お家デート

 あれから、理沙ちゃんと短い移動時間に手首をつかみあうという、何ともおかしな関係をつづける事二日。週末になって家事を済ませて落ち着いてから、理沙ちゃんと一緒にパソコンを覗き込んでいる。


「春ちゃん、ここは? こういうの、好き?」

「あ、確かに好きなやつ。と言うか、理沙ちゃんって引きこもりっぽいけど、意外と運動神経いいんだよね」

「え、うーん……別に、苦手ではない、かな。好きでもないけど」

「意外だよね」


 理沙ちゃんは自分からスポーツしたりするタイプではもちろんないし、割とめんどくさがりだったりするのに、運動音痴ではないし、今もアスレチック系施設の提案してきているってことは嫌いってことでもないんだ。意外すぎる。ほぼずっと家にいるし、引きこもりタイプだと思ってたのに。

 理沙ちゃんが示したのは、ちょっと離れたところにある大きい公園で、ハーネスをつけてコースをまわっていくアスレチックが凄く楽しそう。牧場が近くにあるみたいで、ご飯も美味しそうだし。普通に興味ある。


 でもデートでかぁ。楽しそうだけど、毎週デートとして遠出するのってちょっと大げさって言うか、普通に施設の楽しさに夢中になってしまいそうな気がする。たまにはそれもいいけど、理沙ちゃんとのんびりするのもよくない? そうじゃないと中々手をつなぐとか、難しい気がする。


「楽しそうだけどさ、もう梅雨だし、この間がボウリングとか体動かしたし、ちょっとゆっくりするのはどう?」

「ん、そう。じゃあ……ちょっと待ってね」


 理沙ちゃんはパソコンを操作して、ゆっくり デートで検索した。すぐに検索結果が出てくる。色んな案がすぐに出てくるからほんとに便利。水族館とか美術館、ピクニックにドライブに、お家デート。

 お家デート! その発想はなかった。家でも、二人でいたらデートなのか。家で映画鑑賞やゲームと。ふむふむ。


「屋内がいいなら、水族館、とかかな?」

「理沙ちゃん、お家デートは?」

「え? お家って……それは、今こうしてるのと何か違うの?」

「そ、それは……それだと、今も、デートしてるってなるけど」


 理沙ちゃんは私の提案にきょとんとしてしまったけど、でもお家デートが今と変わらないってなったら、それはもうずっとデートってことだし。そうなったらちょっと、緊張しちゃうって言うか。

 今だって、恋人の理沙ちゃんが真横で肩がぶつかりそうな距離でパソコン画面覗いてるってので、ちょっとどきっとしてるのに。だからこそ、あえてデートはデートとして別枠って言うか、特別な時間にしておきたいって言うか。


「え……あ、あぁ……、そ、それはうん、違うね。えっと、あの、あー、その、ら、来週、お家デート、する?」

「……うん」

「な、内容は、えっと、映画、見るとか?」

「う、うん。そうだね」

「じゃあ、それは用意するね。あと……ゲーム? ゲームとか、春ちゃん興味ある?」

「……」


 え、いやまあ、興味はあるけど。ゲームって家にはもちろんなかったし、理沙ちゃん家もないし、友達の家に遊びに行った時にちょっとやらせてもらったことしかないけど、すごい面白いよね。でもそれって本体から買うからお金かかるし、それこそそれに夢中になってしまうような。

 好きに食事つくれて、好きなだけテレビ見て録画もさせてもらえて、お小遣いで本も好きに買えるし、普通に私の娯楽には十分で満足してた。してたけど……げ、ゲームか。


「理沙ちゃんは、ゲームとか興味ないんじゃない? 無理に私に合わせようとしなくていいよ?」

「え、ううん……えっと、ね。子供の時少ししたことあるよ。ただ、こう、延々とするのに飽きちゃってたけど、その、春ちゃんと一緒になら、楽しそうだって思うよ」

「……無理してない?」


 理沙ちゃんは優しい。いつだって私に優しくて、よくしてくれる。だから好き。でも、無理してほしくない。だってデートってそう言うものじゃないでしょ? 一人だけ楽しくて一人だけ好きなことしてるのは別でしょ?

 保護者じゃなくて恋人だからこそ、理沙ちゃんも同じくらい楽しんでほしい。


「あのね、私……春ちゃんと一緒なら、何でも楽しいし、興味もあるよ」

「……」


 う。り、理沙ちゃんのくせに。何でこういうときばっかり、そんな大人みたいな微笑できるの? うう。好き。


「じゃあ……私も、理沙ちゃんとやりたい」

「うん。用意するね」

「新しいのだと高いから、古いゲーム機とかでいいからね? 理沙ちゃんが子供の時にしてたってのでも」

「ん、大丈夫だよ。これから何回もお家デートしたら、タダみたいなものだから」

「理沙ちゃん……」


 タダではないよね。でもまあ、映画とか一回見て終わりよりは何回も遊べるならそんなにもったいなくはない、のかな。この間も結構使ってたみたいだし。うん。じゃあ、理沙ちゃんに甘えちゃおうかな。


「じゃあ、お願い。あ、でもデートだから、こう、ちゃんとした格好で、時間とか決めてしようね」


 普通にしてたらやっぱりいっつも一緒なのと同じ感じにだらだらしちゃうかもだし、逆に意識しすぎてデートが終わらなくなっても困る。なので気持ちを切り替えられるよう、意識してやらないとね。


「う、うん……そう考えると、楽しみ、だね」


 はにかんでいる理沙ちゃんを見ると、また心臓がうるさくなる。

 そして同時に、何かをしてあげたくなる。もっと理沙ちゃんが笑顔になれるように何かしてあげたい。ううん。私の手で、笑顔になってほしい。


 ゲームとか、お金のことでは理沙ちゃんに甘えるしかできない。それは仕方ない。でも、私は理沙ちゃんに甘えてばっかりだ。……だったらせめて、私にできることは、私からしよう。

 今度のお家デート、手を繋ごう。私は心に固く誓った。









 そして遂に六月になった週末、梅雨には入っていたけど、それもついに本格的になってきたようでこの三日ほどずっと雨が降っている。洗濯乾燥機なので洗濯物には困らないけど、買い物で濡れてしまうからお出かけは少し憂鬱だ。

 だけどそれも昨日の話。今日はデートなのだ。時間の少し前。私たちはそれぞれの寝室スペースでデート服に着替えた。

 そして声をかけあって一緒に寝室から出た。


「えっと、じゃあ、デート。しよっか」

「うん。えっと、どうしよ。あ、飲み物用意するね。理沙ちゃんソファに座ってて」

「あ、うん」


 お茶、だといつも通りすぎかな。えっと、珈琲でいいかな。理沙ちゃんがたまに飲むだけだけで私は飲まないから、気持ちの切り替えにはなるし。

 理沙ちゃんはいっつも黒いまま飲んでるけど、半分ミルクの甘いのにしておこう。こんな感じかな? 牛乳淹れた分ぬるくなったけど、まあ逆に飲みやすいしいいよね。


「お待たせ」

「あ、ありがとう、あ、そう。お菓子、買ってるから出すね」


 カップを机におくと、そわそわしていた理沙ちゃんは慌てたようにそう言って、キッチンに入ってごそごそと取り出した。買って置いていたのは知ってたけど、このためだったのか。いつもは食べるのを都度買ってるので、置いてるの珍しいと思ってた。

 理沙ちゃんは机の上にポテトチップスとポップコーンを全開に開いた。まだお昼には早くてお腹に朝ごはんが残ってるはずなのに、一口食べたくなる魔力がある。


 とりあえず並んでソファに座る。何気なく座ったけど、今日はいつもと違ってスカートだ。膝より低いソファなので、ふわっと裾が広がりかけて慌てて抑えた。

 ちらっと理沙ちゃんを見ると、露骨に視線をそらしている。べ、別に抑えたし隣から何が見えるってことないはずなのに、何をちょっと照れてるの。理沙ちゃんが気にしなかったら私もスルーできるのに。


「ん、んん。それで理沙ちゃん、何借りてきてくれたの?」

「見て、リモコンのこれを押して、こう」

「ん?」


 理沙ちゃんはテレビをつけ、私にリモコンを見せながら操作をした。すると普段と全然違う画面に飛んで、動画サイトみたいに小さい画面が並んでるようになった。


「え? これは」

「この中で、好きな映画を選んで」

「あ、こ、これは!」


 理沙ちゃんにリモコンを渡され、右ボタンを押していくとたくさん次から次へと出てきて小さくタイトルも書いてある。なんかあの、システム名知らないけど、あの、契約して好きなのいくらでも見られるやつだ!


「け、契約したの? デートの為に?」

「あ、う、うん。あの、前からちょっと、気になってて。レンタルするのってほら、めんどくさいでしょ? これだと気楽に見れるし」

「そ、そうなんだ……」


 びっくりした私の口調に責められたと思ったのか理沙ちゃんは、そう視線をそらしながら言った。ちょっと言い訳くさいけど、別に、責めるようなことではないのだ。理沙ちゃんがお金を出すのだし、借りるより楽だからと始めるなら普通のことだ。

 責めるようなことじゃないし、まして私の顔色をうかがうことじゃないのに。理沙ちゃんの中で私がすごい厳しい人なのにちょっとむっとする反面、ちょっと反省する。

 前理沙ちゃんが言ったように、別に私普段から怒りまくったりしてない。ただ理沙ちゃんが私に嫌われたくなくて気を使いすぎなだけだ。でも私も、それが分かったのだから、少しくらい前より優しく接してあげればいい。つい、別に今も怒ってないけど、びっくりして声が大きくなってしまった。


「あの、理沙ちゃん。別に私、怒ってないよ。私の為にしてくれたとしたら申し訳ないけど、理沙ちゃんがしたいことでお金使うのは自由なんだから」

「う、うん。えっと、その……じゃあ、何見る?」

「理沙ちゃんは? 何か希望ないの?」

「うーん……多すぎて。前のもあるから、よさそうなのはたくさんあるけど」

「基本的にどういうジャンルが好きとかある?」

「うーん……推理物、とか?」

「なるほど」


 やっぱ理沙ちゃん、頭いいからそう言うのが好きなんだ? じゃあ人気ランキングのジャンル別から選べないいかな?


「これは見たことある?」

「ないけど。春ちゃんは、興味ある? 大丈夫?」

「うん。いっつも刑事ものとか一緒にみてるじゃん」


 一話ずつ解決するような事件系は見やすいよね。一話見逃すとついていけなかったりするのより気楽でいいよね。恋愛ものでもコメディ強めのラブコメとかなら見るけど、あんまりどろどろした三角関係とか見たくないし。だいたい、不倫を題材のドラマとかどうかしてるよ。


「じゃあ再生するね」

「うん」


 私はボタンを押してリモコンを机に置いた。

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