理沙視点 諦めた
春ちゃんと恋人になって毎日楽しい日々だった。手を繋ぐのもドキドキして、ちょっと苦しいくらいだけどそれも幸せだなって思っていた。
先輩との関係もただのお世話になってる先輩後輩でしかないと思っていたけど、春ちゃんのお蔭で友達ってことになったし、別に関係は何にも変わらないはずだけどちょっと嬉しかった。
何より、春ちゃんも私を好きだと言ってくれた。
いつも優しい春ちゃんが、馬鹿なんて言うからひどいって思ったけど、でもその表情は今まで私に悪口を言っていた人と全然違った。嬉しそうで楽しそうで、嫌悪とか怒りとか呆れとか、そう言うのは一切感じられなくて、むしろ意地悪なのに優しさすら感じられる顔をしていて、本気で嫌だと思えない。意地悪をされているのだとして、好きとしか思えない。
だから聞かれて恥ずかしいけど好きって言うと、春ちゃんも好きって、私だから手を繋ぐだけで照れてこんな顔になるんだって言ってくれた。
嬉しくって、浮き上がってしまいそうなくらいだった。ある程度好かれているのはわかっていた。そうじゃなきゃ一緒に住んでないはずだ。それでも、こんな風に明らかに特別なんだと示してもらえるほどだと思ってなかった。
すごくすごく嬉しい。もちろん春ちゃんは子供だし、本当に恋愛感情で恋人関係になるってわけじゃない。でも今、単純に特別なんだと思ってもらえてるだけで嬉しい。もしかしたらほんの少しでも長く、春ちゃんの一番特別な人間として過ごせる時間が長くなるかもしれない。
こんな毎日がずっと続けばいいと思っていた。
だけどそんな矢先、検索画面をクリックした瞬間、とんでもない単語が目に飛び込んできた。
『女同士』『同性』『えっち』『性行為』『やり方』『方法』
こんな検索した覚えはない。そしてこのパソコンを使っているのは、私と春ちゃんだけだ。つまりこれは、このやたら単語を変えつつも執拗に検索しているのは春ちゃんしかいない。
つまり、その、春ちゃんはそう言うのに興味を持っている。
目の前に春ちゃんがいるのでなんとか声を出すのは我慢したけど、変な汗が出てくるのはとめられなかった。
だって、は、春ちゃんは私の恋人なわけで、その、相手は私しかいないわけで。えぇ。でもそんな、しょ、小学生だし。確かに手とか触れるとドキドキしてしまうけど、それはそんな、性的な意味では全然ない。
でも、春ちゃんは私のことそう見ているんだ。そう意識しているんだ。そう思うと今まで以上に春ちゃんを意識してどぎまぎしてしまう。
さすがにこれは心臓に悪い。
考えてみれば、これまでそんなことなかったのに、最近の春ちゃんはスキンシップが多い気がする。手を繋ぐのは別として、昨日の漫画喫茶でもちょっと抱き着くみたいな恰好だったし、選んだ漫画もちょっとエッチな風味で一緒に読んで気まずかったし。
漫画自体は別に、一人なら普通にスルーするレベルのどうでもいいやつなのだけど、どうして春ちゃんと一緒だとあんなに気まずく感じるんだろう。
春ちゃんは検索結果が見えていること、わかってると思うんだけど、いつも通りだし、これは私になにかゆさぶりをかけているんだろうか。私から何かしろってこと?
いやでも、そんな、何かなんて。手を繋ぐだけでも、結構、いっぱいいっぱいだ。
春ちゃんの手を握ると、嬉しくて幸せなのに、何だか心臓がどきどきして苦しくてまともに顔を見れない。春ちゃん以外のことが考えられなくなって、ぼーっとしてしまう。
なのに、それ以上って。だいたい、何をするって。そんな。春ちゃんにキスとか、もっと触れ合うとか? か、考えただけでなんか、もう、駄目。くらくらしてきた。
○
そんな風に悩んだまま金曜日になり、とんでもないことが起こってしまった。
「かゆいところはございませんかー?」
「な、ないです」
いや、なんで一緒にお風呂入ってるの!?
さすがに、さすがにこれはやりすぎだよ。春ちゃん、いくらなんでも。と言うか、い、今すぐ後ろに裸の春ちゃんがいるなんて。き、緊張で吐きそう。
と言うか私のことも見られてるよね。え、ど、どう思ってるんだろ。ふ、太ったりはしてないけど。と言うかちょっと痩せすぎ? 最近はちょっと春ちゃんのお蔭で普通体型になってきてるけど。
「ねぇ理沙ちゃんはいつから下着つけてた?」
と言うか、春ちゃんいつも通りすぎじゃない? 普通にいつもテレビの前でどうでもいい会話している感じだ話しかけてくる。手を繋ぐときは春ちゃんだって照れてたのに、なんでこの状況で普通なの?
春ちゃんはさらにブラをつけるべきかとか、見てとか言ってくるけど見れるわけない!
だいたい、さっきの雨にぬれた格好だってシャツがぴったりくっついてて、かすかに膨らんでるのとか肌色が透けて見えてて、すでに結構テンパってしまったし。
なのに本物なんて見たら、私はいったいどうなってしまうのか、自分でもわからなくて怖い。
「ファーストブラ買いにいこ。理沙ちゃん選んでね」
私がわけのわからない自分の感情に慄いている間も、春ちゃんはどんどん話を進めてしまう。ブラを選べって、それはつまり、その、脱がし合うためのを選ぶ的なことなの?
「あ、あの、それはいいんだけど、その、春ちゃん」
頭も洗い終わってしまったけど、この後、湯船に一緒に入るの? そんなの、直接体を見てしまうし、体だってあたってしまうし。ど、どうすれば。
「ん? ああ、頭も終わったね。じゃあ私出るよ。さすがに二人だと狭いし、十分温まったしね」
「え、あ、そ、そう」
「うん。お先ー」
春ちゃんはとてもあっさりそう言うと、さっさとお風呂をでてしまった。つい、目で追う。真っ白なお尻がはっきり見えてしまった。
「あ……」
声が出てしまったけど、春ちゃんは気付かずに出ていってドアもしめられた。
「っー!」
あ、頭が、沸騰してしまいそうだ! 勘違いだ! 春ちゃんは、私のことそんな目で見てるとか、えっちなことしようとしてるとか、勘違いだ! 春ちゃんはそんなこと一切意識してないから、普通にしてただけなんだ!
ああああ、な、なのに、私は、春ちゃんを意識して、そう言う目で見てしまった! 今お尻を見たのも、昔、春ちゃんが幼稚園にあがるくらいのころ、一回一緒にお風呂入ったことあった。その時も可愛いなぁって思ったけど。今は全然違う。もちろん可愛いけど、それ以上に、違うことを考えていた。
いやらしいことを意識してしまった。小学生で、何にも考えてないから裸でも平気な春ちゃんを見て、絶対にやってはいけないことを頭に浮かべてしまった。
「……はぁぁ」
死にたい。
理沙ちゃんのこと好きって言っても、恋人って言っても、そう言うのじゃなくて、単なるお題目で、ただ傍にいさせてもらう言い訳だったはずなのに。恋人とじゃなきゃできないようないやらしいことを、したくなってきてしまっている。
春ちゃんにも最初に小学生に手を出しちゃ駄目って言われて、その時はそんなの考えてもいなかったのに。あああ、最低だ、私。
私はこの一週間を反省した。もう二度と、春ちゃんをよこしまな目ではみない。恋人ではあるけど、それは私が我儘言ったんだし、いくら春ちゃんも好きって言ってくれたとはいっても春ちゃんは小学生として好いてくれてるんだ。
小学生の恋人でそんなことあるわけないんだから、清く正しい関係じゃないと!
と自分に言い聞かせた。
だけど春ちゃんは、本当に私のことを好きになってくれたみたいで、どのくらい好きとか恋人っぽいことを聞いてきた。
頑張って特別だって答えたのに、春ちゃんはちょっと悪戯っぽい顔で駄目だししてくる。
「あの、えっと、宇宙一、好き……駄目かな」
「んふふ。ううん、いいよ。気に入った。私も、宇宙一好きだよ」
うっ……す、好きすぎて、頭おかしくなりそう。春ちゃん可愛い。可愛い。可愛すぎる。なにこれ怖い。こんなに春ちゃん可愛かったっけ? いやもともと春ちゃんは世界一可愛いけど、こう、こんな、見てるだけで息を忘れるほど頭が馬鹿になると言うか。み、見とれてしまう。
だ、駄目だ。もう手遅れだ。春ちゃんをそう言う意味で好きになってしまった。
仕方ない。諦めよう。今からこの感情をなかったことにはできない。
春ちゃんのこと大好きだった。特別だった。それだけじゃない。恋愛感情として、性的な意味として、愛欲の対象としても見ている。もう誤魔化せない。今まで自覚してなかっただけで、大人になるのを待ってただけで、きっとずっと前から、そう言う意味でも好きだったんだ。
だけどもちろん、それを表に出すことはすべきではない。なかったことにはできないけど、せめて、ただこの気持ちをなかったみたいに振る舞うんだ。春ちゃんには気づかれないように。私にはそれしかできない。
表面だけでも普通のふりをして、春ちゃんには綺麗なままでいてもらいたいから。
○
と心に決めた。だから春ちゃんの下着選びの時もできるだけ普通にしたつもりだ。多少は、その、実際に着ているところを想像してしまったりはしたけど、元々挙動不審とか言われてたし、気づかれてはないはずだ。
乗り切った。そう思ったのに。
「理沙ちゃーん! 見てみて!」
「なに、な……!? な、な」
いややっぱり春ちゃんに誘惑されてない!?
なんで、下着姿をわざわざ見せる必要があるの。今度ねって言ったのに。何とか顔をそらしているけど、一瞬目を奪われてしまって脳裏に焼き付いてしまった。
もうこれ以上は耐えられそうにない。春ちゃんに恥じらいを持つよう注意するも、女同士なのにとか言われてしまう。女同士だとして限度がある。……あるよね? 女同士が駄目なら、恋人だからとしか言えないんだけど……それくらいなら大丈夫かな?
「お、女同士って言うか……こ、恋人だし」
「恋人……」
私の端的な言い方に、春ちゃんは不思議そうな顔になって、そして考えているのか徐々に表情を変えていく。
あ、あ、あれ、もしかして、なにか、察してる? 言い方間違った? やってしまった?
春ちゃんはもじもじしながら私と同じように三角座りになって顔を隠してしまう。
「そ、それはぁ、そうだけどさぁ……私はまだ子供だし、そう言う……そう言う目で、見てるの?」
うっ。そ、それを聞かれたら。聞かれて、ど、でも、だって、見てないって、嘘つくのも違うよね。信じてもらえたとして、じゃあ大丈夫だねってさっきまでの無防備さでいられたら、私どうなってしまうのか自分でもわからない。だってもう、自覚して、そう言う目で見てしまってる。
「でも、だって、その、春ちゃんが、ゆ、誘惑するから」
「ゆ、誘惑って……誘惑はしてないけど……」
春ちゃんは私の言いがかりの言葉に戸惑ったように復唱してから、だけど急に大人びた声をだした。視線を向けると、春ちゃんは何とも言えない赤い艶のある可愛らしい顔をしていて。
「でも、私以外の人のこと、そう言う目で見ちゃ、駄目だからね」
そんなの、春ちゃん以外を見るわけないのに。どうしてそんな風に、いつも許してくれるの。むしろ春ちゃんを見ろって言うみたいに言うの。そんな風に言われたら、とめられなくなってしまう。
思わず顔をあげて正面からその顔をじっと見てしまう。
「そ、そんなの、考えたことないよ。だって、そもそも……こんなの、春ちゃん以外に、感じた事ないし……は、春ちゃんだけだから」
春ちゃん以外に意識したことだってなかった。親しくなりたいとすら思ったことはなかった。春ちゃんだけが、ずっと私の特別で、そしてどんどんもっと特別になっていく。
思わず声に熱が入ってしまったようで、春ちゃんは照れたように顔をそらしながら頷いた。
「そ、そう……なら、いいけど。まだ、駄目だからね」
「え、あ……う、うん」
その物言いに反射的に頷いて返事をしてから、気が付く。まだ、駄目って。まだって。それって、いつかは、いいってこと? そう言う、いやらしいことも私としてもいいって、そう言う好きだって思ってくれてるってこと?
「……」
先日の春ちゃんの肌が思い起こされてしまう。触れることが許されるの? そこまで私を思ってくれてるの?
体があつい。まだ駄目って。そんなのその場しのぎかも知れないのに。そう自分を抑えようとしてもどうしようもないほど熱くて、私は春ちゃんがそっとソファの上で差し出した手を握った。
触れた瞬間、またいやらしい気持ちになって春ちゃんを汚してしまいそうで一瞬離したけど、でもゆっくりと握ると春ちゃんは受け入れてくれた。何度も手を繋いだはずなのに、もうなれたはずのこの何でもない動作で、私はいつかこの子と肌をあわせるのだ、そう言う恋人なのだと、何だか実感してしまって、体が熱くてその夜は眠れなかった。
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