洗濯物

 朝起きた。昨日は美砂子おばさんに久しぶりに会えて嬉しかったなぁ。梅雨の憂鬱さも吹き飛んだ。それに持って来てくれた料理もまだまだあるから今日の夜は簡単なメイン一品だけで十分だし。

 理沙ちゃんを起こさないように部屋をでる。顔を洗ってから洗濯機を開けて中身を出す。

 洗濯機は乾燥まで全て自動でしてくれるとっても便利な機械だ。夜に設定すれば、朝にはもうふわふわふかふかで出来上がっているのだからすごい。

 タオル類、それぞれの服に分けて籠に入れる。個別の籠にいれておいて、シャツがどうとか下着がとかは本人がわけることになっている。


「あ……」


 下着類はそれぞれに色分けで分けてる洗濯ネットにいれているので、直接見たり手に取らずに済むようになっていた。だけど理沙ちゃんの青色の洗濯ネットのチャックが開いて下着がばらばらにでていた。

 珍しいことではない。たまーにある。スルーして理沙ちゃんの籠に放り込んでおけばよかった。でもちょっとだけ興味が出て、理沙ちゃんのブラジャーを持ち上げて掲げてみる。


 買う時は何とも思わなかったけど、理沙ちゃんの胸を包んでいるのかと思うと、なんか変な気持ちだ。

 軽く揉んでみる。針金とかはいってなくて、おっぱいの下側にパッドが入っているのか上部分に比べて分厚くなっていて柔らかい。生地はすべすべで指先ですりすりしてしまう感じ。


「……」


 一度ふり向いて、まだ理沙ちゃんが来ていないことを確認してからそっと自分の胸に当ててみる。当たり前だけどすかすかだ。理沙ちゃんだとこの中におっぱいが入るのか。うーん。


「……ふん」


 魔がさした。自分でもなんでそうしたのかわからないけど、私はほとんど無意識にブラジャーを持ち上げて匂いをかいでいた。特別な理沙ちゃんの匂いはしない。柔軟剤の強いふわふわした匂いがするだけだ。


 別におっぱいの匂いってないのか。とちょっとがっかりしながらもドキドキしてきたので理沙ちゃんのブラジャーをかごに入れ、その途端、何だかとんでもないことをしてしまった気になってきた。

 洗濯がちゃんとできたか、タオルなんかの匂いを嗅いで確認するのはわりとよくあることだけど、理沙ちゃんの、しかも下着って。ちょっと変態っぽくなかった? は、恥ずかしくなってきた。やば。


 だって私だったら、パンツかがれるみたいなことだよね。そう思ったらめっちゃ変態じゃん! やばいやばい。り、理沙ちゃんのせいで私まで変になってきたじゃん! もう! 馬鹿!

 私は今のを忘れようとちょっと乱暴に自分の分を片づけ、換気をして朝ごはんに取り掛かる。今日は朝から雨が降っているし、一昨日買った傘を使うチャンスだし、気分切り替えていこ!


「理沙ちゃんおはよう! 朝だよ!」

「…………んあ」

「理沙ちゃん、今日はいつもより眠そうだね」

「……春ちゃんは、いつもより、元気だね……」


 理沙ちゃんはいつも朝弱い感じだけど、今日はいつも以上に眠そうだ。昨日はデートもなしで特になんにもしてない休日だったし、夜も普通に寝たのに。


「理沙ちゃん、昨日夜更かししたの? 大丈夫?」

「うん……大丈夫」


 理沙ちゃんは顔を洗ってもちょっと眠そうだったけど、一応起きるつもりはあるようでちゃんとテーブルについてくれた。

 理沙ちゃんは目をしょぼしょぼさせながらご飯を食べてる。そのもそもそした感じちょっと可愛いと思いながらチラ見してると、不意にさっき自分がしでかしたことが脳裏によぎる。


 ううっ。こんな子供みたいにぐずぐずしてる理沙ちゃんが寝てる間に、勝手に下着の匂いかぐとか、ほんとに、めちゃくちゃ変態だよね……。く、くそ! く、悔しい! 理沙ちゃんにも何とか私の匂いかがせることできないかな。


「ところで理沙ちゃん、私ね、柔軟剤いつも適当にその時セールになってるのを買ってるんだけど、今のやつ匂いどうかな」

「ん……後で確認しておくよ」


 と疑われることなく前置きした私は朝食を終え、片づけたところで歯磨きに行こうとする理沙ちゃんに先回りして洗面台のある脱衣所にすべりこむ。


「はい! 理沙ちゃんこれで柔軟剤の匂いの確認して!」

「わっ、え、ええ? う、うん。えっと、うん、いい匂いだと思うよ」


 驚いている理沙ちゃんが冷静になる前に、ぱっと先ほどいれたばかりの洗濯物を取り出して理沙ちゃんの顔に向けて投げた。理沙ちゃんは戸惑いつつそれを受け取り、そのまま顔にあてて匂いをかいだ。


「かかったね!」

「えっ? な、なに!?」

「それは私のパンツだよ!」

「えっ……ええ!? な、何で!?」

「……」


 理沙ちゃんは私のパンツを広げてびっくりして、腕を伸ばして両手でパンツを掲げるようにしているけど、なんでって、そんなの……いや、何でって言われても困るな。なんでだ。

 私が理沙ちゃんの下着をかいじゃったから、理沙ちゃんにも私のをかいでもらって、私だけ一方的に変態になりたくなかったんだけど、それも説明できないし、そもそもこんな風にだまし討ちでかがしたところで意味がない。


「い……意味はないけど」

「えぇ……春ちゃんはもしかして、私を殺そうとしている?」

「いや、してないよ。物騒なこと言わないでよ」


 何故かひきつった顔で妙なことを言われてしまう。なに、殺す気って。私はただ公平に。いやまあ、一方的だったし、私が勝手にやって勝手に巻き込むんだから、被害者なのは理沙ちゃんだけどさ。でも殺すとかなんでそうなるの。


「だ、だって……は、春ちゃんの、ぱ、パンツの、匂いなんて……い、いい匂いがした…………もう一回かいでいい?」

「えっ、い、いーけど」


 呆れる私に理沙ちゃんは赤らんだ顔になって動揺しつつじっと私のパンツを見て、何故かそんなことを言った。まさかそんなことを言われると思ってなかったのでびっくりしたけど、自分がしてしまったことを考えるととても拒否できない。

 ちょっとドギマギしながら頷くと、理沙ちゃんは私を見ずに両手で持ったままのパンツをゆっくりと自分の顔に近づけていく。


「……すー」


 理沙ちゃんはパンツの正面から、真ん中から鼻の形が飛び出すほど顔をおしつけて呼吸した。いや、いや、それ、は。


「すー、ふぅ、すー、ふぅ」

「は、春ちゃん、そ、そのくらいでいいんじゃないかな? へ、変態みたいだし」


 めちゃくちゃ呼吸音大きくて私のパンツが息がこもって濡れるんじゃないかと思ってしまうくらいで、私が始めたのも私のせいなのもわかってるけど、さすがにやりすぎでしょ。いくらなんでも、恥ずかしくなってきた。

 思わず止める私に、理沙ちゃんはゆーっくりと手を下して私にパンツをさしだす。


「……ほら、変態だって思ったでしょ。私に無理やりパンツをかがせて、私を変態にして、社会的に殺そうとした、でしょ。だから、もうこういうのは、やめてね」


 む。理沙ちゃん、それが言いたくてわざとあんな変態チックなことしたのか。むむむむ。理沙ちゃんの癖に、手玉に取られた感。悔しい。


「わ、わかったよ。もうしない。……あの、ところで柔軟剤って、この匂いどう?」

「え、あ、う、うん。その、いいと思うよ」


 これからは自分もかがないし、理沙ちゃんにも八つ当たりするのはやめよう。と反省はしつつ、柔軟剤をいつも適当に買うので理沙ちゃんの好みとかあるのかなって気にはなってたのも本当なので確認する。

 花系も好きみたいだね。私も割となんでもいいけど、今回ちょっと匂い強めだなって思ってたから、理沙ちゃんが気にしてないならよかった。


「うん。じゃあそう言うことで。ごめんね、ちょっと私どうかしてたよね。気を付けるよ」

「え、う、うん。いいけど……あの、ほんとは何か意味があってパンツをかがせてたりする?」

「うん、大丈夫だよ」


 なんかちょっと心配げな顔までされてしまったけど。うん、よし! 気を取り直していこう! 傘だっておろすんだし、下着のことは忘れよう。


 と気持ちを切り替えて家を出て、学校で授業をいつも通り受けるのだけど、ボーっと外を見ていると不意に思い出してしまった。


「……はぁ」


 もう忘れようと思ってはいるものの、理沙ちゃんの下着を思い出してしまう。やたら肌触りがよかった。あと柔軟剤のいい匂いがするだけだと思ったけど、なんとなくもう一回匂いかいだら他の匂いしたのかなとか考えてしまう。

 考えたら誰にだって一人ずつ違う体臭があるはずだ。洗濯してるっていっても少しずつ汚れは蓄積されるんだし、理沙ちゃん特有の匂いがあったはずだ。どんな匂いなんだろ。

 とか、ちょっと自分でも意味が分からないけど、何となく頭に思い浮かんでしまうし、逆に理沙ちゃんが私のパンツをかいでたのも思い出してしまう。


 わざと私が嫌な思いをするようにやったにしても、変態チックだ。別に下着くらい、触ったり顔に触れたって別にどうでもいいはずだ。家族ならなおさら洗濯物として触れるくらいなんでもないはずだ。

 まあ、匂いをわざとかぐのはやっぱ違うけど。普通のシャツならともかく……そうか、普通のシャツならまあ、かいでも変態じゃないよね。


 理沙ちゃんの匂いが気になるなら、シャツで我慢すればいいんだ。

 と気がついた。自分でもなんでかわからないけど、何だか急に理沙ちゃんの匂いが気になってしまう。朝に感じたあのドキドキ感。よくないことをしている罪悪感でもあるんだろうけど、理沙ちゃんと触れ合っている時とは違うドキドキで、何となくもう一回、味わってみたくなった。


 と家から離れて理沙ちゃんと距離を置いてよく考えてみたことで私は結論が出たので、早速家に帰って試してみた。


「お、お邪魔します……」


 理沙ちゃんがいないのでバレることはないのだけど、何故か緊張して私はそう言いながらそっと理沙ちゃんの衣服入れを開けた。何と言うか、勝手に人のところを開けるのってすごい悪いことをしてるみたいだ。

 別に大丈夫だよね? 勝手に借りるとか盗っちゃうんじゃなくて、匂いかぐだけだもんね?


「……すん」


 ……思ってたのと違う。朝の洗い立てのふわふわの匂いとちがうけど、なんていうか、いろんな柔軟剤を使ってるのを一緒に入れているから、なんていうか、まんべんない匂いって言うか。普通の衣類の匂い。自分のシャツを着る時に感じるのと同じような。

 ふつー。やっぱり、理沙ちゃんの匂いをかごうと思ったら本人から直接かいだ方がいいのかな。でもそれって理沙ちゃんに知られないと無理だよね。うーん。理沙ちゃんの匂いをかぎたいって、言われたらどうだろ。

 私だったら……理沙ちゃんに匂いをかぎたいって言われたらどう思うか? うーん……別に、汗の匂いとか、朝の下着はちょっとあれだけど。場所か。場所による。うん。よし。頭の匂いをかぎたいって言ってみよう。それならそんなに密着もしないし、私ならセーフだ。


「……ただいま」

「あ、おかえりー、理沙ちゃん!」


 帰ってきた!

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