幸せ
アドバイス?
理沙ちゃんと愛してるって言葉にして言いあった。その瞬間は思い出すだけで心がふんわりして、ちょっと泣きそうなくらい幸せになってしまう。
一緒にいて、触れ合わなくったって、目が合えばどっちからでもなくえへへって笑いあって、それだけで心が満たされた。
そんなふわふわした気持ちでいると、あっという間に8月になってしまった。
もう明日から理沙ちゃんも夏休みだなんて。何だかびっくりしてしまう。理沙ちゃんを見つめると、それだけで時間が過ぎてしまう。
「で? まだ何にもしてないの?」
「な、何にもとか言わないでよ」
「愛してるって言ってもらえて嬉しかったのはわかったし、素敵だと思うな。でも、むしろ前よりイチャイチャしてないんだよね?」
「うぅ……」
今日はうちの家に二人が遊びに来ている。理沙ちゃんが、友達と毎日外で会うの大変だろうし、うちも呼んでもいいからね? と言ってくれたのでそうしたのだけど、逃げ場がない感じがするし、なんかちょっと恥ずかしいな。
「ほんとに進展する気あるの?」
「う、うーん。でもまあ、ほら、今のままでも幸せだし」
「何言ってるの、春ちゃん。人はね、常にもっと上を目指すべきなんだよ。そんなんじゃ、あっという間にマンネリだよ」
詩織ちゃんはしたり顔でそんな意識の高そうなことを言う。常に上って。普段の成績とかそんな素振り見せたことないよね。
ちょっと熱量についていけなくて引いてしまう私とは対照的に、美香ちゃん詩織ちゃんに向かって身を乗り出しつつ首をかしげた。
「まんねりって……どういう意味だっけ? 飽きるってこと?」
「大体そんな感じ。だからね、ずっと恋人気分を維持するためには、日々の努力が必要なのよ。ってお母さんが言ってた」
「詩織ちゃんのとこ、親めっちゃ仲いいよね」
「美香ちゃんのとこ、悪いの?」
「悪くはないよ。単身赴任で、月一でお母さんが会いに行くから、私全然あってないけど、逆にいいんじゃない?」
ふむ。二人のところの家庭環境は悪くないらしい。前なら複雑になったりしたかもしれないけど、なんか、何とも思わないな。やっぱり人間、愛されてる自覚って必要なんだなぁ。ってちょっと人ごとみたいに思ってみたり。……ふふふ。愛されてるからなぁ、私。
「でも、マンネリを防ぐためって言っても、具体的に何をすればいいって思う?」
「今ほっぺにちゅってしただけなんでしょ? だったら、キスしかないでしょ! キース! キース!」
「きゃっ、春ちゃんだいたーん」
「ちょ、ちょっと二人とも。キスとか、そんな簡単にできるわけないでしょ」
美香ちゃんがにっと拳を握って力説し、何故か詩織ちゃんは頬に手を当ててからかってくる。もう一回ほっぺにって、自分から提案するだけでもめっちゃ体が熱くなっちゃって難しいって言うのに、そんな簡単にできるわけない。
なのに二人は否定する私に不満そうに頬を膨らませた。
「簡単だなんて言ってないでしょ。ほっぺの次は口でしょ。普通に順番的に」
「そうだね。逆に他にある?」
「えぇ……て、手とかは?」
キスする場所は確かに限られてる。他には私も思いつかなくて、なんとか苦し紛れに提案する。
「えー。めっちゃひよるじゃん」
「でもおしゃれじゃない? 私ありだと思うなぁ。こう、膝まづいてもらって、手を取ってちゅってしてもらうの。素敵じゃない?」
「うーん、悪くはないけど、進展とは言えないような」
両極端な反応だけど、今のところ悪くない反応だ。ここはこれで突き通すしかない!
「ほっぺはほら、逆に家族でもありっちゃありな感じじゃない? でもほら、手とか、逆に恋人しかしないじゃん」
「なるほど……いちみあるわね!」
「一理あるね。でもまあ、私もいいと思うよぉ。少なくとも、キスすることのハードルは下がるわけだし」
「う、うん」
美香ちゃんは訳知り顔で腕を組んで頷いてくれたけど、詩織ちゃんは何やら含みありそうな感じだ。とりあえず二人ともそれでってことにはなったのはいいけど。
「じゃあ決まりね。春ちゃんはまず、今のもじもじした状態から、手にキスしてスキンシップが取れる様にがんばろー」
「はいはい……」
「いけそうならキスもね!」
「……検討します」
まあ色々言ってるけど、別に二人の言い分に耳を貸さなきゃいけないってわけじゃない。無理だから。私は私のペースで絶対行くの! と言い張れば二人とも文句を言いつつ軽く諦めるだろう。どうせ遊び半分な気持ちなのだ。
ただ……なんだかんだ言って、背中押してもらえてるのは否めない。だって、二人に言われたから仕方ないし。と言い訳して、自分から一歩踏み出そうって気にはなってるし。
そんな会話をしていると、理沙ちゃんが帰ってきた。二人は理沙ちゃんが緊張しながらした挨拶に軽く返して足早ににやにやしながら帰っていった。
「ごめんね、何か、邪魔だったよね。来ているのがのわかってたんだし、その、もっと遅く帰ればよかったね」
「全然いいよ。気にしないで。いつでも連絡取れるし、お盆明けにまた会う予定だしね」
と答えながら気が付く。あ、お盆までに手にキスしとかなきゃいけないのか!お盆時期そのものは、理沙ちゃんの実家に行く予定になってるし。片道一時間ほどだから日帰りは十分可能だけど、折角だしお泊りの予定になっている。
そ、そう考えると、こう、あんまり時間ないかも? 明後日には向こうに行くんだし。帰ってからも数日だし。
「ならいいけど……春ちゃん? どうかした?」
「う、ううん。なんにもないよ。その……ちょっと二人にからかわれたから、照れくさいだけ」
「そ、そう……友達と仲いいみたいで、よかったよ」
そう優しげな微笑を向けられて、何だか体が熱くなってしまう。
愛されているという実感は、私を単純に喜ばす以上に、恋心を際立たせた。愛と明らかに別の感情として、恋があるのだとわかってしまった。ただの抱擁が愛を感じてとっても幸せなあけじゃなくて、恋心でどきどきにもなってしまう。
それがどうにも落ち着かない感じで、やっぱりすぐは無理だ。
私はひとまず、いつもよりは早いけど晩御飯を作って誤魔化すことにした。
折角なのでちょっと手間のかかる揚げ物。トンカツとオニオンリング。衣をつけるのがどうしても時間がかかる。特にオニオン。一個ずつつけるとか、やってる最中は夢中でちょっと楽しいまであるけど、終わって手を洗って時計を見たら時間溶けててびびった。
「春ちゃん、時間かかってるみたいだけど、大丈夫? 急かしてるとかじゃなくて、全然、ゆっくりでいいんだけど、大変なら手伝うよ?」
「あー、大丈夫大丈夫。あっと揚げるだけだし。危ないから座ってて」
「う、うん……」
なんてやり取りもありつつ、揚げ鍋がそんなに大きいわけでもないのでこれもそこそこ時間かかってしまった。トンカツは色々つかえるから明日の分もで4枚、玉ねぎは好きだから二玉にしたんだけど、大き目のやつだったし一つずつなのですごいいっぱいになってしまった。
揚げ物トレイじゃ間に合わなくて、大皿にもキッチンペーパーをひいて場所を作らなきゃ間に合わなかった。
でもこう、どう見ても一人で食べきれないたくさんのご飯があると、なんか、達成感というか、家族感があってなんとなく嬉しい。どんなにたくさん作っても、二人で食べれば美味しくてすぐなくなるんだ。
「わ、オニオンリング? これって家でつくれるんだ」
「えー、つくれるよ。好き?」
「え? ……す、好きだよ」
んん? あの、今のはオニオンリングが好きかであって、その、そんな真顔で照れながら言わせたかったわけじゃ何だけど。その。
「わ、私も好きだよ。オニオンリング。いっぱいつくったから、遠慮せず食べてね」
「あ、う……うん」
私の言い方に遅れて気が付いたようで、理沙ちゃんは恥ずかしそうに頭をかきながら、私の分もお茶を注いでくれた。
まあ、のってあげてもよかったけどさ。その、ご飯前だし、ね?
ちょっともじもじしつつ夕食を食べだす。クーラーをガンガンにきかせているとはいえ、台所まではなかなかだ。扇風機で風を送っても、揚げ油の前に立っているとさすがに結構な汗をかいた。
まだその火照りが冷めないうちに食卓に並べ、好きなソースをかけてアツアツのままかじりつく。さくさくで美味しくて、食べている内にさらに汗が出てくる。
「……」
ちらっと見ると理沙ちゃんも最初の照れはさすがに消えて美味しそうに食べてくれてる。基本的に理沙ちゃんは揚げ物が好きなんだよね。
ちょっと背中を丸めて美味しそうに食べているその姿を見ていると、胸の奥がほっこりというか、あったかくて嬉しくなる。
私の料理を喜んで食べてもらえるのは、何度見ても毎日見ていても嬉しい。最近は嫌いな食べ物もだいぶなくなったし、メニューを考えるのに工夫しなくてよくなったし、純粋に料理が楽しい。幸せだなぁ。
ずっと、こんな幸せを手放したくない。理沙ちゃんの勘違いを、ずっと終わらせてほしくない。ずっと、私に恋をしていてほしい。私だけを見て、誰より私の傍にいて、私のことだけ考えて、私に夢中でいてほしい。
そう考えてから、恥ずかしくなる。だってそれって、私が理沙ちゃんにそれだけ夢中だってことだ。わかってるけど。私の世界の中で一番大事な人が理沙ちゃんだって、そんなの一緒に暮らそうって誘ってくれた時からそうだけど。
でも、なんでこう恋愛だと恥ずかしくなっちゃうんだろ。……恥ずかしいことも、したくなっちゃうから、かなぁ。うう。だって……ああは言ったし、実際無理だけど。キスだって、いつかしたいもんねぇ……。
「春ちゃん? 顔赤いよ? 大丈夫? 疲れてない?」
「え、だ、大丈夫大丈夫。揚げ物が多かったからちょっと火照ったのが残ってるだけ」
「そう? ならいいけど……あの、洗いものは私がするね」
「ん。じゃあ、お願いね」
「うん」
洗い物なんて面倒なはずなのに、理沙ちゃんは私の手伝いをする時だけは嬉しそうにする。そう言うところが、前から知ってるしわかってるのに、見るたびに、好きっ。ってなる。あー、好き。
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