じっくりハイタッチ

「理沙ちゃん、今日まで全部頑張って食べたじゃない? ね、これも頑張ろ?」

「……だ、だって。これは、これはよくない? ピーマンなんて、滅多に出てこないでしょ?」

「出てくるでしょ。ゴーヤくらいならいいけど、ピーマンは食べられるようになろうよ。ていうか、なれたらゴーヤも美味しいんだけど」


 理沙ちゃんが頑張ってくれているけど、これがいつまで続くのかわからないのだから、早めに理沙ちゃんの好き嫌いをできるだけなくしたい。

 これは理沙ちゃんの将来の為でもあるし、何より私が、作る時にこれは理沙ちゃん苦手だから、とか考えるの面倒だからだ。作れる料理も減るし、入れるにしても小さくしたり癖が出ないようにとかするの普通に手間だし、私は何でも好きなので食べたい。なので克服してもらいたい。


 なので今日は思い切ってピーマン丸ごと調理してみた。理沙ちゃんは食べる前に見た目から拒否してしまうところがあるから、あえて見た目を残してみた。

 理沙ちゃんはそれを食卓に並べた時から目を見開き、信じられないとばかりに私を見たし、始まってからも当然の様に私を一切見ないようにしてピーマンを避けて食事をして終わらせようとした。


「……作ってくれてる春ちゃんには、私の好き嫌い、嫌に感じるのわかるよ。わかるけど……これはさすがに、ひどいんじゃないかな? 嫌がらせだよ」

「そんなことないって。小さく切って紛れ込ませたら食べられるんだから、見た目で嫌だって思い込んでるから食べられないの。だから、こうやって見た目そのままでも食べられるって思ったらこれからは普通に食べれる様になるって」

「……今まで、紛れ込ませてたの?」


 ショック、みたいな顔してるけど、本気で気付いてなかったのか。そりゃ、全く使わないって難しいし。炒飯にいれたミックスベジタブルの人参すらほじくる理沙ちゃんに気付かせずに食べさせた私ってよく考えたらすごいなって自画自賛する気持ちになってきた。


「春ちゃんは……嫌いな食べ物はないの?」

「一応あるよ。納豆もそんなに好きじゃないし、セロリもそのままは苦手かな。でも出されたら食べられるし、調理によっては美味しいよ。納豆パスタとか」

「……それは好き嫌いないんじゃ……あ、あの、春ちゃん……」

「なに?」


 お箸の先を取り皿にあててぐりぐりしながら、理沙ちゃんは私をじっと見て何か言いにくそうにしている。この期に及んで食べない言い訳をするのだろうか。

 今週は毎日一つずつ嫌いな食べ物をわざと出してきたし、付き合ってから半月で理沙ちゃんも私が理沙ちゃんの矯正をしようとしてるのはわかってるはずだ。そしてこれが集大成と言っていい。

 もちろんまだまだ理沙ちゃんの嫌いなものはあるけど、とりあえず私が料理に使えないとめんどくさくて、見た目で忌避しないように少しは耐性もつけられたはずだ。昨日なんて私が言う前に食べてたもんね。

 このまるごとピーマンを乗り越えたら、きっとこんなめんどくさいやり取りなくても自主的に頑張ってくれるはずだ。なんとしても食べさせる!


「その……た、食べる、よ? 食べるけど、その……食べたら、いつもより、褒めてほしい」

「いつもより? まあ、いいけど」


 いつも軽く頭を撫でて褒めてあげてるけど、それよりもっとってことは、こう、わしゃわしゃって撫でたらいいのかな?

 食べてくれるなら全然かまわない。席をたって理沙ちゃんの隣に立ち、両手をぐっと胸の前で握っていつでも褒めてあげられるようにして応援することにする。


「はい、頑張れ頑張れりーさーちゃん。負けるな負けるなりーさーちゃん」

「う、うん……ん! ……ん? あれ……思ったより、不味くない」


 思い切ったようにしながらちょっとだけかぶりついた理沙ちゃんは、ぱっと目を見開いてまじまじと噛み跡を見てそう呟いた。

 いや、そこは思ったより美味しい、と言ってほしいんだけど。そんな苦みを感じない調理だし、先入観なければ理沙ちゃんの子供舌だって普通に食べられるはずだ。


「でしょ? さ、もうちょっと食べてみて」

「うん……」


 種も全部丸ごと食べられるのに理沙ちゃんは驚いたのか、目を丸くしつつも理沙ちゃんはそのままもぐもぐと食べすすめ、一つ全部を食べきった。


「ごちそうさま」


 そしてちょっと照れくさそうにしながら理沙ちゃんはお箸をおいて私を見上げてそう言った。あの理沙ちゃんが自分からピーマンを食べて嫌な顔をせずに微笑んでくれたのだ。

 なんだか達成感と言うか、嬉しくってわくわくすると言うか、胸にきゅんっとしちゃう。何だか最近、理沙ちゃんが可愛いって思っちゃうんだよね。


「おめでとう理沙ちゃん! 頑張ったね!」


 だからその気持ちのままに理沙ちゃんの頭を抱きしめて、わしゃわしゃって髪をくしゃくしゃにする勢いで撫でて褒めてあげる。


「偉い、偉いねぇ! 見た目ピーマンそのままなのに食べられたね! もうこれからは見た目で食わず嫌いしなくて済むね!」

「ははは春ちゃん!」

「え? 何?」

「こ、ここ」

「?」


 理沙ちゃんが何やら挙動不審なので一旦抱きしめるのをやめて顔を見る。力を緩めた私の腕の中で理沙ちゃんは真っ赤になっていて、何故か左右を見回してから私をちらちら見て、口を開けたり閉めたりしている。


「どうしたの? いつも以上に挙動不審だけど」


 理沙ちゃんは人見知りでしょっちゅう挙動不審になる。でも私とは従姉妹だし、頻繁に遊ぶようになればなれてくれて、普通に普通の会話をする分には普通になってたのに。

 気まずそうな時や怒られそうな時とか、最近では告白の時はものすごいどもってたけど。


「は、春ちゃん、が、急に、だ、抱き着くから」

「抱き着くって。まあそうだけど、ちょっとハグしただけなのにそんな」


 そんな真っ赤になられたら、なんか、私まで照れてきてしまって私はさっと腕をはなして理沙ちゃんから一歩引いて距離をとる。

 確かに春ちゃんとはそんなスキンシップしてなかったっけ? 別に私も普段から友達とハグしまくってるってわけじゃないけど、なんか嬉しかったし、理沙ちゃん可愛いからなんとなくそんな気分だっただけど。

 恋人だからとか、そう言う感じではないんだけど。へ、変な空気やめやめ。


「て、言うか。いつもより褒めてってこう言う感じじゃないの? どういうのがよかったの?」

「わ、私は、その……ハイタッチを、もっと、じっくり、したいなと思って」

「ハイタッチを、はあ。まあ、いいけど」


 じっくりしたらハイタッチではないと思うんだけど、とりあえず私と手を合わせて、手を繋ぐ前段階みたいなことがしたいってことかな?

 別に手を繋ぐくらいはいいけどあんまりすぐ繋ぐのはあれだと思ってたし、手を合わせるくらいならちょうどいいのかな? 少なくとも今からハグしてって言われるよりはいいかも。さっきは何にも気にしてなかったけど、理沙ちゃんがこんな反応するならもう無理だし。


「じゃあ、どうぞ」


 私は右手を理沙ちゃんに向けた。手のひらを広げてちょっと待つ。理沙ちゃんは自分の胸に手を当ててちょっと呼吸して、真っ赤だった顔の赤みをひかせてからじっと私を見る。

 さっきまでどこを見てるのかわからないくらい目が泳いでいたのに。じっと私を見上げる理沙ちゃん。いつも下から見てるから、何だか変な感じだ。


「じゃあ……」


 理沙ちゃんは真剣な顔のまま私と手を重ねた。少し冷たい理沙ちゃんの手は、相変わらず白くて綺麗で大きな手だ。


「あ……」

「……」


 理沙ちゃんの手が上下に、擦りつけるように動いたから思わず声が出てしまった。そんな私に構わず、理沙ちゃんは指先を手首近くまで下げ、そしてあがっていく。

 くすぐったくてなんだかぞくぞくしてしまう。でもピーマンを食べたご褒美に手を触らせてるわけだし、笑い出しちゃうほどじゃないから我慢しよう。

 足のつま先をあわせたり左手を後ろに回して背中を手の甲で撫でて、右手の感覚を誤魔化す。


「春ちゃん……、手、小さくて可愛いね」

「理沙ちゃんに比べたらそりゃあ、そうだよ。私まだ、子供だし」

「うん……」


 理沙ちゃんは何が楽しいのか、嬉しそうに微笑んで私の手を熱心に撫で、先端まで行くと今度はそっと指先を包むように握った。理沙ちゃんの親指の付け根に小指があたっていて、理沙ちゃんの親指の動きがよく伝わってくる。もぞもぞと揉むように、中指と薬指の第一関節をひっかけるように、これは、何をされているんだろう。


「……」


 別に、変なことは、まあ意味わからないし、普通にめっちゃ変なんだけど、別に、いやらしいことではない。手相でも見られてるとか、マッサージされてると思えば別にって感じだ。

 でもなんか、理沙ちゃんがちょっと顔を赤くしてるのとか、目が真剣でじっと私のこと見てるとことか、なんか……なんか、変な感じ。


 今更だけど理沙ちゃん、本気で私のこと好きなんだよね……。私なんて、子供なのに。理沙ちゃんみたいな大人が好きになるとか、ほんとに変わってるよね。私なんか……親だって、いらないって言ってるのに。そんな私を、一番だって求めてくれるんだから。

 私にとっても、理沙ちゃんは特別だ。血縁関係で、従姉妹で、それだけじゃない。


 私がいつ訪ねたって、絶対嫌な顔をしなかった。忙しい中おしかけても、ずっと家に居座っても、距離をとられたことはない。例えばお昼寝して起きて、はっと私に気付いた理沙ちゃんはまだいたの、なんて絶対表情にださなかった。それどころか、まだいてくれたのかって、いつも嬉しそうにしてくれた。

 そんな理沙ちゃんだから、私がどこかに行かなくちゃいけなくなった時、理沙ちゃんに誘ってほしかったし、誘ってくれて迷わずにうんって頷けた。


 理沙ちゃんなら私だって役に立てるから気を使わなくていいし、理沙ちゃんなら何があっても私を邪魔者扱いしないって信じられたから。

 理沙ちゃんのことは、私だって大好きだ。そんなの当たり前じゃん。でも、どうして恋なんてするの? そんなの、困るよ。理沙ちゃんは私の大事な家族だったのに。


 どうしたらいいのか、わからない。恋なんてわからないし、恋なんて、あやふやだよ。どうして家族じゃ駄目なの。一緒に住んで、これからもっと仲良くなれると思ってたしなりたかった。でもそれは恋人としてじゃなかったのに。

 怖い。こんなに熱心に私を見つめる理沙ちゃんに、恐くなる。今までずっと優しかった理沙ちゃん、それも全部、私に恋をしていたからなのかな?


 だとしたら、この恋が終わったら、ただの従姉妹になったら、どうなってしまうのだろう。


「……理沙ちゃん、くすぐったいよ。もう、いいでしょ?」

「! う、うん……。ごめん、ちょっと、夢中になってた。その、春ちゃんの手、可愛い、ね?」

「……ありがと。その、理沙ちゃんの手は、綺麗だよ」

「ひっ、あ、ありがと、へへ」


 ううん、大丈夫。だって理沙ちゃん、こんなに気持ち悪いんだもん。だからきっと、恋じゃなくたって従姉妹で唯一の友達の私は、理沙ちゃんにとって一番に決まってる。理沙ちゃんには他に友達だっていないんだし、家族としてだって理沙ちゃんの態度も関係も変わらないはずだ。

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