?」

「いや……その、大好きだけど、大好きすぎて、キスとか、したくなっちゃうから、困っちゃうなって」

「うーん……えへへ」


 本当に困ったみたいな顔で、そんなことを言われてしまった。なんていうか、嬉しい。困らせて悪いなって気持ち以上に、もっと、困ってほしい。困ってしまうくらい、私のこと大好きだって思ってほしい。


「困らせてごめんね。でも、理沙ちゃんのこと大好きだから、私が大人になるまで、困っててね」

「う……春ちゃん、ちょっと意地悪になってない?」


 一応謝るつもりだったけど、普通に笑顔で言ってしまった。理沙ちゃんはちょっとだけ拗ねたみたいに唇を尖らせて、そんな文句を言うけど、今更すぎない? 今までも意地悪って何回か言ったくせに。


「やだ、理沙ちゃん。今頃気付いたの? 私、性格悪いよ。悪い子だもん。でも、悪い子でもいいんでしょ?」

「……うん、どんな春ちゃんも、大好き。だから……ずっと、待ってるね」


 私の言葉に唇を尖らせるのをやめて、理沙ちゃんはふわっと微笑んだ。うん。知ってる。理沙ちゃんが私のこと大好きで、どんな私でも好きだって信じてる。

 だから前みたいに、いい子でいなくちゃいけないって思わない。迷惑をかけないようにって言う焦りもない。だって私には理沙ちゃんがいるから。


 私はぎゅっと理沙ちゃんに抱き着いた。理沙ちゃんはまたちょっと困った顔になって、ぽんぽんと私の肩を叩いた。そのちょっと雑な扱いに、胸がくすぐったくなって何だか笑ってしまった。








「うーん」


 理沙ちゃんと楽しい日々を送ってしばらく。9月も後半になってさらに冷え込むようになったせいか、何だかここ昨日から微妙に体調が悪かった。

 変に体がほてると言うか、お腹が痛いの直前のぐらぐらする感じというか。何となく変な感じだ。


「春ちゃん、ほんとに大丈夫なの? 熱はないみたいだけど……」

「はかったけど、私平熱高い方だし、それ以下だったから平気だよ。頭が痛いとかでもないし」

「今日こそ休みだしゆっくりしてね。ご飯もいいから。パン買ってきたし」

「んー」


 理沙ちゃんも気づいて心配してくれる。よく見てくれてるんだなって嬉しいけど、自分の体調管理もできないのかとちょっと落ち込む。昨日もいつもより早く寝てるのに、昼も妙に眠かったし、なんか変な感じでぼーっとしてしまう。

 とりあえず明日は、理沙ちゃんの言う通り甘えようかな。朝は起きずにだらだらして、夜までゆっくりしよう。


「……ん?」


 お風呂も入ったし、まだ早いけど寝ようかな。と思ったところで、なんかちょっと、お腹痛かった。

 いたたたた! って感じはないんだけど、お腹の中かき混ぜられたみたいな。なんかちょっとつりそうな感じ。うーん。早く寝ようかな、と自分のお腹を撫でていると、理沙ちゃんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んできて、手を重ねる様にしてお腹を撫でてきた。


「大丈夫? お腹いたいの?」

「あ、それ楽かも。ちょっと撫でて」

「うん……しんどいなら病院行く? 夜間診療してるとこ、自転車の範囲であったはずだし」


 理沙ちゃんの手が、お風呂上りなのもあるかもだけどあったかく感じられて自分の手をどけて撫でてもらう。うわぁ、人の手で撫でられると、なんかすごい、気持ちいい。ちょっと痛かったのもすごい癒される感じする。うわー、いいこれ。

 でもそれはそれとして、病院に行くほどではない。さすがに心配しすぎ。


「過保護すぎ。大丈夫だし、大丈夫じゃなかったら明日行くよ。午前中はやってるはずだし」

「でも……風邪でもない体調不良みたいだし、心配だよ」


 本当に心配そうに、理沙ちゃんの方が泣いちゃいそうな顔で言われて、私の方が困ってしまう。そこまでじゃないのに。でもそんな理沙ちゃんも可愛くて、胸がきゅんとする。やっぱり理沙ちゃんが傍にいると気がまぎれていい。


「うーん、じゃあ、寝るからずっとお腹撫でててくれない? もちろん寝たら戻ってくれていいし、撫でてくれるとすごい楽だから」

「うん。私でよければ」

「理沙ちゃんしかいないし、理沙ちゃんにしか頼まないよ」


 笑ってから寝る用意をしてベッドに転がる。なんか、ほんとに段々お腹痛くなってきた気がする。なんか寒いし。やっぱり風邪かなぁ? 風邪でお腹いたくなることなんてあるのかな?


「理沙ちゃん……いや、やりにくいでしょ?」

「え?」


 理沙ちゃんがベッドの横に腰を下ろして、手を布団の中に差し込んで私のお腹を撫でてくれているけど、いや、そんな横につかれたらこっちが落ち着かない。


「普通に、横で寝てよ。すぐ寝れるかわからないし、なんならそのまま寝てもいいし」

「えっ、そ、そんな。春ちゃんが弱ってる時にそんなことできないよ」

「いや、看病してって話をしてるんだよね?」

「う、まあ、そうなんだけど……ほんとにいいの?」


 ぎゅってするとキスしたくなるらしい理沙ちゃんだけど、今は添い寝をしてって話だから、別にくっつかなくてもいいし。


「理沙ちゃんは、体調悪い私に悪いことしちゃうの?」

「……しない。元気でもしないよ……。ごめん、動揺して変なこと言って」

「いいからいいからはいって」


 うだうだ言ってる理沙ちゃんが面倒になったので引っ張って布団に入ってもらう。早く寝ようと思ってるのに、時間をかけないでほしい。


「うん、いい感じだよ、理沙ちゃん」

「ほ、ほんとに? 狭かったり暑かったりしない? 大丈夫?」


 理沙ちゃんは心配してるし確かに一人用だから狭いんだけど、全然不快感はない。むしろなんか、くっついてはないけどぎゅうぎゅうに詰まってて体温が近い感じが、すごい心地いい。

 しんどさがマイルドになって、時間さすがに早くてしばらく寝れないかと思ったけど、思ったより早く睡魔がやってきそうだ。


「むしろ、理沙ちゃんの体温の分、あったかい……眠くなってきた。おやすみなさい、理沙ちゃん」

「うん、お休みなさい」

「うん……」


 目を閉じる。理沙ちゃんの息遣いも遠くなる。お腹にあるゆっくり動く理沙ちゃんの手の暖かさが、気持ちよくて、私はゆっくり沈んでいくみたいに寝た。

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