スマホ
「お、おお……これが、私のスマホ……」
お店で購入して早速帰ってきて、理沙ちゃんが設定とかしてくれたのを受け取ると、思わずそんなことを呟いてしまった。
理沙ちゃんのを借りたことは何回かあったし、タブレットも全然スマホと似たようなものだと思う。画面とかほぼ同じだし。
でも、これが私だけの物なんだって思うと、何だろう。また違った思いだ。嬉しい。あ、そうだ。壁紙とか、音とか変えよう。私だけってわかるように。あとカバーがシンプルな透明のやつだし、なんかこう、したいな。あ、シールとか間に挟んでも可愛いかも!
設定も全部やったし、理沙ちゃんとの連絡先の交換も終わった。
「んふふ」
「……喜んでくれて、よかった。その、ちょっと嫌がってると言うか、押しつけがましかった、かなって、ちょっと思ってたから」
「そんなことないよ。そりゃあ、高いし、申し訳ないってのはあったけど、自分だけのケータイが欲しくない小学生なんていないよ」
ついにやけてしまう私に、理沙ちゃんはほっとしたように微笑んでくれている。確かにこの間は拒否したけど、いざもらえるなら嬉しいに決まってる。理沙ちゃんたら心配性なんだから。
「よかった。その……い、いつでも連絡してくれていいからね。困った時とか、そうじゃなくても」
「ん? うん。わかった」
と、何だかはにかみながら言われたので頷いたものの、そんな連絡することあるかな? 買う前に理沙ちゃんが言ったように、一緒にお出かけしてはぐれたとか、まあ雨の日に傘持ってきてとか? 連絡する機会がないとはいわないけど。でも小学校には持って行かないから、そんなにはないと思うけど。
あ、もしかして理沙ちゃん、友達少ないから、私と連絡できるってのもちょっと楽しみに思ってるとか? 連絡相手が一人しかいないって寂しいのかも。よし。
私は理沙ちゃんにすすめられていれた、連絡アプリを起動する。
そして早速連絡する。
『理沙ちゃん、本当にありがとうね。大好き。これからもよろしくね』
……送ってから、なんか、文字で大好きっていうの、ちょっと恥ずかしい感じがする。だってこう、残るって言うか。
ちらっと理沙ちゃんを見る。すぐに机の上に置いてある理沙ちゃんのスマホが反応して、理沙ちゃんは何げなく手に取った。
「あ……」
そしてちらっと私を見てから、笑って何も言わずに操作し始める。私の方にすぐに返事が来た。
『私も春ちゃんが大好きです。こちらこそ、よろしくお願いします』
「ふふっ。ごめ、なんで敬語なの?」
それを見て思わず笑っちゃった。顔をあげた不思議そうな理沙ちゃんに片手をちょっとあげながら謝罪しつつ尋ねる。理沙ちゃんはわずかに恥ずかしそうに身をよじる。
「そ、その、なんか緊張しちゃって」
「ふふ」
『理沙ちゃんは可愛いね。そう言うところも好き』
可愛い理沙ちゃんに、私は調子に乗ってさらにスマホの方に文字を送る。そしてやっぱり、文字にすると恥ずかしい。何か私、ちょっと偉そうな気もする。
「あ、う」
『ありがとう。私は春ちゃんの可愛いところも、優しいところも、全部好き』
理沙ちゃんはもじもじしてちょっと唸ってから、スマホ上では余裕な返事をかえしてきた。これ、目の前でやり取りしてなかったら全然印象変わっちゃうな。
当たり前だけど理沙ちゃん文章だとどもったり迷ったりしないし。なんか楽しい。
「えへへ。理沙ちゃん、スマホって楽しいね」
「うん……今まではツールとしてしか考えたことなかったけど、春ちゃんとだと、何でも新鮮で楽しい。ありがとう、春ちゃん。教えてくれて」
「大げさだなぁ」
「ううん。春ちゃんは、私にいろんなことを教えてくれてるよ」
理沙ちゃんは大人で、私よりずっと物知りだ。家事に関してくらいならともかく、日常的にふとした時に理沙ちゃんの物知りさは実感させられる。まして私が特別何かを教えてあげたことなんて全然記憶にない。
実際に、普通に考えるような教えてあげるなんてことはなかったはずだ。なのに理沙ちゃんは、大真面目に、なんだか微笑んでそんなことを言ってくれる。
本当に……そんなのは、私のセリフだ。私の方が、色んなことを教えてもらってる。お勉強的なことだけじゃなくて、私が、ここにいていいんだって。人を好きになって人に好きになってもらえるって、こんなに幸せなことなんだって。
「じゃあ……お互いさまだね。私も理沙ちゃんにたくさん教えてもらってるから」
「……うん。ふひひ、う、うんと。えへへへへへへへ。くふふ。ふふふ。あ、あのね、へへ、私、春ちゃんにそう思ってもらえてたの、すごく嬉しいよ」
理沙ちゃんは感極まったみたいにそう長く笑い声をあげてから、それを堪えるようにして気持ちを伝えてくれた。我慢せず先に笑ってもいいのに。不器用なんだから。
「あの、ところで、どういうことをそう思ったのかな? やっぱり、勉強とか? 私、勉強だけは得意だし、これからもいっぱい、いつでも教えるからね」
「ふふっ。違うよ。まあ、それもそうなんだけど……理沙ちゃんは、私に……私の価値を、教えてくれてるよ。だから、ありがとう」
平たく言えば、そう言うことだ。私は人に好かれるような人間だと思ってなかった。だけど理沙ちゃんは私を好きで、可愛いって、たくさん褒めてくれる。
いつも理沙ちゃんは一生懸命で、それが全部本音だって信じられるから。私は自信を持って生きていいんだ。たった一人でも、今のこのままの私を好きだと言ってくれる人がいるんだから。
笑顔でお礼を言えた私に、理沙ちゃんは一瞬はっとして、ぐっと私に上体をよせて私の手を握った。スマホを持ったままの私の両手を包み込むようにして、今にも私と頭突きをしそうになってる。
その真剣な熱のある様子に、私は思わず身を引きそうになってしまう。理沙ちゃんはさっきまでの柔らかさではなく、真顔になっている。
「春ちゃん……あの、ね。春ちゃんは、春ちゃんはね……たくさんの人に愛されるだけの価値のある人間だよ。私が春ちゃんを愛しているのは、それが当たり前だからで、その……私が、たまたま、最初に伝えただけだよ」
「……私のこと、愛してるの?」
大真面目に価値のある人間と言われた。だけどそれ以上に、愛してると言われた。当たり前に愛してるって。
その言葉が、耳なじみがなくてなんだか映画の中みたいな音が、まだ私の中にしみ込んでこなくて、私は馬鹿みたいに聞き返した。
理沙ちゃんを、愛おしいって、愛ってこんな感じの感情なんだろうなって思ったことがある。胸が温かくって、とってもとっても大好きでたまらないって。感じたことがある。
「……うん、愛してるよ。世界で一番、愛してる。私に愛を教えてくれたのは、春ちゃんだよ」
ああ、でも、言われたら、こんな気持ちなんだ。私が苦しいほど感じたあの熱量のある思いを、理沙ちゃんが私に向けてくれているんだ。
一方的にじゃなくて、同じように。私を愛してくれてるんだ。
理沙ちゃんはちょっと怒ってるのかなってくらい真剣な顔で、赤くなってて、私の手を握ってる手は痛いくらい力が入ってて、ちょっと震えてて、大人の余裕なんて全然ない。
理沙ちゃんは百パーセントいっぱいいっぱいで、全力だ。全力で、私を愛してくれてるんだ。
それを肌で感じて、私はどうしようもなく嬉しくて、涙があふれた。
「あ、あ……ご、ごめんね、変なこと言って。私が愛してるなんて、似合わないよね。気持ち悪かった? ごめんね」
「ば、馬鹿っ。謝らないで……私、嬉しくて、どうしようもないのにっ」
嬉し泣きなんて、物語の中だけだと思ってた。涙って辛かったり悲しかったり、どうしようもないのに何故か胸が空っぽになったような時に流れるものだと思ってた。
だけど、胸がいっぱいになった時も、こんなに涙がでるんだ。
「り、理沙ちゃんっ」
私はもう心が震えてしかたなくて、その衝動のまま理沙ちゃんに向かって体を傾けた。理沙ちゃんは右手は私の手を握ったままで、左手を私の肩にそえて胸でだきとめてくれた。
それを、疑うことなんてしなかった。絶対に受け止めてくれるって信じれたから、何にも心配せず体を預けられた。
「……」
涙が止まらない私に、理沙ちゃんは左手を私の腰に回してぎゅっと私を抱き寄せて、軽くぽんぽんと腰を叩いて慰めてくれた。
その温かさに、柔らかくて、いい匂いがして、どうしようもなく落ち着く理沙ちゃんの全部に包まれてる状況に、私はスマホをソファの上に滑り落としてぎゅっと抱き着いた。
「理沙ちゃん……っ」
「うん」
「私も……愛してるっ」
「っ……うん。嬉しい」
思いを伝えて喜んでもらえる。愛してるって言って、嫌がられない。それを疑わなくていい。不安にならなくていい。これが、愛されるってことなんだ。
なんだろう。今、何でもできそうな気がする。私、無敵になってしまったみたいな気分だ。
それからしばらく泣き止むまで、理沙ちゃんとぎゅっと抱き合っていた。と言っても、半分理沙ちゃんの胸に顔をうずめるような形だけど。
その柔らかさが凄く安心したけど、涙がとまって、とくとくと理沙ちゃんの心臓の音を聞いていると、何だかちょっとドキドキしてきてしまいそうだったからそっと腕の力をゆるめた。
理沙ちゃんも合わせて力を抜いて、そっと上体を起こして目を合わせた。私はめちゃくちゃに泣いちゃって、きっとすっごく不細工になってるだろう。
だけど理沙ちゃんは、愛しい人を見る優しい目をしていて、私のこと大好きなのをちっとも疑う隙が無い。
「なんか……すごい、急な感じになっちゃったね。でも、本音だから」
「うん。確かにね。でも、わかってる。伝わってるよ」
「ん……春ちゃんはね、凄い子なんだよ。初めて会った時から特別で、愛さずにはいられない子なんだよ。特別で、素晴らしい人間なんだよ」
「……うん」
大げさすぎる言い方だ。でも、理沙ちゃんは本気で言ってくれてる。
私は、そんな理沙ちゃんだから、信じられるんだ。愛してしまうんだ。この思いを、この瞬間を、私はきっと、一生忘れない。初めて愛を伝えあったこの瞬間を、奇跡のような幸福が訪れた瞬間を、もう一度ぎゅっと抱擁して、私は胸に刻み込んだ。
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