水着
「理沙ちゃーん、見てみぃ……」
家について荷物を片づけたら、早速水着に着替えるのだけど、さすがに家で自分だけ水着って恥ずかしいから、理沙ちゃんにも着替えてもらうことにした。理沙ちゃんはめんどくさそうにしたけど、もしかしたら去年の着れなくなってたらどうするの? と言ったら頷いてくれた。
別に同室でよかったけど、理沙ちゃんは恥ずかしいからと言って私には脱衣所で着替えてくるように命じられたので、仕方なく着替えてから出たのだけど、リビングの理沙ちゃんはまだお着替え中だった。
「あ、ちょっと、待ってて」
理沙ちゃんは恥ずかしそうにくるっと回って私に背中を向けている。と言っても別に、裸ではなくてちゃんと水着の上下を最低限着ているけど、背中は半分くらい見えてるし、下もパンツと同じだけしか見えないし、なんかちょっと、落ち着かない。理沙ちゃん足めっちゃ細いなぁ。
「うん、ごめんね、早かった?」
「まあ、大丈夫だけど……」
言いながら理沙ちゃんは上に羽織って、下に短パンを重ねて履いてから振り向いた。
理沙ちゃんはもじもじしていて、何だか変な感じだ。裸だって見たのに、どうしてさっきの水着の背中が、やけに頭に浮かんじゃうんだろ。
「に、似合ってるよ。その、理沙ちゃんの大人っぽい感じが、いいよ」
「あ、ありがとう。春ちゃんも、その……すごく、可愛いよ。あぁ……今、気が付いたんだけど、春ちゃん、そんな水着着たら、可愛すぎて、危ないんじゃ。プールに防犯ブザーって、持ち込んだら壊れちゃうかな?」
「ふふっ」
理沙ちゃんは、はっとした顔で真剣に言ってるけど、ちょっと待って、普通に笑ってしまった。可愛すぎて危ないってなに。そんな心配するなら、まだ大人の理沙ちゃんにした方がましだし、機械なんだから持って入れるわけないでしょ。
「もう、理沙ちゃん、何言ってるの。私のことそんなに言ってくれるのは、理沙ちゃんだけだよ」
「そんな……そんなこと、ないよ。だって、春ちゃんは、その……世界で一番、可愛いもん」
笑いながら言う私に、理沙ちゃんは真剣な顔も声音も崩さずに、そうちょっと拗ねたような口調で言った。
その言葉は、身内びいきが過ぎる。そんなわけない。でも、少なくとも理沙ちゃんは私をそう見てるんだ。理沙ちゃんにとっては、私は世界一可愛いんだ。
嬉しい。そんなに思ってくれてるんだ。私のこと、世界一って。元々、一番好きだから告白してくれたのはわかってる。でもそれだけじゃない。
それだけじゃない。なんだろう。この思いは。こんなに嬉しくて、幸せな気持ちにしてくれる理沙ちゃんに、私は何を返せるだろう。
「あ、ありがとう……。嬉しい。私にとっても、理沙ちゃんは世界一だから。忘れないでね」
「ん……うん。ふ、う、ふふふ、ふへへ」
どうやら理沙ちゃんはとっさに出る笑いを、ふひひ、から、ふふふ、に変えていくつもりみたいだ。一瞬言いかけてから修正できるし、大人がしてもおかしくない笑い方だからいいと思う。
途中から、へへへ、ってなってるけど。へへへって、まあ、えへへって言うし、ふひひよりはおかしくはないけど。は行がついでちゃう感じなのかなぁ?
「理沙ちゃん、今のいい感じに笑えてたよ。よしよししてあげるね」
「う、うん」
理沙ちゃんに近づいて、そっと頭を撫でる。撫でてから気付いたけど、ご褒美は頬にキスになったんだった。うーん、でも笑い方は前からこれだし、それに、今水着だし。なんかそんな近づくの、ちょっと恥ずかしいし。
「よしよし。頑張ってるね、いい子いい子」
「う、うん……ふひ、ふふ、ふふふ」
「……」
理沙ちゃん、私が撫でやすいようにちょっと屈んでくれて、前かがみになってるんだけど、なんていうか、いつもワイシャツだから何にもないけど、ちょっと、胸元見えてるって言うか、ちょっとだけど、谷間見えるんだ。
いや、いや何考えてるんだ私! だいたいこの間裸見たのに! そう、普通にこの間はおっぱいを思いっきり見てた……のに……
「……」
「? 春ちゃん?」
「あ、な、なんでもない。じゃあ、そろそろ着替えよっか。ずっと水着だと変だもんね」
「あ、うん」
思わず固まってしまった。う、うわー、今更、すっごい恥ずかしくなってきてしまった。私、なんであんなことしちゃったんだろ。恥ずかしい。ほんと、子供すぎるよ。うぅ。
なんだろう。この気持ち。むずむずする。はぁ。落ち着かないし、はやく着替えよう。
○
理沙ちゃんとプールにやってきた。生理はちゃんと終わってるし大丈夫っぽい。と言うか、先週も生理だっていう訳には全然苦しそうではなかったし、それは気付かないよ。理沙ちゃんが言うには、軽い方らしいけど。
まあとにかく、準備は万全だ!
更衣室で隣り合って着替えるのはちょっとドキドキしたけど、なんとか着替え終わった。今日もかなりの暑さで、まだ夏休み前なのにかなりの人だ。
でも、相当広い。思った以上だ。だって、見渡す限りプールなんだもん。サイトで見てはいても、実際に見るとその熱気には圧倒されてしまう。
「あ、理沙ちゃん。手、はぐれないようにしよう」
「あ、うん」
はぐれないようぎゅっと手を繋ぎ合う。何だか非日常的ななかで手を繋ぐ状況が、変に私に緊張させてくるので、誤魔化すように理沙ちゃんと出発した。
まずは更衣室の出入り口でシャワーを浴びてからほどほどにスペースがあるところに移動だ。ちゃんと準備運動をする。私は浮き輪をもってきているので、それを一回置くためにも場所がないとね。
向かい合って準備運動をすると、やっぱり水着だからか変に理沙ちゃんが気になってしまう。
「まずは流れるプールでいい? スライダー気になるけど、いきなりだと怖いし」
「うん。じゃあ、はいろう」
もう一度手を握り合ってから一緒に中に入る。さっきもシャワー浴びたし、座って足先から入ったけどやっぱり冷たい!
「冷たくて気持ちいいね」
「うん……暑かったね」
「ふふっ。肩までつかって、温泉じゃないんだから。じゃ、軽く流れよっか」
「あ、私、浮き輪に捕まっていい?」
「あ、そうだね。どうぞどうぞ」
私が先頭で、理沙ちゃんが後ろからついてくる臨時列車が市出発した。流れにのってフワフワしながら、くるっと回って浮き輪に二の腕をのせて体重をかけて足を浮かせると、正面から理沙ちゃんが見える。いつもより強く縛って短いポニテみたいになってる理沙ちゃんはいつもと違って眼鏡をしていない。
度の入ったゴーグルをずっとつけてる。準備運動の時はつけてなかったけど、人込みの中だとはぐれたら危ないからつけてる。それはわかるけど顔をつけてないのにずっとつけてるから、じっと見てるとちょっと間抜けな感じがする。
「理沙ちゃん、ゴーグルずっとつけてるのしんどくない?」
「え、うーん、眼鏡とは違うけど、度数は合ってるから一応見えるよ」
「水中用じゃないの? コンタクトにするのかと思った」
普通にさっき着替えた時にゴーグル取り出して、え? ってなった。家を出る時は眼鏡だったけど、てっきり途中でコンタクトにするんだと思ってた。
コンタクトつけるの見たことないから、じっと見たいなと思ってたのでちょっと残念。
「あー……水がかかるだけでも危ないし」
「ふーん。ていうか、コンタクトしてるのみたことないけど、しないの?」
「あー……うん、まあ、その……こ、恐いから」
「なるほど。理沙ちゃん可愛いね」
「うぅ……」
言われてみれば確かに、目にガラス入れるって怖い。でもみんなしてるんだし、大人は大丈夫だと思ってた。ずっとつけると疲れるから使い分けって人もいるってのは聞いたけど、つけられないってのはびっくりだ。
でも理沙ちゃんならわかる。可愛い。ちょっと恥ずかしそうにして、急に水に顔を付けたのも可愛い。でもちょっとしずくが飛んじゃったので、ぬぐって私もゴーグルをつける。
「……ぶくぶく、っ、はぁ」
「理沙ちゃん、浮き輪かしたげよっか? 次代わる?」
「う、うん」
浮き上がった理沙ちゃんに声をかけてから、私は浮き輪に出してた両手をあげて、ふちの内側に手を添えるようにして勢いよく沈む。
急に静かになった世界の中で、目の前に理沙ちゃんの体が見える。暗くって、でもいっぱいの人の中で光が差し込むきらめく中、一番手前の理沙ちゃんは無防備に立っていて、何だかむずむずしてきて、私はしゃがんだ姿勢になった状態から地面をけって、理沙ちゃんの腰にタックルするように抱き着いた。
「--」
びくっと理沙ちゃんの腰が引けて、じゃぼっと理沙ちゃんが入ってくる。浮き輪を掴んでいるので、両手をあげてる理沙ちゃんがキラキラしてびっくりした顔で落ちてくる。
「ーー」
思わず笑ってしまって、私は理沙ちゃんと一緒に立ち上がった。
「ぷはぁっ。あはは! びっくりした?」
「び、びっくりした、はー、びっくりしたよ」
「あははは、ごめんごめん。でも、楽しいでしょ?」
「う、うん。まあ、楽しい。ふ、えへへへ。うん、楽しいね」
理沙ちゃんはびっくりしたみたいだけど、尋ねると遅れて笑ってくれた。私は理沙ちゃんに浮き輪をつけさせ、今度は私が後ろ側だ。
「じゃあ理沙ちゃん、安全運転でね」
「あ、うん」
しゅっぱつしんこー、と私が泳いで理沙ちゃん号を押してあげる。理沙ちゃんは慌てつつも、逆に私を引っ張るようにさらにスピードをあげた。
それから浮き輪に今度はお尻をはめるようにのったりして、何回か周回した。
それから波のあるプールや、浮いた橋や網とかアトラクションがあるエリアも楽しんでから、お昼時になってすいてきたのもあって、お昼を食べる前にウォータースライダーに行くことになった。
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