デートの後で

 映画を見終わったら、時間はそろそろ4時過ぎだ。ちょっと疲れたけど、休憩より家に帰ってゆっくりしたかったからそのまま家に帰ってきた。


「ふー、ただいまー」


 理沙ちゃんが全部持ってくれると言ってくれたものの、さすがに大変そうなくらい買ってしまったし、申し訳ないから私も持てるだけは持った。それでも理沙ちゃんのは私より多かったし、ちょっと申し訳なかったかな。


「春ちゃん」


 そんなわけで疲れてくたくたで帰宅した。玄関をあけてすぐに荷物を置いて息をつきながら靴を脱ぐ私に、理沙ちゃんがそのとなりにさらに荷物を起きながら名前を呼んだ。


「ん? なに?」

「おかえりなさい。あと、ただいま」


 ほんのりとだけど微笑んで、そう理沙ちゃんはなんでもないように言った。


「うん……理沙ちゃんも、おかえりなさい」

「ん。荷物、とりあえず、ソファの脇におくね」

「うん。お願い」


 理沙ちゃんと暮らしはじめて、そろそろ2ヶ月。だけどまだ、おかえりなさいを言うのも、言われるのにもなれない。当たり前にちゃんとそう言ってくれるから、胸があたたかくなる。この家に、私はいてもいいんだって思えるから。

 理沙ちゃんのこう言う、なんでもないようなところでもちゃんと、私のことを受け入れて歓迎してくれてるように態度で示してくれるところ、好き。


 今日は荷物も多くて手を繋ぐなんて発想もなかったし、あんまりデートっぽくなかった気がする。多少緊張したり、どきっとしたこともあったけど、内容自体は普通に買い物して映画見ただけだもんね。

 今日いっぱい服買ったし、それを着る次のデートではもうちょっとデートっぽく、手、繋いであげてもいいかもね。


 片づけながらそんな風に思って、私は先に片づけて二人分のお茶を用意してソファに座っている理沙ちゃんの隣に座りながら声をかける。


「ねえ理沙ちゃん、今日はありがとうね」

「ん? えっと、どういたしまして? あー、うん。私も、ありがとう。今日、楽しかったよ」

「うん。今度、いつデートする?」

「え? こ、今度?」


 理沙ちゃんはきょとんとしたように首をかしげて私を見た。何気なく座ったけど、ちょっと距離が近かった気がしないでもない。首を傾げたことで、理沙ちゃんの顔がまあまあ近くて、眼鏡越しに普段あんまり見開かれない目がぱちぱちと瞬きしている。


「ん? うん。だって、服も買ったんだし」

「あー……か、考えておくね」

「あ、うん」


 いや、今日一日絶対そう言う流れだったよね? なんでそんな、ちょっと考えてなかったみたいな反応なの? 私の方がデートしたくてたまらないみたいじゃん。

 目をそらしながらされた返事が不満で、私は相槌をうちながらも理沙ちゃんの太ももを軽くたたいた。


「? は、春ちゃん?」

「なに?」

「……なんでもない」


 睨んでやると黙って机に出しっぱなしのノートパソコンを起動させたので、叩くのをやめてあげる。理沙ちゃんはほっとしたようにパソコンを抱えるようにして私から離れて座りなおした。

 むむむ。何も逃げなくてもいいのに。気に入らないけど、これ以上は難癖になってしまうのでそのままテレビをつけた。


 かちゃかちゃとノートパソコンを叩いている。ちょっと距離ができて角度が変わったことで、理沙ちゃんの眼鏡がパソコン画面を反射しているのが見える。

 またお仕事かな。何だか画面を隠されてるみたいでちょっとむっとしたけど、お仕事ならそう言うこともあるだろう。守秘義務ってやつで。いっつもは見えるけど何してるかわからないし。


 明日からまた学校だ。もうすぐ五月が終わる。そう言えば、六月は理沙ちゃんの誕生日だ。一か月くらいあるけど、なにか考えておかないと。理沙ちゃん、21才か。来年の3月の私の誕生日まで11才差になるのか。

 うーん、それ考えたらすごいな。私の倍よりさらに生きてるんだ。理沙ちゃんってそう思ったらそうとう生きてるんだなぁ。それ考えたら、ほんとに不器用だなぁ。


「ねぇ理沙ちゃん」

「ん? なに?」

「私のどこが好きなの?」

「んっ、ど、ど、どう、したの? 急に」

「まあ急だけどさ。理沙ちゃん大人でしょ? 私の倍以上生きてるでしょ? なのに私のこと対等な恋人にしたいって、なんか不思議だなって前から思ってたんだ」


 唐突な私の質問に、理沙ちゃんは目を泳がせて戸惑いながらも、いったんパソコンを閉じてから答えてくれる。


「……春ちゃんは、私のこと、馬鹿にしたりしないよね。私、うまくしゃべれなくても、春ちゃんは……ううん、違うね。うん。あのね……春ちゃんは、初めて会った時から、私にとって特別だったんだよ」

「一目惚れってこと?」

「まあ、そんな感じかな」

「……」


 最後は目をあわせて、ちょっと穏やかな顔つきで言ってくれたけど、ええ?

 いや、あのさぁ。一目惚れされて嬉しいって言うのはさ、同級生とか大人になってからの話じゃない? でもさ、私たち、従姉妹だし。最初に会ったのって私小学生になってなかったよね? えぇ……理沙ちゃんが大学生になってから、遊びに行かせてもらって仲良くなったけど、それまでは年に二回会うだけだったし、従姉妹としての付き合いだけだったと思うんだけど。

 うーん。普通に、理沙ちゃんロリコンの変態だったってことだよね。なんだろ、引くよね。


「理沙ちゃんがロリコンなのはわかったけど、じゃあ私が大人になったら特別じゃなくなるの?」

「え? な、なんでそうなるの? 春ちゃんは特別で、だから、年齢なんて関係ないってことなのに」

「えー、なんかいい話風にいうけどさぁ」


 年齢なんか関係ないって、それってなんか、理沙ちゃんの立場から言う? って感じだ。まー、ね? 嫌ってわけじゃないし、まあ理沙ちゃんだし? 悪い気分ではないけどさ。


 私がじっと黙ってると、理沙ちゃんは一度ひきつったように笑ってからパソコンに戻った。そうしてしばらくしてから手をとめて、理沙ちゃんは私を見た。

 その間ずっと理沙ちゃんを見ていたので、思わずドキッとする。


「あの、春ちゃん。次の日曜日、またデートしてくれる?」

「ん? い、いいけど、どうしたの? さっきはなんかすぐしたくないみたいな感じだったのに」

「そ、そういうわけじゃなくて。その、あくまで予定が分からなかったから、即答しなかっただけで。あの、デート、したいよ」

「い、いいけど……」


 さっきそっけなかったくせに、急に言うじゃん。理沙ちゃんの癖に……。嫌じゃないけどさ。デート。

 うーん、なんか、ちょっと違うかも。私ちょっと態度悪いよね。


「あの、日曜日、楽しみにしてるね」

「うん。あの、頑張るよ」


 ニコッと笑った理沙ちゃんに、なんか変に、ちょっとドキッとしてしまった。うぅ。やだな。このままだと私、理沙ちゃんに恋心抱いてしまいそう。そうなったら、どうせ別れるし、悲しくなっちゃうのに。はぁ。ほんと、理沙ちゃんなんで告白なんかするかなぁ。


 そうやって頭の中で文句を言いながらも、早くも次の日曜日が楽しみだなって私はちょっと機嫌がよくなってしまうのだった。








「春ちゃんってどんな人がタイプなの?」

「え?」


 小学校、クラスメイトとお昼休みに集まってだべっていると、急にそんな質問をされて私は目を丸くした。さっきまでドラマの主役してるジャニーズの吉丸君がカッコしいよねって話題だったのに、急に?


「どうしたの急に」

「えー、だって春ちゃんって、いっつも芸能人に対して淡白な感じだし。実際はどんな人が好みなのかなーって。気になるよね?」

「確かに気になるかな。春ちゃんっていっつもクールだしね」


 美香ちゃんと詩織ちゃんがそう言いながら持ってきていた雑誌から顔をあげて私を見た。ううん。困ったな。理沙ちゃんが恋人なんてことはもちろん言うべきじゃないし、かといってそれ以外の人ので好きなタイプって言われても。


「あんまり考えたことないなぁ。まあでも……年上、かな」


 あえて言うならやっぱり、年上で頼りになる方がいいに決まってる。私なんて力がない子供だからこそ、大人には多少憧れるよね。


「あとやっぱ、優しいほうがいいかな」

「春ちゃんっぽいけど、そうじゃなくてさぁ。もっとビジュアルの話だよ」

「そうそう。春ちゃんは真面目すぎ。こういう時の好みは、もっと馬鹿っぽくて、頭空っぽで楽しめる素敵な人がいいんだよ。芸能人とか」


 詩織ちゃんが笑顔でとんでもないことを言う。意図的に軽い会話してるのはわかってるけど、馬鹿っぽいまで言わなくてもいいのに。嘘をついてる訳でもないんだから。


「あー、私、芸能人にうといから、名前わからないし」

「ドラマのキャラで言ってくれてもいいよ? 私全チャンネル見てるから」

「すごすぎ。てかじゃあ、先に見本ちょうだいよ。二人の好きな芸能人は? アイドル系、いっつもどんどん別の人褒めてるじゃん」


 美香ちゃんは何の話題をふっても対応してくれるとは思ってたけど、まさかの全チャンネル視聴はやばいね。

 私が二人に振ると、二人ともにっと、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑って頬杖をついて身を乗り出した。


「いい人いっぱいいるけど、私の最推しは花園君かな」

「私は一番ならやっぱ神崎様」

「ん? 神崎様って去年医療ドラマででてた女の人?」

「そそ。カッコいいじゃない?」

「そうだけど、女の人でもよかったんだ」


 無意識に男の人で言うイメージでいた。確かに普段の芸能人トークでも、女の人も同じくらい話題にはしてたけど。好みのタイプって話題では異性なんだと思い込んでた。


「そりゃいいでしょ。今時異性しか駄目とか遅れてない?」

「もしかして春ちゃんとこ、ご両親年取ってるとか?」

「あー、まあそうかもね」


 多分年は変わらないけど、頭はかたかったのかもね。私が小学校に入るより前に法律は同性婚を認めてる。でも私はそんな発想はなかった。親とそんな会話にならなかったのもあるかもしれないね。

 まあどっちにしろ、私と結婚する人なんて、性別関係なくいないと思うけどね。


「うーん、誰でもいいなら、最近だとあの女優さん好きかも。今してるのだと、ほら、推理物のやつで助手してる」

「あ、南ちゃん? いいじゃん。可愛いし」

「春ちゃんはああいう知的可愛い系好きなんだね」

「あ、ていうかさ、この間会った春ちゃんの従姉妹そんな系じゃん? どうなの?」

「えっ、ぜ、全然違うと思うけど」


 あの女優さんはこう、もっとしっかりした仕事できる頼りになる系で、理沙ちゃんとは全然違うもっと強い感じだ。と思うんだけど。あー、でも言われたら眼鏡だし、髪の長さも同じくらいか。えー……えー。私、無意識に好みの女の人、理沙ちゃんにしてたの? やだ。私思い込み強すぎるって。

 昔から理沙ちゃん好きだったわけでもないのに。最近になって前より好きになってたはずなのに。前から出てたら見るかなって感じの女優さんに理沙ちゃんの影があるとか、話変わるじゃん。ハズ。


「そう? 似てない?」

「てかなに従姉妹ってー?」

「こないださぁ」


 うぅ。理沙ちゃんのこと、マジで好きになってるのはそろそろもう誤魔化せないかもだけど、かなり前からタイプとか、それ好きになったらもう戻れないやつじゃない?

 理沙ちゃんが正気に戻ってから私めっちゃ悲惨じゃん。つら。はぁ。


 私は二人が話してるのを横目に、こっそりため息をついた。もう。理沙ちゃんの馬鹿。

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