カミングアウト

 理沙ちゃんは赤くなるタイプだったらしいけど、それも数日たったら収まって、また前と同じ白い肌だ。一方私は、何故かさらにはっきり黒みがましている。遺伝にしてもひどくない?

 気にしないとは言っても、ずっと焼けないようにしていただけに、やっぱりあんまり黒いと鏡を見るだけでもちょっと違和感だ。

 理沙ちゃんはそれでも、気にすることない程度。夏はそのくらい普通、なんていうけど。本人が焼けてないだけに理不尽な気がする。


 日焼け止めぬってたって言ってたし、普通っちゃそうなんだけど。


「ねー、理沙ちゃーん」

「な、なに?」

「週末はどうする? 先週いっぱい遊んだし、もう夏休みだからとりあえず今週末はのんびりしてもいいけど」

「あー、それはまあ、好きにしてくれていいけど……あの、最近、その……近くない?」

「え? 別に近さはいつもどおりじゃない?」


 お風呂も終わった後、いつも通りソファに二人並んでテレビを見ながらだらだらしている。距離は別に、前からすぐ手を繋げるような距離だったし、そんな変わらない。

 でもなんだか理沙ちゃんはもじもじちらちらと私から声をかける前から私を見ている。


「えぇ、いや……あの、なんでさっきから、撫でてるの?」


 私はさっきから手を伸ばして、理沙ちゃんの腕を撫でていた。何となくこの間理沙ちゃんを触りたいなって思ってから、隙を見て触るようにしてみたのだけど、手触りもいいし、クーラーにあたってひんやりもちっとしてて気持ちいいので、ついつい触ってしまうのだ。

 でもそんなに不思議に思うことかな? だってこの間は暇さえあれば手を繋いだりしてたんだし、それと別に同じことでは?


「なんか手触りいいから。それに、なんとなく理沙ちゃんを触りたいんだもん」

「え、あー……あ、あんまりそうされると、落ち着かないんだけど」

「なんで? 別に変なとこ触ってるわけでもないし、優しく撫でてるだけでしょ?」


 ただの腕だ。二の腕を無理に触るわけでもなく手首の下あたりを自然に手首のスナップで撫でてるだけだ。まあたまに手ごと動かして肘まで触ってるけど。かすかな産毛の感触がまた、気持ちいい。


「うぅ。変なところ、ではないけど……撫でるようなところでもないし。その、優しすぎてちょっとくすぐったいって言うか」

「えー……うーん、でもなんか、理沙ちゃんとくっつきたい気分なんだもん。駄目?」


 ただ隣にいるのもいいけど、もうちょっと近くにいたい気分なのだ。手を繋ぐのもいいけど、そうすると私だけじゃなくて理沙ちゃんの手も動かせなくなるし、位置関係上理沙ちゃんの右手だからスマホも操作しにくいだろうし、あ、でも両利きなんだっけ?

 いっつも普通に右ばっかり使ってるから意識するの忘れてた。


「だ、駄目ってわけじゃないけど……その、気になるし」

「うーん……あ、じゃあさ、膝枕してもらっちゃ駄目かな?」

「え……話の流れ、おかしくない?」

「そうかなぁ」


 理沙ちゃんの近くにいたい私と、さわさわされると落ち着かない理沙ちゃんの意見の間をとって、膝枕なら撫でないでじっとしてるし、いい案だと思ったんだけど。

 うーん、とちょっと顎に手を当てて考えていると、理沙ちゃんはなんだか急に慌てたようにわたわたし始める。


「あ、あの、駄目ってことじゃあ、その、もちろん、ないんだよ? だって、その……ちょ、ちょっと、恥ずかしいだけで」

「ん? なんで恥ずかしいの?」

「あー……うーん……、な、なんでもない」


 めっちゃ誤魔化してるな。考えたら、よくこれで嘘つかないとか言えたよね。そういうところ、ほんといい加減なんだよね。まあ、そう言う行き当たりばったりと言うか、雑なとこも可愛いけどね。


「じゃあ何でもないならしてよ」

「う、うん……どうぞ」


 膝枕してもらった。わーい。お風呂に入ってパジャマなので、この間より理沙ちゃんの体温を感じる。匂いも理沙ちゃんっぽさましましで、何だかほっとする。石鹸の匂いがするかと思ったら、そうでもない。汗とかじゃなくて、理沙ちゃんの匂い。


「理沙ちゃんっていい匂いするよね」

「え、そ、そう?」

「うん。理沙ちゃんの匂い、好きだな」

「あ、ああ……ありがとう。その、は、春ちゃんの匂いも、私好きだよ」

「ほんと? えへへ。なんかちょっと、恥ずかしいね。匂いが好きとか。嬉しいけど」

「うん……」


 太ももの間にちょうど鼻をおしつけてると、理沙ちゃんはそっと私の頭に手を乗せた。いまだぎこちない手付きで撫でられる。


「ん……理沙ちゃーん、ふふふ。好き」

「ん、うん……私も、好き」

「えへへ」


 何気なく、好きって言って、当たり前みたいに好きって帰ってくるの、すごく嬉しい。

 そんな感じで理沙ちゃんと仲良く過ごした。









「へー、そんな感じで毎日いちゃいちゃしてるんだ」

「い、いちゃいちゃって。そんなんじゃないけど」

「ふふふ。楽しそうだねぇ。私も恋人ほしいなぁ」


 顔も見られてしまったのもあって、二人にはこうして時々話をすることになってしまった。さり気ないと言うか、さらっと聞かれるから、なんか言っちゃうんだよね。

 ほんとは私も言いたいと思ってるのかな。うぅ。言ってから恥ずかしくなっちゃうんだよね。


「てか普通に週末泊りに行ってるの?」

「あ、う、うん。まあそう」

「ふーん。じゃあご両親公認なんだ。前から結構、放任主義っぽかったもんね」

「私のとこだと、お父さんとか過保護だから絶対言えないと思う」

「あー……」


 今更、両親のことを黙っているのが申し訳なってきた。友達だけど家のことなんて関係ないし、言っても変に心配とか同情されて、学校での友達付き合いをやりにくくなるだけで、言ってもめんどくさいことしかないと思ってた。

 でも……理沙ちゃんとの関係や日々のことを知られている以上、両親のことの方を黙ってる方が今更って感じだ。それに両親に愛されないような子なんだと思われたくないって気持ちもあったけど、今はそれもそんなに気にならなくなった。両親には愛されなくても、私には理沙ちゃんがいるんだし。


「あのさ……ちょっと、後で言いたいことあるんだけど」


 と言う訳で、二人には両親の離婚のことを言うことにした。

 放課後、人気のない場所で打ち明けた。言う段階になって、黙ってたとかちょっと言われるかなって思ったけど、二人ともそれは気にしなかった。

 実は春に両親が離婚したと伝えても、そうなんだ。全然わからなかった。大変だったねー。お疲れ。と言う感じでびっくり感すらなく軽く労わってくれた。まあ、面識あるって言っても一瞬くらいだもんね。

 でも私が理沙ちゃんと暮らしていると言うと、二人のテンションは一気に高くなった。


「えー! まじ!? 同棲じゃん!」

「そ、そんなことになってたなんて。もー、早く教えてよぉ」 


 う、うん。まあ、私でもそうなるだろうけど。自分が言われる側だとちょっと複雑だなぁ。

 それからは根掘り葉掘り聞かれた。離婚だけだと、どっちと住んでるのすら聞かれなかったのに。まあまだ話続けようとしてたのわかったからかもだけど。


 結果的にほぼ全部話をさせられてしまった。私から頬にキスしたこととか。


「じゃあさ、この夏休みで進展しちゃうんじゃない? ていうか、もっと早く言ってくれたら、作戦たてるの手伝ったのに!」

「今からでも遅くないよ、美香ちゃん。むしろ毎日お休みなんだから、いつでも作戦会議できるでしょ。いつする? 明日の終業式はちょっと予定あるから、できれば月曜日からがいいんだけど」

「そう言えばそうね。じゃあ月曜日でよくない? 春ちゃんは何か予定ある? あ、理沙さんも夏休みなら、もしかしてデートの予定たってる?」

「あ、ううん。大学は夏休み、八月の二週目体って言ってたはず」

「じゃあ時間はたっぷりあるね」


 なんだかものすごい勢いで、勝手に理沙ちゃんとのことを作戦会議することになっている。でも断りにくいし、確かに今のままで、昨日みたいに膝枕してのんびりするだけでも幸せだけど、いつまでもそのままじゃいられないし。

 うん。確かに。頬にキスするのも、この間いっぱいしたのが恥ずかしくて翌日ちょっと距離置いたら、もう一回って雰囲気にしにくくてあれからしてないし。

 口にキスとかは、まだちょっと早い気もするけど、もうちょっとくらい仲良くなれたらね、いいかなっとはね、思うよね。


 と言う感じに思ってたのに、週明けで会うと二人ともデートがなかったからいつも通りでちょっといちゃついただけだったので注意され、夏休み中にキスを目指すみたいになってしまった。


 あ、あくまで努力目標っていうか、できたらであって、その、ぜ、絶対じゃないからね!


 あと作戦って言っても、二人ともちょっと夢見すぎな気がする。理沙ちゃんはそんな一筋縄ではいかないし。まあ、参考にはするけど。


「……あの、春ちゃん。その……どうかした?」

「……」


 キスの前に、頬にキスをするのをもっと簡単にできるようにしてハードルをさげるべし。と言われたけど、そんな簡単にできたら苦労はしない。

 夜にテレビ見る時横並びならいつでも隙を見てできるでしょ、とか、簡単に言ってくれる。

 案の定と言うか、ちょっと緊張して凝視してしまって。すごい不審そうな目で見られてしまったし。


「なんでもない」


 そもそもご褒美って名目で下たのに、急にしたら私がしたいだけってバレるし。あと、次はまた明日会うことになったけど、でも考えたら前と違って家の電話がないから、遅かれ早かれ親が離婚して私が実家に住んでないことはばれちゃってたんだよね。そう思うと、夏休み前に行ったのはちょうどよかったかも。


「あ、理沙ちゃん。私、友達と連絡とるのに電話つかいたいんだけど、このタブレットって電話できるの?」

「ん、あー……言ってた携帯電話、買おうか」

「えぇ、いや、そこまでしなくていいんだけど」


 そこまでしなくてもいい。ただ、夏休みとかだと普通に去年とか家の電話で連絡とってたし。普通にちょっと連絡がつけばいいだけなんだけど。


「でもそれ、電話番号ないやつだし、あー、スカイプとかはできるね。相手の子がスマホとかパソコンあるなら、それでも通話できるけど」

「えー、どうだろ」


 詩織ちゃんは自分用のケータイ持ってたけど、美香ちゃんはどうだったかな。親のスマホを使ってるのを見たことあるような。

 あ、私も連絡とる時だけ理沙ちゃんのを借りたら……うーん、でも理沙ちゃんのスマホを貸してっていうのはちょっと図々しい気はする。スマホって個人情報いっぱいなわけだし。


「携帯電話、あった方が楽だと思うよ……例えば、はぐれたりした時も、安心だし」

「うーん……うー……」

「持ってもらった方が、安心する面もあるよ。ほら、出先で雨が降ったとか、迷子とかなっても、迎えに行けるし」

「……」


 迷子って。小さい子じゃないんだから。とは思うけど、でも、そこまで言うなら、頑なに持たないって言うのも違うかも。これからも理沙ちゃんとお出かけするなら、はぐれたりすることもないとは言い切れないもんね。


「わかった。じゃあ、お願いしてもいい?」

「ん! わかった。週末まで待ってもらうけど、買いに行こうね」


 理沙ちゃんはちょっと嬉しそうにしながら頷いてくれた。そこで理沙ちゃんが喜ぶんだ。あー、うん。まあ、いっか。

 こうして何の進展もないけど、とりあえずスマホは買ってもらうことになった。

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