理沙視点 迷わない

 春ちゃんと恋人になって毎日がちょっとどきどきしたり、今までと違って、でもすごく楽しい。元々、春ちゃんがいてくれるだけで毎日楽しかったけど、春ちゃんに恋をして、今までよりもっと楽しい。

 未来が楽しみになるなんて、考えたことがなかった。一日一日をやり過ごしたらいつの間にか時間が経っているのではなくて、数年後のことを思うなんて。


 春ちゃんのお友達にも、頑張ってできれば好かれたいと思う。変に思われなければいいと思ってたけど、やっぱりそれ以上によく思われたい。だって、春ちゃんの恋人として、ふさわしいって思われたいから。

 だから突然現れた二人にすっごくびっくりしてしまったけど、頑張ってなんとか挨拶をした。


 そしたら春ちゃんがご褒美って言って、頬にキスをしてくれた。

 頑張ったって、私は私なりに思っていたけど、でもじゃあどれだけのことをしたかって言うと全然だ。ほんとに一言挨拶しただけだ。なのに春ちゃんはそれをわかって、評価してくれる。

 そんな春ちゃんの気持ちが嬉しくて、キスされたことに馬鹿みたいにどきどきしながら、もっと頑張ろうって素直に思えた。

 もちろん、ご褒美がなくたってそのつもりではいたけど、その、うん。春ちゃんのことそう言う意味で好きだし、やっぱりしてもらえるなら嬉しい。


 とはいっても、二人で暮らしているって言っても学校は別だし、そうそう頑張る場面はない。とりあえず今まで通りだろう、と思ってたのだけど、春ちゃんと確実に距離感が近くなっていると思う。

 ご褒美の時もそうそうこんな機会がないと思って思い切っておねだりしてしまったけど、もしかして今後もこんな距離感でいるつもりなのだとしたら、心臓が持たないと言うか、死んでしまうかもしれない。


 なんというか、もう普通に恋人みたいって言うか、……幸せすぎて怖いというか。いいのかなって気になってしまう。

 春ちゃんに無理に恋人になってもらったのに、なんか段々その気になってもらって、私もそんなじゃなかったのに、なんかこう、ちょっと申し訳ないような気もする。


 プールに行って、日焼けした健康的な春ちゃんも可愛らしくて好きなんだけど、どうにも本人が気にしていた。春ちゃんの母親はすごい美白にこだわっている人で、一応面識あるけど全然親しくない私にもちゃんと日焼け止めぬってるの? とか言ってくるような人なので、その影響だろう。

 日焼けしたら不細工、なんてのはさすがに重く受け取りすぎだし、春ちゃんは春ちゃんの好きなように生きていてほしい。


 だってそのままで春ちゃんは魅力的な人なんだから。


 ただ、あの、最近凄い触ってきたりするの、ドキドキしすぎて大変だからもうちょっと控えてほしいのだけど。

 でも同時に幸せな気持ちにもなってしまうから、直接やめてとも言えないんだけど。


 そんな感じで、とっても幸せな時間を過ごしていると、あっという間に夏休みが近づいてきていた。一足早く春ちゃんは夏休みを迎えるし、毎日お休みとなればいつもよりデートできるし、家で一緒に過ごす時間も増える。

 贅沢をいう訳ではないけど、この間のご褒美をまたもらえる機会もふえるかもしれない。とちょっと下心をもちつつ楽しみにしていると、春ちゃんから電話をしたいと言われた。


 いい機会なので春ちゃんにも専用の携帯電話をもってもらうことにした。前からそうした方がいいかなって思ってた。調べものとかまああれだけど、普通にね、連絡手段あった方がいいもんね。

 あの、外にいる時でもいつでも連絡できるって思ったら、それだけで嬉しいし、ちょっと勇気でるからであって、別に本当にいつでも連絡して春ちゃんに迷惑かけるとかないから。大丈夫。


「お、おお……これが、私のスマホ……」


 とちょっとだけ心の中で言い訳しながらなんとか春ちゃんにスマホを購入したところ、春ちゃんは喜んでくれた。万が一の時にもってのも本当だけど、押しつけがましかったらどうしようかと思ってたから、喜んでくれて本当によかった。


『理沙ちゃん、本当にありがとうね。大好き。これからもよろしくね』


 とほっとしていると、春ちゃんは笑顔でそんな文章を送ってくれた。

 言葉で好き、と何度も言ってくれた。だけどいまだになれなくて、その度に動揺してしまう。それが文字になっても、全然威力は変わらなかった。

 それどころか新鮮で、何だか指先がちょっと震えてしまうくらい嬉しくなってしまう。この喜びを春ちゃんにも味わってほしくて、慌てて文章を送り返すと敬語になってしまって笑われてしまった。


 でも、春ちゃんが笑ってくれて嬉しい。


「えへへ。理沙ちゃん、スマホって楽しいね」

「うん……今まではツールとしてしか考えたことなかったけど、春ちゃんとだと、何でも新鮮で楽しい。ありがとう、春ちゃん。教えてくれて」

「大げさだなぁ」


 春ちゃんは何げなくしているんだろう。きっと普通にやってるつもりなんだ。でも私には普通じゃない。私はスマホが必要以上に通知してくるとびっくりするし、嫌だなって思ってしまう。

 でも春ちゃんのは全然嫌じゃなくて、誰かの連絡がこんなに楽しみで、こんなに嬉しいんだ。いつでも連絡できて嬉しいって思ってたけど、それ以上に、いつでも連絡をもらえるんだって思ったら、こんなに嬉しいんだ。


 春ちゃんはすごい。私が一人ではどうやってもわからないことをたくさん教えてくれる。


「ううん。春ちゃんは、私にいろんなことを教えてくれてるよ」


 だからそう素直に言った。気持ちを正直に言ってできるだけ誠実でいることくらいしか、私が春ちゃんにしてあげられることはないから。


 これは当たり前のことだ。人を好きになることも、恋をすることも、そして何より、愛することも春ちゃんが教えてくれた。

 春ちゃんがいなければ、人を愛するなんて一生できなかっただろう。


「理沙ちゃんは、私に……私の価値を、教えてくれてるよ。だから、ありがとう」


 だからその言葉に、私は胸がいたくなった。

 価値を教えてくれた、って。それは、価値がないと思っていたって言うこと? 春ちゃんの価値なんて、そんなの私が言わなくたってたくさんたくさんあるのに。


「春ちゃん……あの、ね。春ちゃんは、春ちゃんはね……たくさんの人に愛されるだけの価値のある人間だよ。私が春ちゃんを愛しているのは、それが当たり前だからで、その……私が、たまたま、最初に伝えただけだよ」


 わかってほしい。春ちゃんは何にもしてなくても、ただそのままそこにいるだけで、人に愛される価値のある人なんだって。

 なのに春ちゃんはびっくりしていて、目が落ちてしまいそうなほど見開いている。そのきょとんとした顔は可愛いけど、悲しくなる。驚くことなんて、何も言っていないのに。


「……私のこと、愛してるの?」

「……うん、愛してるよ。世界で一番、愛してる。私に愛を教えてくれたのは、春ちゃんだよ」


 春ちゃんは泣いてしまった。謝ったら、嬉しいから泣いているんだって言って。嬉しい。嬉しいけど、でもそれだけ、春ちゃんは愛されることに飢えていたんだ。泣くほど求めていたんだ。

 わからなかった。春ちゃんはいつも元気でしっかりしていたから。あの時、一緒に暮らそうって声をかけただけで、十分なんだと思ってた。離婚するまではちゃんと家族として普通に過ごしていたんだって思い込んでた。


 だけど違ったんだ。あの時だけじゃなかったんだ。春ちゃんはずっと、誰かを求めてたんだ。愛してるって言っただけで、こんなに泣いてしまうなんて。

 そうと知っていたなら、もっと早くに言っていたのに。だって、この恋は最近でも、愛しているのは最初からだったんだから。


 飛び込んできた春ちゃんを胸に抱きしめる。小さくて、可愛くて、震えていて、愛おしくてたまらない。春ちゃんが一生泣かなくていいようにしてあげたい。私でいいなら、ずっと傍にいてあげる。

 私の存在で少しでも春ちゃんを慰められたなら、嬉しい。だけど同時に罪悪感が浮かび上がる。こんなにも愛に飢えていた春ちゃんに、恋人になってなんて、やっぱり言うべきじゃなかったんじゃないかな。

 今だけだからと焦ってしまったけど、せめてこうして、ちゃんと春ちゃんの価値をわかってもらってから、落ち着いてからの方がよかったんじゃ。

 そんな風にも、思ってしまう。私は自分が大人と思ったことがないし、子供って言っても、赤ん坊じゃないんだから自分で考えて話してる時点で自我はあるし、体や知識以上に差なんてないと思ってた。


 でもそうじゃないんじゃないか。春ちゃんはまだ子供で、恋人なんてまだまだ早くて、守ってあげなくちゃいけなかったんじゃないのか。

 そんな風に思ってしまうけど、でも、春ちゃんへ感じる愛おしさと共に、恋心もまた消えていないのが自分でわかる。


「理沙ちゃん……っ」

「うん」

「私も……愛してるっ」

「っ……うん。嬉しい」


 泣きながら言われた言葉一つで、信じられないくらい嬉しい。苦しいくらいで、私も泣きそうだ。


 恋人になったのは、恋をしたのは、正しくないのかもしれない。でも、でも仕方ない。だって、こんなに愛していたんだから。どうしたって、いつか恋に落ちて、告白せずにはいられなかった。

 そしていま、春ちゃんもこたえてくれてる。他の愛を知らないからの勘違いなのだとしても、応えてくれてる。好きだっていってくれてる。

 ならそれが全部だ。いつか、もっと大きな愛や恋を知ってしまうとして、今は私なんだから。


 ごめんね、春ちゃん。でも、いつか春ちゃんが私を好きじゃなくなったなら、素直に私は別れるから。

 それまでは私を傍にいさせてね。私を一番だと思ってくれている限り、私ができる限り頑張って、春ちゃんを幸せにするから。


 私は心に誓いながら、春ちゃんが泣き止むまでずっと抱きしめた。

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