プール
ウォータースライダーは見てるだけでわくわくしていたけど、実際に上に順番が来ると心臓がわくわくを通り越してバクバクしてきた。思ってた以上に高い! 風もあるし、結構急に見える。あと5人滑ったら私の番だ。
「り、理沙ちゃんって、これしたことあるの?」
「え? うん。あるけど。恐い? 後ろ側の方が恐くないみたいだし、後ろにする?」
言われてから気が付いたけど、そう言えばさっきから一人の人もいれば、二人の人もいるね。全然気づかなかった。
「そっか。2人で一緒にいけるんだよね。うーん……じゃあ、前で」
私は腕を組んでよく考えてから、そう結論を出した。
後ろだと全然見えなさそうだし。それに理沙ちゃんでもできたんだから、きっとそんな大したことないはず!
私は勇気をふりしぼり促されるまま円形のコースの入り口にセットされた浮き輪の上に座る。先に理沙ちゃんが座り、その体にもたれるように上から座る形だ。太もも半分くらいの量で冷たい水が流れていく。このまま流されるのか。
「危ないですので、後ろの人が前の人の腰に手を回して、前の人は両サイドの取っ手から手を離さないようにお願いします」
注意をしっかり聞いて、頷いてから言われたとおりに私は取っ手をつかむ。理沙ちゃんがおずおずと私の腰に手を回して、ぎゅっと抱き着いた。
あ、これ頭におっぱいあたってる。と思った瞬間、出発した。気をとられてスタートの合図聞いてなかった。
だけどすぐにおっぱいのことは忘れた。すごいスピードでカラフルなホースの壁が流れ、水しぶきが顔にかかりながら滑っていくのを全身で感じる。
「あーーー!」
楽しくって思わず声をだしてすぐ、パッと視界が広くなる。狭かったホースの中から飛び出すように空が見えて、まるで世界に飛び出すみたいな開放感、そして遅れて近づいてくる水面。
ぶつかる! と思った瞬間に水面にもう飛び込んでいて、広がった世界がまた閉じ込められたみたいに深く沈んでいく。ゴーグルをつけ忘れていたことに今更気が付きながら上を見ると、一瞬かすれた視界がすぐに晴れて、光が差し込み、水面がキラキラ光るのがすごく綺麗だ。
理沙ちゃんがすぐに水面にあがり、体だけが見えているのが面白くって、ちょっとだけそれをぼんやりみる。水の力でふわふわと理沙ちゃんの水着の裾がゆれているのが、何とも言えない幻想的な感じがして、竜宮城の中もこんな風に服が揺れるんだろうなって何となく思った。
じゃぼん! という鈍い音がして、理沙ちゃんが水に入ってくる。膝をまげてしりもちをついたような姿勢でこっちをみた理沙ちゃんが私に手を伸ばしてくる。
「--」
ぐっと、その手を掴んだ。力強く引っ張られて、私はまた解放される。
「ぷはぁっ」
「は、春ちゃん。はあ、すぐに、でてよ。溺れたのかとびっくりするでしょ」
「はー、慌てなくても、だんだん浮き上がってたよ」
水中はずっと居たいくらい綺麗だけど、体は浮き上がるし空気も必要だし、そんな本気で潜ってる気はなかったんだけど。すぐに上がらないだけでびっくりさせてしまうとは。
「次の人もいるから」
「あ、そっか。ごめんごめん」
言われてみたらそうだ。人がたまっていったら危ないし、次の人にぶつかってしまう。私は促されるまま慌ててプールから出た。
「はー、でも楽しかったね」
「まあ、うん。それは、うん、ふひ、ふへへ」
「えぇ?」
そんな、声出してちょっと気持ち悪い顔する面白さではないでしょ。照れてるような、にやけ顔と言うか。まあ面白かったならいいけど。
「じゃあ次はあのゴムボートにのるやつしようよ」
ぐぅー
理沙ちゃんの手を取って歩き出しながら提案したところで、私のお腹から異音がした。
「……の前に、ご飯にしよっか」
思わずお腹を押さえる私に、理沙ちゃんは聞こえてないふりをしてくれた。騒がしいからほんとに聞こえてない可能性もないかな? と思ったけど、ふりが露骨すぎた。ほんとに嘘下手なんだから。
水着でご飯を食べるのはなんだかすごい変な感じだった。ご飯を食べながら下を見ると自分のお臍が見えるのって、なんだか無防備な感じだ。こぼしたら危ない。
ラーメンにしてしまったので、慎重に食べないと。麺はなんかこう、変わってる感じだけど、なんだろう。あんまり美味しくないはずなのに、美味しい。特殊な状況だから余計に感じるのかな。こういうのって家でも雰囲気を再現したらなんとかなるのかな。理沙ちゃんはカレーだ。
「理沙ちゃん、カレー美味しい?」
「うーん、普通……あ、ひ、一口、食べる?」
「いいの? お願い、あーん」
「ん、あ、あーん」
理沙ちゃんがスプーンをのばしてくれたので、身を乗り出して口で迎える。うん。普通。普通のインスタントカレーの味。慣れ親しんだ味だ。
「あ、理沙ちゃんもラーメン食べる?」
「う、うん」
「じゃあ丼そっちにやるね」
「あ、うん」
理沙ちゃんは私のラーメンを食べてちょっと渋い顔をして、ふつーだね。と言った。いや、このカレー食べてラーメンには期待するのは無理があるでしょ。だいたい想像つくでしょ。
丼を戻して残りを食べる。うーん、でもお腹も膨れたし、満足。
すぐに泳ぐとお腹いたくなったりしたら大変なので、休憩できるようベンチが並んでるエリアに移動する。考えることは同じらしく結構混んでるけど、寝そべれるパラソルがついてる端っこのやつが残ってたのでそこに陣取ることにした。
「理沙ちゃん先に寝転んで」
「え、うん」
「お邪魔しまーす」
理沙ちゃんを端に寄せて普通に寝させて、太ももの横に座ってそのまま理沙ちゃんに重なるように寝転がる。脇あたりに頭が収まって、なかなかおさまりがいい。
「えっ、ね、寝転ぶなら、替わるよ? 私、端っこに座るから」
「え、いいよ。別に。あ、重いならやめるけど」
「そ、それは全然、軽い、けど」
「理沙ちゃんの脇まくらちょうどいいし、ちょっと休憩だしこのままでいいよ」
「う、うん……」
二つ並んであいてる席は見当たらなかったし、そもそも離れると合流できるかわからないしね。
「はー。ねー、理沙ちゃん、今日めっちゃいい天気だよね」
「う、うん。そうだね」
まじで梅雨明け宣言されたとはいえ、ついこの間まで雨ばっかだったのが嘘みたいだ。雲も全然ないし、すっごい日差し凄いし。
プール独特の匂いと、隣のご飯食べるところのと匂いと、端っこなのでちょっと遠くの木々の匂いも交じって、なんか不思議な感じ。
あー、なんだろ。足の裏のざらざらが気になってきた。どうしてプールってざらざらなんだろ。足がぬれてふやけてきたのかな? 気持ち悪い。
「理沙ちゃん、足、なんかだるくなってきちゃったし、あげていい?」
「え、う、うん。どうぞ?」
椅子から落としていた足先を持ち上げ、半身になって体の角度を変え、理沙ちゃんの足の上に足を乗せる。む。横向きになると理沙ちゃんの体が近いのが分かって、なんかこう、ちょっと変な感じする。
なんとなく足の親指を反対の足の親指と人差し指で挟んで、反対の親指をまた挟んで、みたいな感じなのをしてしまう。眠れない時に出てしまう癖なのだけど、今私落ち着かないのか。
足の下に理沙ちゃんの足がある。地味に膝下の上側って固いんだな。
「ねー、理沙ちゃん」
「な、なに?」
「足の裏気持ち悪くない?」
「え、足? えっと、足は気持ちいいけど」
「えっ、そ、そうなんだ」
軽い気持ちで同意もらえる前提で言ったのに、まさかの否定どころかめちゃくちゃ反対なこと言われた。えぇ。気持ちいいってなに。恐い。
「休憩したら、行こうとしてたボートのでいい?」
「う、うん」
「他に理沙ちゃんがやりたいこととかある?」
「うーん……、春ちゃんと一緒に遊ぶのは初めてだから、その、全部、楽しいから」
理沙ちゃん……なんかちょっと、感動的なこと言ってる気もするけど、でも何して遊ぼうって言う質問に対して何の答えもでてないし意味ないよね。一人では面白くないことでも誰かと一緒に遊べば楽しいって、別に相手が誰でもだいたいそうだし。
「んー、よし! じゃあ、足も乾いたし、全部回って何が一番楽しいか決めよ!」
と言う訳で、頑張って全部回った。どれも甲乙つけがたい。普通に揺れる水面に浮かんでるのものんびりして気持ちいいし、泳いだりもぐったりして競争したりアトラクションも楽しい。でもやっぱり、ウォータースライダーの爽快感と一気に水に飛び込む感じが面白かったかな。
「って思うけど、どうだった?」
「うーん、まあ、一番よかったのは、私もウォータースライダーだと思うよ」
帰り道、総評をして理沙ちゃんに尋ねてみたら、ちょっと小首を傾げてぼんやりした顔でそう理沙ちゃんは答えた。同じ答えなのは嬉しいけど、本当かな? 気を使って話あわせてない?
「ほんとに? 理沙ちゃん適当に言ってない?」
「て、適当って。あの、春ちゃんに嘘はつかないよ」
「えー、ホントかなぁ。一回も? 一回も嘘ついてないの?」
嘘つかないって、まあそんな嘘ばっかつくとは思ってないけど、別に理沙ちゃんそんなタイプでもないでしょ。その場しのぎのことめっちゃ言ってそう。
私の追及に理沙ちゃんはわかりやすく目を泳がせた。
「う……い、一回くらいは、あるかも…?」
「えー。嘘つきー」
「え、う……ご、ごめん」
「ふふ。ウソウソ。謝らないでいいよ。誰だって嘘くらいついてるよ」
嘘かぁ……考えてみたら、私もすごい嘘つきかもね。うん。ていうか、嘘ついてない人なんていないでしょ。誰だって、嘘付きながら生きてるでしょ。むしろ理沙ちゃんは、素直な方だと思う。だって態度にでてるしね。
「理沙ちゃんは可愛いね」
「えっ? あ、ありがとう?」
家に帰ると、さすがに一日水の中にいたからか、すっごく疲れたので簡単にご飯とかしてすぐ寝ちゃった。楽しかったー。
プールってこんなに楽しいんだ。また、夏の間にもう一回くらい行きたいなぁ。
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