ハイタッチ
理沙ちゃんの告白を受けて恋人になって、理沙ちゃんが半泣きになりながらも好き嫌いを克服? してくれるようになってから五日が経過した。やっと週末だ。
土曜日はいつも買い出しだ。理沙ちゃんが荷物持ちをしてくれる。トイレットペーパーとかは宅配で届くし、私と暮らすようになってからお米とか重いのも頼んでくれるけど、食料はちゃんと見て選びたいもんね。
「ねぇ理沙ちゃん、今日は何食べたい?」
「……なんでも」
「なんでもいいは禁止ね」
「……ハンバーグ」
「いいけどさぁ」
毎週こうして買い出しの度にリクエストを聞いているけど、これで五回目、つまり毎回ハンバーグだ。仕方ないから毎週味を変えてるけど、そろそろめんどくさい。そもそもハンバーグ自体、手でこねるからちょっとめんどくさいんだよね。
「あ、あ、だ、駄目だった?」
「駄目じゃないけど、好きだよね」
「あの、簡単なの、選んだつもりなんだけど」
「あ、そう言うことなの? 好きだからとかじゃなくて?」
「好き、なのも、あるけど」
好きなのと私の負担を考えて言ってくれてたらしい。うん、まあ、もっとめんどくさいのも確かにあるけどね。でも私自身が食べたいと思ったら色々作ったりしてたし、そんな気を使わなくても。私もそこまで理沙ちゃんが好きならと思って作ってたけど、お休みの日くらいもっと時間かかるのでもいいと思ってたし。
「もっと色んなの言ってくれていいよ」
「う、うん……あの、でも、その、私、春ちゃんのつくるハンバーグ、好きだよ」
「……ふーん」
たどたどしく視線を泳がせながら言われた。別にこんなので照れる必要ないと思うけど、まあ、悪い気はしない。
仕方ないから今日のところはまたハンバーグにしておいてあげよう。でも次からは月に二回に減らそう。
買い物をするのにお店に入ると理沙ちゃんは率先してカートをとってくれて、ちょっとどや顔をしている。いつものことだけど、こういうちょっとしたお手伝いアピールがちょっとうざいよね。荷物持ち自体は助かるんだけどさ。
まずは入り口の野菜から。人参と、玉ねぎ多めに、先週はキャベツだったし、レタスにしようかな。
「……」
人参をとる時にちょっと嫌そうな顔をした理沙ちゃんだけど、前にいらないとか言われた時に怒ったから、買い物の中身に口を出してくることはなくなった。どうせ残してたのに何で文句言うかな。まあ、だから勿体ないと思ってたのかな?
お肉も買って、と。そろそろ魚も食べたいな。前にサバの味噌煮した時は嫌がられてまるまる食べないから喧嘩したけど、今はどうだろう。今週いっぱい、野菜は食べてくれてるけど。魚はどうだろう。
そもそも理沙ちゃん、好き嫌い多すぎるんだよね。お刺身と焼き魚はいいのに煮魚は駄目って。一番最初に魚食べれる? って聞いた時にそれ言っておいて欲しいよね。
まあ、今日はハンバーグだし、また買いにこよう。生ものだしね。一日くらいなら大丈夫だろうけど、冷蔵庫の中が生臭くなっちゃうしね。
買い物を終えてお店を出る。
「春ちゃん。コンビニ、寄らない?」
「えー、またぁ?」
「あの、アイス、買おうよ。ほら、今日とか、結構暑い、し」
「スーパーで言ってくれたらいいのに」
私の分の生活費が振り込まれているらしいけど私が出してる訳じゃないし、これで理沙ちゃんはバイトでお金も結構稼いでるらしいけど、でも、コンビニの方が割高だしそんな無駄遣いしなくていいのに。
十分に生活費はもらってるし、無理しなくてもちょっとずつ貯金できるくらいだけど、やっぱり買い物してると小さい出費が気になるんだよね。
「あの、コンビニ、限定のやつ、新しく出るから。あの、春ちゃん、イチゴ味、好きでしょ?」
「……しょうがないなぁ、もう」
こういうこと言ってくれるから、ちょっとめんどくさい我儘な理沙ちゃんだけど、憎めないんだよね。
コンビニでアイスを買う。理沙ちゃんが、お菓子だから出すと言って自分用の財布から出してくれた。ちょっと嬉しいけど、さっきちょっと不機嫌にスーパーで言ってって言っちゃったから、ちょっともやもやする。
「溶けちゃう前に、早く帰ろっか」
「うん」
「あれ、春ちゃん? 家こっち方面だっけ?」
「あ、美香ちゃん」
コンビニを出るところで、ちょうど同級生の美香ちゃんが入ってきた。私は面倒だったから名字も変えてないし、学校の友達にも言ってなかったので、ちょっと慌てた。
「えっと、ちょっとね。あの、このお姉ちゃん、従姉妹なんだけど、この近くに住んでるから」
「そうなんだ。へー……どうも、こんにちわ」
「……こんにちは」
美香ちゃんの挨拶に、理沙ちゃんは固い顔のままそう返すと、さっと入り口脇に移動してちょっと距離をとった。あ、入り口だと邪魔だよね。
二人で慌てて同じ方向に移動する。理沙ちゃんはさらにちょっと引いたので、避けられてる感ある。
「えっと、まあそんな感じだから、ちょくちょくこっち出没するんだ」
「そうなんだ。ふーん。なんかちょっと、かっこいい感じのお姉さんだね。大学生なの?」
「え!? う、うんまあ、大学生だけど」
か、かっこいい? え? お世辞にしては、こそっとした感じで言ったし、お世辞にしてもカッコいいって。
ちらっと理沙ちゃんを見る。じっと黙って、買い物袋を両手に持って立ってるだけだ。こっちを見もしないのは目が合わないようにしてるんだろう。
最近は私がいつも結んであげてるから髪は後ろ結びでしゅっとはしてる。背は結構あるしやせ形だから、いつものシンプルなシャツとジーンズでもまあ、別に見た目が悪くはない。でも丸眼鏡……も、別にそれ自体は悪くないか。こうして離れてみると意外と、見た目は悪くない?
「へー。従姉妹と仲いいのいいなぁ。私のとこ、すごい遠くに住んでるから」
「まあ、近所なのはいいよ」
おかげで引っ越さずにすんだし。
「あ、そう言えばさ。あ、ごめん。アイス持ってるね。ごめん。溶けるよね。じゃあまた学校でね」
「あ、うん。全然。じゃあね」
美香ちゃんと軽くハイタッチして別れる。美香ちゃんがコンビニに入るのをバイバイで見送ってから理沙ちゃんに近寄る。
「ごめん、お待たせ。早く帰ろう」
「う、うん……」
知らない人とあったからなのかな? なんだか理沙ちゃんがいつも以上に挙動不審だ。でも美香ちゃんに一言とは言え挨拶してくれて、いつもほどみっともなくおどおどした感じは見せなかったし、及第点だと思う。
「理沙ちゃん」
「あ、な、なに?」
「さっきは美香ちゃんに挨拶してくれてありがとう。頑張ったね」
「……う、うん」
褒めてあげると嬉しそうにしたけど、まだ何か言いたげだ。頭も撫でてほしいのかな? この間から、嫌いなもの食べた時にしてて喜んでたし。でも外だと変に思われるし、高いから家に帰ってからしよう。
とにかく家に帰って、荷物を出しながらアイスを食べることにする。
「あ、やば。ちょっと溶けかけてる。ん! 美味しい。この感じ好き。理沙ちゃん、ありがとね」
「ん……どういたしまして」
理沙ちゃんは照れているのか自分もアイスを食べながら、エコバックからものを出してキッチンシンクに並べている。冷蔵庫に無造作に入れられると、どこにあるかわかりにくいし、目線の位置もあるから困るんだよね。私もそれを冷蔵庫に入れていく。
時間はお昼過ぎくらいだけど、アイスを食べ終わるまで少し休憩しよう。残り半分のアイスを食べながら、ソファに並んで座る。
「ふぅ。お疲れ、理沙ちゃん。ちょっと休憩してからお昼作るね」
「疲れてるなら、無理につくらなくても。別に、たまには出前とか」
「理沙ちゃんさぁ……お金持ちなのはわかったけど、そんな無駄に贅沢しなくていいでしょ」
「む、無駄って……春ちゃんがいいなら、いいけど」
あ、ちょっと落ち込んでしまった。別にそんな責めるつもりはなくて、普通に金銭感覚の違いにちょっと呆れただけなんだけど。
アイスを食べ終わって串をがじがじ噛んでる理沙ちゃんは私をちらちら見ている。まるで悪さをした子犬が飼い主の様子をうかがっているようだ。
「えっと、そうそう。理沙ちゃん、さっき美香ちゃんに挨拶してくれた時だけど、どもらなかったし、必要以上におどおどしなかったし、かといって無視しなかったし、ほんとに偉かったよ。よしよししてあげるね」
「あ……う、うん。その、春ちゃんの友達だし。あのくらいなら」
頭を撫でて褒めると、理沙ちゃんはそう何でもないみたいに見栄を張りながらも嬉しそうに笑った。簡単にご機嫌になってくれるのも助かる。
「……あの、春ちゃん。さっき、お友達と、その……」
「うん? ああ、離婚のことなら言ってないし、引っ越したことも内緒にしてるんだ。色々めんどくさいからね。もしかして嫌な気持ちになった?」
考えたら理沙ちゃんからしたら仮にも居候させてあげてるわけだし、世話になってるのにそんなことないみたいにされたら嫌かも? うーん、でも正直、どっちかと言えば私がお世話してると思うんだけど。まあ、金銭的にはね、事実だしね。
気まずそうに言おうとする理沙ちゃんに首をかしげながら尋ねると、理沙ちゃんは慌てたように手を振る。
「ち、ちち、ち、違って、あの……こ、こう、してたよね?」
理沙ちゃんはそう言いながら自分の両手をぱんぱんと合わせて拍手した。
え? 美香ちゃんと拍手ってなに……あ! わかった。ハイタッチのことか。
「挨拶ハイタッチね。したけど、なんか変だった? 今流行ってるんだけど、理沙ちゃんが小学生の時とか友達としなかったの?」
「……友達、いないから」
「それは知ってるけど……え? ちょっと待って。もしかして、小学校の時もずっといないってこと? 大学生の今新しくできてないとか、前の友達と疎遠になったとかじゃなくて、ずっと一回もいないってこと?」
「え……うん……」
「えぇ……」
そんなこと、あるの? おんなじクラスで隣の席の子とか、同じ班とか、大人しい子でもいくらでも友達つくるきっかけあるよね? 一人も一回もいないとか、ある? 今まで何してたの?
普通にひいてしまった。いや確かにね、仲良しの友達はいないって聞いてたけど。でもそこまで仲のいい親友とかいないとして、普通の友達もいなかったの?
「……あー、まあ、まあほら、理沙ちゃんだしね。大丈夫大丈夫。今は私がいるじゃん」
従姉妹とは言え、友達だからさ。これからは友達0人じゃな………いや? 付き合っているなら、友達じゃないから0人に戻ったんじゃ? ……ううん。まあ、いいか。どっちでも変わんないし。
ごにょごにょと言葉をにごして誤魔化す私に、理沙ちゃんは特に不審には思わなかったようで特に突っ込まずにもじもじしながらそっと自分の左手を自分でつかんだ。
「う、うん……あの、あの、そう言うことじゃなくて、その……私も、したいなって」
「え? ああ、なるほど。そゆこと。うん。いいよ。はい、たーっち」
なるほど。ハイタッチしたかったのね。よかった。全然深い話じゃなかった。私は右手を胸まであげて広げて掛け声をかけた。
理沙ちゃんはおずおずと左手を持ち上げ、ゆっくりと近づけてきた。
「……」
ぽん、と手が重なった。理沙ちゃんの手、大きいな。指も長い。意外と女の人にしてはしっかりしてるんだ。顔を見ると、なにやら口を半開きにして、びっくりしてる顔なのかな? よくわかんないな。じっと私を見ている。
「……」
確かに、改めて正面から見ると、別に、悪い顔はしてないって言うか。どちらかと言えば整ってる顔なのか。おどおどしたり俯いたり、私相手でもあんまり目を合わそうとしないから、私の方からもあんまりじっと顔を見ないようにしていたけど。
……なんか、別に、手を合わせるって言っても、ほんとかるーく触れてるだけだし、なんてことない。普通にハイタッチなら見知らぬ人とでもできるくらいだし、理沙ちゃんとなら手を繋いでもなんとも思わないはずだ。なのに、なんか、私まで変に緊張してきちゃいそうだ。
「……あの、な、長くない?」
「あっ、あ、ご、ごめ、あ、汗、汗、ついた?」
タッチにしたら長い重ね合いに、思わず突っ込むと飛び跳ねるように理沙ちゃんは万歳して手をあげた。見るからにおびえた顔になったけど、いや、そんなおびえなくても。
「あの、そこまで。いや別に、汗は大丈夫。そんな汗つくほど密着してないし。ただ、ハイタッチではないから。ほら、手、おろして、ひろげて」
「う、うん」
戸惑いながらあげた両手を胸の前まで下げて、まるで犯人が手をあげてるかのような状態だ。ちょっとだけ笑って、その両手にぱんっと手を軽くはたくように合わせた。
「はい。これがハイタッチだよ。このくらいならいつでもしてあげるから、そんなビビらないでよ」
「う……うん。ありがとう、春ちゃん。……ふひひ」
ついに理沙ちゃんは笑顔になって笑い声をもらした。滅多に笑わない理沙ちゃんは基本的に声をひそめるように笑うので、変に声が漏れたような感じでちょっと気持ち悪い笑い方なんだよね。本人自覚してるけどもう癖になって治らないらしい。滅多に笑わないからいいけどね。
にしても、手を繋ぎたいって言ってただけあって、ハイタッチですらそんなに嬉しいのか。なんかちょっと、可哀想って言うか、可愛いって言うか。子供みたいだよね。どっちが年下なんだか。
まあ、恋人ごっこをしているうちに、ちょっとは理沙ちゃんも成長してくれるでしょ。
じっと目をあわせて手を重ねるから、なんか変な感じにドキッとしてきちゃいそうだったけど、普通にハイタッチならなんてことないしね。うん。
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