手を繋ぐ
映画を再生してOPが流れたところで、カップを手に取って一口飲む。ちょっと緊張していたから、変に喉が渇いていて美味しい。気持ちが落ち着いたところでソファにもたれる。
ちらっと外を見るとものすごい雨だ。いつの間にかどしゃぶりだ。テレビの音をいつも大きめにしてるから、それに集中してるとあんまり気にならなかったけど、もうちょい音大きくしてもいいかな。
「理沙ちゃん、音、もうちょっと大きくしてもいい?」
「あ、うん。いいよ」
理沙ちゃんに確認してから音量を上げる。映画へよりのめりこめるようになる。主人公たちの紹介パートが終わって、事件がついに始まる。ちょっとおどろおどろしい音楽がなる。
わくわくしそうになって、はっと気が付く。いや、映画を見るのはいいのだけど、それに夢中になってしまうのはどうだろう。映画館と違っていつでも見れるんだから、今じゃなきゃいけないわけじゃない。
それより私は決めたじゃないか。理沙ちゃんが私によくしてくれる分、私に頑張れることはするって。今日、手を繋ぐって。
最初は普通に映画見て、そのうちいい雰囲気になったらって思ってたけど。でもレンタルじゃなかったし、ゲームだと手を使っていて繋げないし、映画中が一番いいのでは?
「……」
ちらっと理沙ちゃんを見る。理沙ちゃんは真面目に、と言うか普通に映画を見ている。いつも通りで、お家デート感はない。服装はちゃんとしたやつだし、再生した最初は意識してくれてたけど、今は普通だ。
これはよくない。これだと結局普通の家だ。デートじゃない。すぐ一つのことに熱中してしまう理沙ちゃんだから、そうなってしまうのは仕方ない。それに手を繋ぐのを一大事として、一番の目標にしてるくらいなんだから、まだ付き合って一か月で積極的に手を繋ごうなんて考えてないに違いない。だからこそ、私がやらなきゃ。
「……」
理沙ちゃんを見ながら、隙をうかがう。いつ手を繋げばいいのか。心臓がばくばくしてきて、苦しいくらいだ。息も少しあがってきた。
ああ、考えたら映画、恋愛映画にしておけばよかった。そうすれば普通に、いい雰囲気になれたかもしれないのに。
理沙ちゃんはソファに深く腰掛けていて、背もたれにももたれている。右足を乗せる形で足をくんでいて、左手を右ひざに逆さにのせている。さっきポテチを食べたから上向きにしているんだ。ちゃんとソファが汚れないようにしてて偉い。右手はソファに普通においていて、つまりそのまま右側の私のいる方が無防備だ。チャンスである。
落ち着け私。乱暴に掴んだらびっくりされる。そっと触るんだ。こっそり深呼吸をして。ふぅ、すぅ、ふ、あ、右手が動いた! あ、カップを持って、珈琲を飲ん
「ん? え? 何? 何か、ついてる? こぼしてる?」
気付かれた!
「ご、ごめん、集中みだしたよね。何にもないよ」
「え、ぜ、全然大丈夫だけど、え、なに?」
「いや、ほんと、なんでも……」
なんでもなくはない。全然、なんでもなくはない。だって、手を繋ごうとしてるんだよ? 恋人と初めて手を繋ごうとしてるのに、なんでもないはずがない。
「っ……あの、理沙ちゃん、手を……繋ごうよ。今、デートなんだし」
「えっ、そ、そんな……い、いいのかな?」
思い切って直球でそう提案した私に、理沙ちゃんは目を見開いて真っ赤になってちょっと身を引いてそんなわけのわからない問いかけをする。私から聞いているのに、そんな確認をする意味がわからない。いったい誰に許可を求めているのか。
「私たち以外、誰が駄目って決めるの。理沙ちゃんは駄目だと思ってるってこと?」
「……春ちゃんは、ほんとに、いいの?」
理沙ちゃんのその消極的で、しつこいくらい私に確認する態度はまるで嫌がっている風にすら見えて、でもその臆病な態度が、ますます私の心を燃え上がらせる。
したいと自分から言って、絶対に今も私を意識しているくせに。どうしても引いてしまって、何度も聞いて、どれだけおびえているのか。大人の癖に、小学生の私より度胸がない情けない理沙ちゃん。そんな理沙ちゃんを、もっと動揺させたい。
「嫌なら言わない。……触るよ。嫌なら、言って」
「っ……」
ゆっくりと、理沙ちゃんの右手に手を伸ばした。理沙ちゃんは何も言わず、ピクリとも動かずにじっと、かすかに指先を震わせながら私を待っている。その態度に少し緊張をほぐしながら、そっとその手の甲に指先で触れた。
全身飛び上がるほど一瞬びくついた理沙ちゃんは指先を浮かしながらも、手のひらはソファに押し付けるようにしている。私の手を間違っても跳ね除けないようにしてるのかな? 可愛い。
軽く手の甲を撫でる。力が入っていて手の甲には筋と血管が浮いている。筋は固いのに、血管ってこんなぷにぷにしてるんだ。ちょっと怖いくらいだ。だって、これを押さえたら理沙ちゃんの血の巡りが止まっちゃうかもしれないんでしょ? もしここを傷つけたら、たくさん血が出ちゃうんでしょ? 考えただけで怖い。なのにそれを今、触ってるんだ。無防備な理沙ちゃんに何だかドキドキしてしまう。
「……」
黙ったままの理沙ちゃん。見開いていた目はいつのまにかほとんど閉じられ、口元はひきつって、まるで注射をこわがる小さな子供みたいな表情。ぞくぞくしながら、我慢できなくてそのまま手のひらを重ねて置くようにして、手全体で触れた。
「ぁ……」
理沙ちゃんの口から音がもれた。声にならない、意識すらしてないようなうめき声のような音。
ぎゅっと手の甲に皺を寄せる様に握ると、理沙ちゃんはゆっくりと手から力を抜いた。その仕草になんだかきゅんとして、指先を理沙ちゃんの親指と人差し指の間から侵入させて握った。親指で人差し指の付け根を撫でる。すべすべの皮膚の下にある、関節の感覚が気持ちいい。
「あ、あぁ、は、春ちゃん……」
夢中で手に触れていたけど理沙ちゃんの声にはっとして視線をあげると、いつの間にか理沙ちゃんは私をじっと見ていた。口は半開きで、目はとろんとして熱っぽくて、見たことないほど色っぽい何だかえっちな顔をしていた。
どきどきと心臓がうるさい。私がこんな顔をさせてるんだ。私が理沙ちゃんの手にふれて、喜ばせてるんだ。
そう思うとたまらなくて、私はそのまま理沙ちゃんの手を持ち上げて自分の手をソファとの間にすべりこませ、正面から手の平どうしをあわせて手を握った。理沙ちゃんの手は大きくて、上から見ると握ると言うよりしがみついているような、両端にひっかかってるような不格好なつなぎ方だ。
「あ……あ、う」
なのに理沙ちゃんは馬鹿みたいに意味のない声を出して震えながら、私の手を握り返した。そのおそるおそる、としか言いようのない動きに反して、力強く握られた私の手。
つないだ手が心臓になってしまったみたいに、すごくドキドキする。
「理沙ちゃん、理沙ちゃんの手、大きいね。私、好きだな」
「っ、は、春ちゃん、春ちゃんの方が、か、可愛くて、小さくて、その、私、大好きっ」
「そっか。嬉しい」
私の方が小さいなんて、私は理沙ちゃんの手を小さいじゃなくて大きいって言ったのに。国語のテストなら赤ペンがはいるところだ。なのにそんないっぱいいっぱいになってる不器用な理沙ちゃんが、可愛らしくて仕方ない。
私だっていっぱいいっぱいで、苦しいくらいだ。体が熱くて、はじけ飛んじゃいそうだ。
だけど理沙ちゃんを見てると、こう、胸がわくわくもして、妙に頭の一部が冷静だ。この気持ちが、愛おしいと言うことなんだろう。愛って、こんなにもすごい熱量なんだ。
理沙ちゃんのすべてを私のものにして、とじこめてしまいたい気にさえなる。だけどそのままでいてほしい。今のありのままの理沙ちゃんが好き。
私は理沙ちゃんとずっと手を繋いで、見つめ合った。汗をかいてしまって、いつの間にか私たちの手はべたべただ。雨が強くて涼しいくらいの気温なのに、ゆだってしまいそうだ。
頭がくらくらしてきて、ふいにテレビから聞こえた怒声に、はっとして二人してテレビを見た。
「……」
いつのまにか物語はクライマックスを迎え、犯人を追い詰めているところだった。ついに怒りの声をあげながらも自供する犯人に、私はぼんやりと、まあOPあたりから怪しかったよね。と思ってから理沙ちゃんを見た。
ちょうど同じタイミングで私を見た理沙ちゃんとまた目があう。
「……理沙ちゃん、喉、乾いてない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫……あの、私、その、手汗、かいてるよね。その、ごめん。気持ち悪い、よね」
喉乾いてたら、一回てを離してあげなきゃ。と思って聞いただけなのに、理沙ちゃんはおどおどしながらそんな馬鹿げたことを言う。
気持ち悪いも何も、私だってかいてる。べたべただ。なのに何を言ってるのか。ちょっと腹がたってしまう。
「そう? わからないけど。どれ? どこが汗なの?」
「えっ、あ、あの、え? えっと、こ、これかな」
意地悪な気分で繋いでる手を持ち上げて尋ねてみると、理沙ちゃんは慌てながら理沙ちゃんの手から流れて手首にある一粒をさした。
「それ私の。気持ち悪い?」
「えっ、そんな、あ、ああご、ごごごごめんっ」
「……ぷぷっ、嘘だよ。こんな状態で、どっちの汗とかわかるわけないでしょ」
めちゃくちゃ慌てて小刻みに首を振りながら謝られて、その勢いに思わず笑ってしまった。これだから、理沙ちゃんは不器用でどんくさくて人を怒らせるタイプの癖に、憎めないし、それどころかほっとけなくて好きになってしまうのだ。
笑う私に理沙ちゃんは動きを止めて、ぽかんとした顔で私を見ている。
「あ、ああ……い、意地悪したの?」
「うん。した」
「う……」
「ごめんて。泣かないで。理沙ちゃんが可愛いから、つい」
「か、可愛いって……私、年上だよ」
「そうだね。可愛いよ」
「……」
理沙ちゃんはただでさえ赤かったのに、さらに真っ赤になって俯いてしましまった。そんな理沙ちゃんはますます可愛くて、私はどうしようもなくドキドキして映画が終わってもその手を離せなかった。
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