愛してる

美砂子おばさん

「あの、春ちゃん、今週なんだけど……お母さん、来るって」

「え、美砂子おばさんが!?」


 ファーストブラを買って理沙ちゃんにえっちな目で見られているのがわかって、数日後。ちょっと気まずいながらもまた手を繋いだりゲームしたりしてなんとか普通に振る舞えるようになったのでそろそろまた週末の予定を決めたいと思っていると、その前に理沙ちゃんから先に嬉しいニュースがもたらされた。


「うん……」

「やった! じゃあ、おもてなししなきゃね!」


 前回が五月のゴールデンウィークに私たちが訪ねたので、こっちに来てもらうのは四月以来だ。あれからさらに料理のレパートリーも増えたし、台所の使い勝手にもなれた。前よりずっと手際よく作れると思う。

 美砂子おばさんにいっぱい喜んでもらって、褒めてもらいたい! 私の理想の家庭は理沙ちゃんの家で、その象徴が美砂子おばさんのお料理だ。たまに一緒に食事をする時、おばさんの料理はいつも美味しくて、おふくろの味って言うのはこういうのなんだって憧れていた。


「来るのは日曜日?」

「……そうだよ」

「じゃあ土曜日に準備しなきゃね。美砂子おばさんってお寿司好きだけど家庭料理だと何が好きなの?」

「……さぁ」


 何をつくろうかなぁと考えながら尋ねる私に、理沙ちゃんはちょっとむっつりした顔で適当な相槌をうった。何にもない時は割と不愛想な理沙ちゃんだけど、今のは単なる不愛想じゃなくてちょっと機嫌が悪いみたいだ。

 でもせっかくの嬉しい知らせにそんな態度されると、こっちだってむっとしてしまう。


「……なんでちょっとテンション低いの? 理沙ちゃんのお母さんなんだよ?」

「いや、だからだけど。それに、デートも、できないし」

「もう! デートなんていつでもできるでしょ」


 もう何回もデートしてて、それで一回のデートを惜しむなんて、まあ、悪い気はしないけど。でもやっぱり美砂子おばさんの方が優先でしょ!


 と言う訳で私はうきうきで週末を迎えた。不機嫌な理沙ちゃんはしょうがないので、頭を抱っこしてよしよししてあげた。この間は恥ずかしがってたのかびっくりしてたけど、二回目だからか大人しく受けてくれたし、終わったら照れつつ嬉しそうににやけていたので機嫌なおしてくれたみたい。

 最初は勢いだったけど途中から胸元に抱きしめるのってちょっとえっちな気もして恥ずかしくなったけど、まあそんなことないよね。


「はい! いらっしゃいませ!」


 ピンポーン、と玄関ベルがなったのをずっと前で待ってた私はすぐに鍵を開けてドアを開けた。もちろん開ける時は危ないからゆっくりだ。外開きだから危ないもんね。


「あらぁ、春ちゃん。元気そうでよかった。お邪魔しますねぇ。はい、お土産持ってきたから手伝って」

「はい! ありがとう美砂子おばさん。わ、おもーい。何が入ってるの?」

「そっちは近所の和菓子屋の羊羹に、理沙のお気に入りの冷凍餃子にレトルトカレー、あと上に私がつくったパウンドケーキがあるよ」

「わぁ! パウンドケーキなんて自分でつくれるんですか? すごいですね」


 受け取った袋の中を覗き込んでその量にびっくりしながら、家に入ってきたおばさんと台所に向かう。美砂子おばさんはほがらかに微笑む。


「ふふふ、最近お菓子作りに凝っていてね。ちょっと理沙! あんたも荷物の片付けくらいしな!」

「……はーい」


 いつものソファに座っていた理沙ちゃんはおばさんに怒られて渋々立ち上がって、おばさんから荷物を受け取った。おばさんは肩をまわしながら入れ替わるとソファに向かう。


「ちょっと座らせてもらうよ。ふぅ」

「はい、お茶。すぐ片づけるから、ちょっと待っててね」

「ありがとう、春ちゃん。ほんとに気が利くいい子だねぇ」


 お茶をだしただけで笑顔で褒めてくれる美砂子おばさんに胸があたたかくなる。理沙ちゃんとは違うけど、好きだ。立派な大人で、優しくて、大きくて温かい人。

 大好き。でも同時に、少し苦い。私はそのままキッチンに戻る。大きな紙袋からとにかくだして並べてる理沙ちゃんに、私は物を見て冷蔵庫に入れるものを先に入れる。

 これは冷凍、これは冷蔵。あ、これタッパー? 煮物だ! 冷蔵庫にいれて今日の晩御飯にしよう。あ、こっちは五目豆だ。自分では作らないけど、たまに食べると美味しいんだよね。これも冷蔵庫に入れて、と。


「げ、豆」

「ん? 理沙ちゃんこれ嫌いなの? 豆自体は嫌いじゃないでしょ? ひよこ豆カレー食べてたじゃない」

「あんまり味しなくない?」

「いや、するでしょ……」


 そう言えば前に理沙ちゃん家で食べてた時に冷ややっこ残してたな。豆腐も今度出してみよう。あんまり日持ちもしないから料理に使う時以外買わなかったけど、一度出してみようかな。


「美砂子おばさん、このパウンドケーキ、すぐに食べられるの? だしてもいい? おばさんも食べる?」

「いやぁ、私は食べ飽きてるから。二人で食べな。夜は食べにでようねぇ、何でも好きな物食べさせてあげるから」

「わーい、ありがとうおばさん」

「……いつもは外食嫌がるくせに」

「理沙ちゃんは何センチ食べる?」

「……二センチ」


 もう、理沙ちゃんの茶々うるさい。ちっさい声で私にだけ聞こえるよう言うのもちょっと性格悪いよ。そもそも食べに行く気ないの知ってるでしょ。でも拗ねてる顔はちょっと可愛いけど。

 二人分カットしてお皿にのせて、ソファの前の机にのせる。普段ならダイニングテーブルで食べるけど、今はおばさんがソファに座ってるからね。


「私おばさんの右ー。理沙ちゃんの左に置くね。お茶持ってきて」

「うん」


 おばさんを挟む形で座る。ちなみにこの配置に関して、ソファに座るとなったら横座りになるけど隣に座らないでねと事前に釘をさしておいた。万が一にも付き合ってるってバレたらまずいもんね。


「理沙、あんたしっかりやってんのかい?」

「うん。大丈夫。仕事も大学も順調」

「家事は? ちゃんとやってるんだろうね。春ちゃんに任せたりしてないだろうね」

「だ、大丈夫だよ、おばさん。ちゃんと分担してやってるし。料理とか私が好きでやってるけど、理沙ちゃん最近は好き嫌い減って色々頑張って食べてくれるから、作り甲斐あって楽しいよ」


 掃除とか分担してるのもあるので嘘ではない。私の方が量はおおいけど、それは理沙ちゃんお仕事もしてるし、自由時間の差とか考えたら妥当だしね。心配してくれるのは嬉しいけど、大人ってだけで理沙ちゃんにばっかり押し付けるのは違うしね。


「……春ちゃんが良いならいいけどね。理沙は昔からマイペースで自分しか見えてないからねぇ。心配なんだよ。何か嫌なことがあったら何でも言うんだよ。すぐに怒りにきてあげるから」

「ありがとう、おばさん。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」


 嬉しい。でも、苦しい。美砂子おばさんがいい人で優しくて素敵な人で好きになるほど、どうしてこの人が私のお母さんじゃなかったんだって、そんな風に思ってしまう。理沙ちゃんへの態度はいつも強めだけど、その上で理沙ちゃんへのあふれ出る愛情が見える。お土産だって理沙ちゃんの好きな物や、好きじゃないから自分で食べないだろうって健康の為に持ってきたとか、そう言うことなんだろう。

 優しいからこそ、どうしてって我儘を言ってしまいそうになるし、自分がちょっと惨めな気分にもなる。何でもできて何でもしてしまう人だから、きっと一緒に暮らしたら私は何にもできなくて、申し訳なくて情けなくなってしまう。

 だから私には、理沙ちゃんとの暮らしが一番ちょうどいいのだ。


 ……まあ、今は恋人だからってのもあるけど。


 でもでも、いい人で大好きなのは本当。褒められるとめちゃくちゃ嬉しいのも本当。だから月に一回会えるのも嬉しい。


「あのね、おばさん。さっき晩御飯をご馳走してくれるって話だったけど、私、今日晩御飯つくる用意してるんだ。美砂子おばさんに食べてほしくて」

「えっ、そんな。いいのかい?」

「うん!」

「そうかい。じゃあ、ご馳走になろうかね」

「そうしてね。私もいただきまーす」


 嬉しそうに笑うおばさんに、私は笑顔を返しながらパウンドケーキを口に運ぶ。


「ん! 美味しい! おばさん、これどうやってるつくるの?」

「簡単だよ。後でレシピを送るねぇ」


 そんな感じでおばさんと楽しく話した。ゲーム機があるのにちょっと驚いたけど、楽しくやってるならよかったと喜んでくれた。

 それから一緒にゲームしてから、手料理をご馳走した。おばさんはたくさん喜んで美味しい美味しいって言ってくれた。おばさんの料理みたいな味にしたいと言えばいくつかアドバイスはくれたけど、基本的に料理は決まったレシピがなくて目分量らしいので全く同じ料理は自分でも作れないらしい。

 なれたらそんな感じになるんだ。ベテランでかっこいい。来月は一緒にお菓子作りをしようねと約束しておばさんは帰って行った。


「あー、帰っちゃったね」

「そうだね……春ちゃん、母のこと好きすぎじゃない?」

「えー? そうかな。好きだけど普通じゃない?」


 おばさんをエントランスまで送って、お風呂に入る前にちょっと休憩でソファに座ったところ、理沙ちゃんは何やら不機嫌そうだ。さっきまではまだ普通の顔だったのに、急になに。それともさっきまでは我慢してたのかな?


「なんかべたべたしてたし」

「……いや、おばさんに嫉妬してるの? 美砂子おばさんは血のつながったおばさんなんだから結婚もできないし、全然そう言うのと違うってのはわかってるでしょ?」

「それは、わかってるけど……恋人って、いっそ言うのはどう?」

「は? 本気で言ってるの? 一緒に住めなくなったらどうするの。いい? 小学生と大人が恋人になるのは犯罪なんだよ?」

「うぅ。そ、そんないい方しなくても……」


 ジト目で怒ってたところからしょんぼりしてしまう理沙ちゃんだけど、いや、言い方も何も。他に言い方ある? 小学生に手を出すのは犯罪だって何回も言ったじゃん。


「どんな言い方しても事実だし、おばさんきっと反対するよ。私はおばさんからしたら、理沙ちゃんをたぶらかす悪い虫なんだもん、追い出されるかも」

「むしって。なにそれ。と言うか、追い出されるのは私でしょ。春ちゃんのこと、めちゃくちゃ可愛がってるんだし」

「私を可愛がってくれてるのは、子供だからだよ。でも理沙ちゃんのことは大人でも自分の子供として大事にしてるじゃない。全然別だよ。私なんてただの親戚の子なんだから。保護する年齢だから優しくしてくれてるけど」

「……そんな言い方、しないでよ。お母さんが何を考えているか、私がああだこうだって言うことはできないけど。でも、私は春ちゃんが好きなんだから悪い虫とか、言わないで欲しい」


 悲しそうな顔で言われてしまった。同じように言い方を指摘されたけど、今度は反論できない。事実だけど、でも確かにまだ他の言い方あるはずだし、聞いていていい気分ではないもんね。


「理沙ちゃんから見たらじゃなくて、おばさんから見ての話だけど……でも、ごめん。気を付ける」

「うん……私も、ごめんね。あんまり春ちゃんが、お母さんに会うってなってからうきうきしてるし、こう、ちょっと、嫌なこと言ったよね」

「うん。でも、いいよ。理沙ちゃんに嫉妬されるの、嫌じゃないから」

「……うん」


 理沙ちゃんはちょっと照れたようにはにかんだ。可愛い。と、そこでぴぴぴ、とお風呂がわいた。


「理沙ちゃん、お風呂どーぞ」

「……うん」


 理沙ちゃんがお風呂行ったのでテレビをつける。にしても、おばさんに言うなんて、ほんと、冗談でも馬鹿なことだ。ほんの少しでも受け入れられると思ってるのだろうか。理沙ちゃんだってまだ学生でお金を稼いでいるって言っても、普通に学費とか出してもらってる立場の癖に。

 ……でも、いつか、いつか言えるようになれたら。私が大人になって、理沙ちゃんの隣に立っても許されるような立派な大人になれて、そしてもし理沙ちゃんがその時も私を好きだと言ってくれたら。……そうなったら、幸せだろうなぁ。


 私はそっと膝を抱えて、そんなありえない未来を想像した。

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