今だけ
「あー!」
「お、おしいっ。もう一回、する?」
「う、うん……」
思ってた以上に大きいゲームセンター部分はすごく広くて、右も左もたくさんのクレーンゲームがあった。騒がしいので理沙ちゃんと離れないよう、理沙ちゃんの服の肘当たりをつかんで一緒に見て回って、すっごくかわいいうさぎさんのぬいぐるみが入ってる機械に決めて挑戦している。
でも残念ながら、9回目の挑戦も失敗してしまった。理沙ちゃんは全然気にせず、また五百円玉を入れてくれたけど、これで二千円……!
わかってる。頭では、ここまでのデート代金だってもっとつかってるのわかってる。でも、このゲームにもう二千円……。うう。失敗できない!
「ぬぁー! もう!」
失敗した! うう。難しい。ひっくり返ってしまったし、もうどうつかめば行けるのか全然わからない。そもそも力めっちゃ弱くない? ちゃんとつかんでよ!
「いれるね」
「あっ」
「え? だ。駄目だった?」
理沙ちゃんはすっと何でもないように普通にお金を追加でいれてしまった。思わず声が出た私に、理沙ちゃんはびくっとしたように慌てている。
「ご、ごめん。駄目ってことはないんだけど、その、全然とれないから。理沙ちゃん、得意だったりしない?」
「あー、あんまりやったことなくて。春ちゃんと同じ感じだと思う。じゃあどうしようか、とりあえずやって」
「すーずき!」
「え?」
突然名前を呼ばれて、私と理沙ちゃんが同時に振り向いた。軽く片手をあげた女の人が機嫌よさそうに笑いかけてきているけど、いや誰? 見た目は普通に普通の人と言うか、大学生っぽいし、理沙ちゃんの知り合いなのかな?
でも理沙ちゃんだよ? こんな話しかけられてもまともに返事できないでしょ。大丈夫なのかな?
「あ、先輩。どうも、こんにちは」
「!?」
えっ!? 普通に理沙ちゃんが軽く会釈しながら返事した!? え!? 理沙ちゃん、そんな、挨拶できる関係の知人いたの!?
「どうも、初めまして。私は相原紀子。春ちゃん、って呼んでいいかな? 鈴木、んん。鈴木理沙の大学時代の先輩で、彼女の雇い主だよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
お姉さんは笑顔で身をかがめて私としっかり目をあわせて手を出してきたので、思わず応えながら握手をしてしまう。と言うか、雇い主?
「雇い主って、バイトのですか?」
「そうそう。いやー、一回会いたかったんだけど、こううまくタイミングがあうとはね」
「はあ。えっと、その、ありがとうございます。ここも今のところ、その、すごく、喜んでくれてます」
「あ、そう? よかったよかった。と言っても私も定番しか言えてなくて申し訳ないくらいだけど」
ん? え? 何この会話。もしかして、デートコース、理沙ちゃんじゃなくてこの人が考えてたってこと? ていうか、なに、理沙ちゃん、めっちゃ普通に話してるじゃん。は? 私以外にも普通にお話しできるんじゃん。
「ごめんね、デートの邪魔して。卒業後も理沙とは長く付き合っていく予定だからね、一度会っておきたかったんだ。何か困ったこととかあったら、いつでも連絡してね。これ私の連絡先」
「は、はぁ」
にこにこと人当たりのいい感じで渡されたのは名刺だ。代表取締役? それって社長ってこと? え、凄い人なんだ? でも、なんか……理沙ちゃんになれなれしすぎない? いや、名字で呼ぶには私も同じだから、急遽下の名前で呼んでるんだろうけど、それにしても、普通に明るいし普通にいっぱい友達いそうな交友関係広そうなタイプだし、絶対理沙ちゃんと合わない正反対なタイプなのに。
なに、なんか、すっごいもやもやする!!
「あれ、あ、ごめんね、デートの邪魔して。ほんと、挨拶したかっただけだし。あ、これ取ろうとしてるとこ? よかったらとろうか」
「え、あ、先輩、こういうの、得意なんですか?」
「もちろん。ちょうど裏返ってラベル見えるし、うん、いける」
「あ、じゃあ、お願いします」
私は何にも言ってないのに理沙ちゃんがそう言っちゃうから、社長さんが操作してしまう。そんな簡単に言うけど、難しいのに。と思いながらとりあえず見てると、クレーンの先っぽがラベルのわっか部分にするっと入り込んで当たり前のように持ち上げた。
「え? え?」
「ほらきた! はい、春ちゃん、どうぞ」
「ありがとうございます。よかったね、春ちゃん」
「……ありがとうございます」
嬉しそうにぬいぐるみを取り出した社長さんは私に笑顔で差し出してくれていて、善意で言ってくれてるのはわかる。そもそもデートの相談にのってたってことは、私と理沙ちゃんのこともわかってるし、別に邪魔しに来たとかじゃなくて、ほんとに心配とかで挨拶だけしにきただけなんだろう。
受け取ってお礼を言う私に、社長さんは苦笑してから理沙ちゃんの肩をぱんと叩いた。
「デートの邪魔してごめんね。じゃ、行くから。また連絡するねー」
「あ、はい。また」
社長さんはそうにこやかな笑顔のまま去って行った。う……私、実際に全然とれてなかったのをやってもらって、別に失礼なこと何にも言われてないのに、めちゃくちゃ失礼な態度してしまったよね。
「……あの、春ちゃん? もしかして、怒ってる?」
「……なんでそう思うの?」
「え、いや、その、先輩が現れてから、あからさまにその、顔が。……ご、ごめんね。でも、だって、その。春ちゃんの前で、最初くらい、格好つけたくて」
理沙ちゃんがそう低姿勢で謝るのを聞いて、何だか私は泣いちゃいそうになった。馬鹿。理沙ちゃんはほんとに馬鹿。大人の癖に。年上の癖に。格好つけたいってなに。
でも、もっと馬鹿なのは私だ。なんでこんなに、腹がたってるんだろう。なんでこんなに、むかむかしてるんだろう。苦しい。社長さんは悪くないし、理沙ちゃんだって、ちょっと相談しただけなのに。理沙ちゃんに私以外に話せる人がいるとか、まして相談するほど仲がいいとか、そんなの当たり前だ。大人なのに一人もいない方がおかしいくらいなんだ。なのに、がっかりしてる。理沙ちゃんが私だけじゃなかったことに、すごいショックで、残念で、そんな自分が恥ずかしい。
「……ほんとだよ、馬鹿。私は、理沙ちゃんに考えてほしかったよ。誰かじゃなくて、理沙ちゃんが」
「ご、ごめん」
「……今日はもう、帰ろっか」
「う、うん……」
私は理沙ちゃんにそんな文句でお茶を濁して、でもそれ以上何かを言うことができなくて、黙ってぬいぐるみを抱きしめたまま理沙ちゃんと家に帰った。
家に着いた理沙ちゃんはずっとちらちら私を見ていたのから、部屋着に着替えてソファに座ったのを切っ掛けにして、私に声をかけた。
「あの、春ちゃん。その、ほんとに、ごめんね。でも、あのね、だって、私、デートってしたことないし、一人で考えるより、先輩にアドバイスもらったほうが春ちゃんも喜んでくれるかと思って」
「……もう、いいよ。怒ってないから」
「ほ、ほんとに?」
本当だ。いや、嘘かも知れない。
理沙ちゃんのこと、好きだ。理沙ちゃんには私だけだと思ってた。それが嬉しかったし、だから理沙ちゃんの告白だって無下にできないと思ったし、恋人になった。でもその時は、恋愛のことなんて考えてなかった。
理沙ちゃんが私を好きだと言うのは気の迷いだし、いずれは別れることになるのはわかってる。だからこそ受け入れたくなかったし、だからこそ受け入れた。理沙ちゃんのことは好きだから、満足するまでは付き合ってあげようようと思った。それだけだった。
だけど、私も好きになってしまった。いやまあ、前から好きだったけどさ。そうじゃなくて、こう……うん。触られるとドキドキするし、理沙ちゃんに先輩って知り合いがいるのも、嫉妬しちゃったし。多分、そう言う恋愛の意味で好きになってしまってる。
「……ねぇ、理沙ちゃん。私の、どこが好きなの?」
「えっ、ど、どこって……」
「私が子供だから、ロリコンだから好きなの?」
「ちっ、違うよ。……その、可愛い、とか、しっかりしてて頼りになるとか、色々あるけど……やっぱり、春ちゃんだから、と言うか。全部、好き」
「……」
て、照れる。体が熱くなってしまう。
……全部とか、そんなの、なんていうか、常とう句だ。よくあるごまかしだ。そう思う。なのに、照れくさくて、嬉しいって思ってしまう。私の全部が好きなんて。
「あ、あのさ、理沙ちゃん、あの先輩と、仲、いいんだね」
「ん? まあ、よくしてもらってるよ。先輩のおかげで、就職も決まってるし。私……多分一人だと、就職難しかったと思うし。先輩のおかげで、自分の、得意なこととか、わかったし」
「ふーん」
「あれ、春ちゃん? やっぱり、怒ってる?」
理沙ちゃんは普通に、普通の人が仲のいい人を紹介するみたいに話してくれた。ただの先輩後輩じゃなくて、ちゃんと仲がいいんだ。わかっているのに複雑で、理沙ちゃんにそっけない態度をとってしまった。
理沙ちゃんも私の態度に感じるところがあったのか、顔色を変えた。怒っては、ない。あー、うん、怒ってるね。取り繕っても仕方ない。
だって、怒ってもいいところじゃない? 私たち、恋人でしょ? だったら、怒ってもいいはずだ。
「……あのね、理沙ちゃん。理沙ちゃんが、先輩と仲がいいのわかったし、私のことも言ってるなら、ほんとにフツーに仲がいいんだってわかるよ」
「え? うん?」
「でも……私といる時は、私を見てよ」
いつか理沙ちゃんは私に飽きてしまうだろう。私のことを本気でちゃんと好きになってくれる人なんていないんだから。いずれ目を覚まして、恋人なんかじゃいられない。
今だけなんだ。今だけ特別。理沙ちゃんの目が曇ってるから。でも先輩がいるみたいに、これからどんどん親しい人ができていってしまう。それまでの恋人ごっこなんだ。
だったらそれまでくらい、恋人として振る舞って、いいでしょ?
「理沙ちゃん、よそ見しちゃ駄目だよ。だって、私たち、恋人なんだから」
じっと目を見る。理沙ちゃんの目。分厚い眼鏡越しにも、気持ちが伝わるように。
理沙ちゃんは私の言葉に戸惑ったように視線を揺らし、それから目元を赤くしながらもじっと私を見つめ返した。
「……うん。私、春ちゃんしか、見ないから」
その理沙ちゃんの言葉に、私は、今だけでも好きな人を独占していることを実感して、すごく嬉しかった。
……今だけでもいい。今だけだから、理沙ちゃんと恋人でいよう。たくさん、恋人を堪能しよう。これが終わってしまったらもう二度と、手に入らないんだから。
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