大人って

 理沙ちゃんにハンカチのプレゼントをしたのは、とても喜んでくれた。高級品どころか、三つセットでちょっとお得な品だ。なのにギュって握って大事にするねって言ってくれた。

 そんな理沙ちゃんのハンカチと、実はお揃いで私の分も買っていたのだ。些細なことだけど、お揃いだと嬉しい。理沙ちゃんには内緒だけどね。


 理沙ちゃんのお誕生日会から、ちょっとスキンシップ多めになった。手にキスはしてないけど、ちょっと軽くハグしたりとか。頬擦りしたりとかするようになった。

 そんな感じで順調に交際をしていると言うのに、小学校が始まり二人に報告したところ、めっちゃ不満そうにされてしまった。


「ま、前よりいちゃいちゃしてるのに」

「それはいいけど、でも肝心のキスしてないんでしょ? 唇はいつなのー?」

「手のキスでならすって話だったのに……」

「そ、そんなこと言われても。いいもん。私たちのペースでいくんだから」


 おばさんにも認めてもらえたってことは、逆に言えばばれるまでとか気にしなくていい。理沙ちゃんさえ、うんって言ってくれるなら、本当に、ずっと一緒にいられるのだ。なら今だけだからって焦る必要はない。と言うことを説明すると、二人ともニヤニヤしだした。


「親公認とか、マジじゃん。なんか笑うよね。私らの中で一番恋愛なんか興味ないですって感じだったのに」

「いいよねぇ。純愛って感じ。あーん、私も恋人が欲しくなってきちゃった」

「う、か、からかうのはやめてよ。これでも、二人を信頼して話してるんだからね」


 突っ込まれたくないところには触れないようある程度表面的に接していたとは言っても、人となりとかちゃんとわかってる。二人なら悪く言ったり、人に言いふらしたりしない。そう言う意味で信頼できる人だと思ってる。

 私は照れくささを隠すように真面目にそうジト目で非難するも、二人はますますニヤニヤして、美香ちゃんなんか生意気に私の頭を撫でてくる。


「かっわいいこと言うじゃーん、もー、春ちゃんきゃわいー」

「ふふふ。もちろん。私たち、春ちゃんの味方よ。二人のこと応援してるもの。ねぇ?」

「ねー。で、それはそれとして、からかうのはありでしょ」

「そう、むしろ、応援しているが故の祝福、祝福が故のからかいなんだから、これは甘んじて受けなきゃ」


 美香ちゃんの手をおろさせると、今度は詩織ちゃんまでなでてくる。二人とも私と半年も変わらないくせに、めっちゃ舐めてくるじゃん。うー。でも、言ってることは嬉しいし。うう。あんまり強く振り払うのも違うって言うか。恥ずかしいけど、まあ。


「ぐ、ちょ、調子のいいこといって。もー……二人に恋人できたら、全力でからかうからね」

「オッケー。私は春ちゃんと違って、全力でのろけるからノーダメだけどね」

「私は結婚する人としか付き合わないから、大人になってからだし大丈夫ね」


 そして最終的に、キスを目指して頑張ろうってなってしまった。そ、それはまだ早いって。いや、いつならいいのかって言われても困るけど。


 そんな経緯があったので、家に帰るとまだまだ夏休み満喫中の理沙ちゃんの顔を正面から見れなくなってしまう。


「? 春ちゃん? なにかあった?」

「な、なんでもないけど」


 顔は見れないまでも、いつも通りを装って隣に座ったのに。理沙ちゃんはすぐに気づいてくれてしまう。嬉しいけど。今はいいのに。


「そう? 久しぶりの学校だし、疲れたなら晩御飯……わ、私がつくろうか?」

「え? い、いいよ。疲れたとかじゃなくて……」


 ちょっと、いつキスしようかと思ってるだけ。ってそんなこと簡単に言えるわけない。私はソファの上で体育座りになって膝に顎を乗せて手で顔を半分隠し、そっと目だけで理沙ちゃんを見る。

 理沙ちゃんはパソコンを触ってた手を離して、私に向けて身を乗り出して顔を覗き込んでる。前より積極的になってくれてる感じは嬉しいけど、そんな不用意に顔を寄せられると、嫌でも唇が目に入ってしまう。


 薄めでちょっと大きい口元は、色味も少し薄くて乾燥しているのか下唇の真ん中にはっきり筋が入っている。だけど呼吸に合わせてかすかに上下する半開きの唇の隙間から見える、少しだけ色の違うつるつるの口内がすこし光って見えて、それがなんとも艶めかしく感じてしまう。

 触れたらどんな感じかな。ちょっとかさついている唇は、でも柔らかそうだ。キスしたら、気持ちいいのかな。


「っ……あのさ、ちょっと、真面目なお話していい?」

「なに? 悩み事?」

「悩み、ってほどじゃ、ないけどさ。あの……き、キス、とか……したい?」


 顔を可能な限り隠したまま尋ねると、理沙ちゃんは優しい微笑で悩みを聞こうとしていた表情から固まって、盛大に頬をひきつらせてからゆっくり再起動して口を開く。


「あー、そのー……し、したいですよ? でもその、春ちゃんが大人になるまで、我慢するし、その、大丈夫だから」

「大人になったら?」

「う、うん。あの、この間お母さんが言ってたの、聞いてたでしょ? 春ちゃんが大人になるまで、手は出さないから」

「……ふーん。手って、具体的にわからないけど、抱っこしてご飯食べさせるのとかもあれ、恋人だからOKしたつもりだけど、あれって手を出しているには入らないの?」


 線引きがよくわからないけど、恋人だけがする特別なことをするのが手をだすってことじゃないの? そりゃあ、お世話って名目だったけど、ほんとにちっちゃい頃ならともかく、今の私があんなのされるの普通に恥ずかしいし、恋人の理沙ちゃんだから許してるんだけどな。


「あう……ちょ、ちょっとだけ、グレーだったかもしれないけど。でも、その……ちゅーとか、頬までだし。多分、セーフ……」


 自分の両手をすり合わせるようにしてもじもじしだす理沙ちゃんは真っ赤になっていて、告白した時から手を出さないとか言ってたくせに、グレーなんだ。と思うとなんだかにやけてしまいそうになる。

 そんなに私のこと好きなんだ? えへへ。まあ、知ってたけど? 私は顔を隠すのをやめて、自分の頬を揉むようにしてにやけないようにしつつ、もうちょっと可愛い理沙ちゃんが見ていたくてついまた質問してしまう。


「ふーん……? じゃあ理沙ちゃん、私が大人になったら手ぇだすんだ?」

「っ、あ、あの、あの、あのねっ、そのー……あ、当たり前だけど、さ。春ちゃんが嫌なこととか、その、しないし。へ、変なこと、しないから。あの、あー……し、したいです」

「んふふ。りーさーちゃーん、可愛いねぇ」


 もじもじしたまま真っ赤な顔を俯かせて、それでもちゃんと声にだす理沙ちゃんが可愛くて、我慢できなくて手を伸ばして片手でわしゃわしゃ理沙ちゃんの頭を撫でる。

 猫背で俯いた姿勢のまま、じっと目線だけ私に向けた理沙ちゃんはちょっと口元をにやけさせてからぎゅっと眉をよせた。


「……か、からかってるでしょ。ま、真面目な話だって言ったから、真剣に答えてるのに」

「ごめんて。でも、からかってないよ。だって……私も、キスしたいもん。だから、いつしよっかなって思って。ね? 大事な話でしょ?」

「う……そ、そう言うの、あんまり、言わないでほしい。その、もっとしたくなっちゃうから」


 どきっとした。大人になったらって言いながら、今もしたくて、私が同じ気持ちだって言うとそんな風に体を揺らすほど動揺しちゃうんだ。私のことただ好きなだけじゃなくて、恋人として、女の子として求めてるんだって思うと、たまらなくドキドキして、私も理沙ちゃんとキスしたくなってくる。


「……ね、する?」

「し、しないってば」


 わかってた。そう言うって。だから安心して聞けた。まだ心の準備とか全然できてないし。するって言われたら、困っちゃう。


「ざーんねん。じゃあ、大人になるまでお預けね」


 でも、この気持ちも嘘じゃない。したいって気持ちもほんとだ。もし今、するって言われたら。困っちゃうけど、しちゃっただろうな。


 にこっと笑って言った私に、理沙ちゃんは真っ赤なまま自分の顔を手で覆って隠した。


「もう、もー……春ちゃん、意地悪しないで」

「えへへ。理沙ちゃん、大好きだよ。大人になるまで待っててね」

「うん……いつまででも、待ってるから」


 顔をみせないまま頷く理沙ちゃんに、おかしくなってその頭をぎゅっと抱きしめた。


 もうこの理沙ちゃんにこれ以上聞けないから今日はここまでにしておくけど、心の中でちょっと思う。


 大人になったらって、いつだろ。


 晩御飯を食べて、夜になって落ち着いてから考えてみる。

 素直に大人がいつからかと考えたら、法律上の成人したらだろう。でもそれはさすがに、何年後なのって感じだし、別にキスは恋人ができたら学生でもしていいよね? 高校生とか普通にしてるイメージだし。


 じゃあいったい、理沙ちゃんに手を出されてもいい大人っていつだろう。うーん……わかんないけど、多分、その時が来たらわかるかな?


 一応、二人にもスマホで聞いてみた。


「普通に考えたら成人したらじゃないかな」

「愛を知ったときに決まってんじゃん。つまり春ちゃんはもう、大人だよ、やったね!」


 なんともぴんとこない。私は今の自分が大人だと思わない。と言って、成人で一律っていうのも腑に落ちない。

 うーん。まあ、私もだけど二人だって子供なんだしわかるわけないよね。もうちょっと時間がたつまで、待つしかないかな?


「春ちゃん、そろそろ寝ようか」

「うん」


 歯磨きをして、寝室の前で理沙ちゃんはそっと私の手を取った。そしてちゅっと、軽く唇を触れさせる。


「おやすみなさい、春ちゃん」

「うん」


 お盆が終わってからなんとなく理沙ちゃんが始めた、この寝る前のお休みのキスが習慣になりつつある。いつだって理沙ちゃんと触れ合いたい気はあるけど、ゆっくりしている時に手にキスしちゃうと、何だかぎゅっとしたりもっとしたくなっちゃうから、なんとなく頻繁にしにくいなって思うから、ちょうどいい。これをすると、喧嘩した日も許してあげたくなるしね。

 何度もするからさすがに手にキスするだけならなれてきた。ときめくけどその後ちゃんと寝ることもできる様になったし、何となく前より仲良くなれてる気もする。


 優しく微笑んでいる理沙ちゃんの手を、今度は私がとってそっとキスをする。


「おやすみなさい、理沙ちゃん」

「うん……えへへ。おやすみなさい」


 はにかんだ理沙ちゃんに、ほっぺにキスしたくなったけど我慢してそっと肩をぶつけて寝室に入った。

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