だって、好きになっちゃったんだもん
川木
告白
告白
小学生は子供だ。だけど子供だからって、なんにもわかってない赤ん坊と同じように一律で扱うのはどうかと思う。
とっくに掛け算を卒業して、色んなことを習っている。もちろん中学生でならうようなXやYはわからないけど、でもそれをつかった公式をどれだけ大人がみんな覚えてて日常的に使ってるって言うのか。
もちろん知識の差は大きいと思う。だけど少なくとも小学生だって物を覚えて考えていく力は大人に負けてしまうものじゃないと、私は思う。
子供だからわからないって最初からのけ者にしたりするのは違うって思う。でもそれは、あくまで子供として手を引かれなきゃ歩けないような赤ん坊も小学生もひとくくりにしないでって意味であって、けして、大人扱いしてほしいってわけじゃない。
子供なのはわかってるし、区別だって必要で、色んな力がなくて対等ではない。ただ気持ちや心は同じで、同じように考えるくらいできるってことが言いたいだけなんだ。
だから、あの、大人が私のような小学生を好きだって言うのは、また全然違う話だと思うんだ。
「だ、だって、だってぇ……す、好きになっちゃったんだもん」
「もん、って……あのさぁ、理沙ちゃん。理沙ちゃんは大人なんだし、頭もいいんだから、もうちょっと考えて話そうよ」
「うぅ……は、春ちゃん以外には、考えてるもん」
いや、私にももっと考えてほしい。
私、鈴木春(すずきはる)と、目の前の大学生、鈴木理沙(すずきりさ)ちゃんは従姉妹だ。大学生になる時に近所にこしてきた理沙ちゃんの家に遊びに行くようになった私は、両親の離婚に伴い引っ越したくなかったし、唯一近所の理沙ちゃんの家にお邪魔することになった。
それはとても助かっているし、前からお母さんより理沙ちゃんのお母さん、美砂子おばさんの方が好きだったし、理沙ちゃんとの生活は問題ない。家事が苦手で色々どんくさくて上手くお話しできなくて手がかかるけど、悪い子じゃないし、元々家でも家事は自分でしていたから、お料理を食べて喜んでくれるし、お小遣いもくれるから悪い気はしない。理沙ちゃんのことは私も好きだ。
理沙ちゃんが良いって言ってくれるならこのままずっと、せめて高校卒業まで暮らせたらと思ってた。
思ってたけど、何で告白なんかするかなぁ。そんなこと言われて、居候させてもらってる私が断りにくいとか、考えないんだよねぇ。言いたくなっちゃったから言ったんだろなぁ。
「理沙ちゃん、私まだ小学生なんだよ? 小学生に手をだしたら犯罪なんだよ?」
「て……て!? そそ、そ、そん、そんなの、か、考えてないよ!」
「うーん? じゃあなんで、もう一緒に住んでて家族みたいなのに、わざわざ告白してきたの?」
「そ、それはその、は、春ちゃんと離れたくないし、ずっと一緒にいてほしいし、他の誰かと、その、恋人になってほしくない、から」
「少なくとも私、高校卒業まではここにいたいし、それまでは恋愛なんてしないつもりだったけど。その場合、高校卒業までは安心して今まで通りの従姉妹で家族の関係でいいの?」
「……て、手、とか、つ、繋ぎたい、かも」
あぁ、じゃあ本気で、ただ私をよそに行かせたくないだけじゃなくて、恋人にしたいって気持ちではあるんだ? こ、困った。
そもそも、好かれている自覚はあった。理沙ちゃんは駄目な子だ。お勉強はできるし、それで評価はされてるみたいで、まだ三年生なのに就職先ももう決まってるってすごいことなんだと思う。でも自分から人に話しかけるってことが全然できない。お店で注文するのに手もあげられない人なんて初めて見た。どんくさくて、何もないところで転ぶし、忘れっぽくて食事すら忘れてたりするし、いい加減でゴミもすぐ散らかすし。
そんな感じなので、今まで仲のいいお友達はいなかったそうで、私と一緒に住む前から、私が遊びに行くのをいつでも大歓迎してくれて、お友達としてすごい好かれていると思っていた。
でもこう、まさか告白されるとは。こういうの、依存とか、そう言う勘違いだと思うんだけどなぁ。だって、理沙ちゃんは他に友達もいないし、できたこともないんだから。
だけどそれをわからせるのって難しい。こんなでも理沙ちゃんは大人なのだし、説得するなんて。そもそも、私のこと好きって言うのは勘違いだよ、なんてちょっとひどいこと、私には言えない。お世話になってるし、逆に言い負かされるかもしれない。
かといって、普通にふってしまって委縮されたり、変に気を使われても困る。私だって理沙ちゃんは好きだ。一生仲の良い関係でいられたらって、家族みたいでいられたらいいって思ってた。でも恋とかそんなの、考えたことはない。うーん……。よし、こうしよう。
「わかったよ、理沙ちゃん。じゃあ、付き合おうか」
「えっ、ほ、ほ、ほん、ほんとに? ほんとに、いいの?」
いいも何も、それしか選択肢ないんだよね。あーあ、もう、嬉しそうな顔して。
「ただし、さっきも言ったけど小学生に手を出したら駄目なんだから、私の言うことはちゃんと聞いてよね。駄目って言ったら駄目なんだから」
「わ、わか、わかってる、よ。そ、そんなの、全然、考えて、な、ない、し」
理沙ちゃんは慌てたようにおどおどと視線をさまよわせながら、ちょっと俯いてそう頷いた。でもその、ちらちら私を見る感じ、私が言ったことで逆にちょっと変なこと意識してる感じもするなぁ。よし、先にどこまでかは言っておこう。
「そのうち、手を繋ぐのは検討するから。とりあえず、恋人ね」
「う、うん!」
途端に理沙ちゃんはめちゃくちゃ嬉しそうな、滅多に見ない満面の笑顔になってぶんぶん頭をふるようにうなずいた。
まあ、仕方ない。とりあえず理沙ちゃんが満足するまで恋人ごっこをしてあげて、勘違いに自分で気づくまで頑張ってもらおう。恋人としてちゃんとしてって言えば理沙ちゃんの矯正もできるかもだし、それに、まあ、こんなに喜んでるんだから、悪いことばっかりじゃないでしょ。
こうして私は理沙ちゃんと恋人になった。
その日、一応私はドキドキしていた。ヘタレでダメダメな理沙ちゃんだから何にもないとは思っていたけど、一応ね、恋人をOKしてしまったので。ちょっとだけ警戒していた。
だけど当たり前だけど何にもなくて、いつもより距離が近いってことすらなくて、ただいつもより笑顔が増えてるかなってくらいだ。
「じゃあ、おやすみなさい、理沙ちゃん」
「う、うん。おやすみなさい、春ちゃん」
何事もなくいつも通り過ごし、夜になった。
理沙ちゃんの家は寝室とリビング兼キッチンの二部屋ある。私と住むようになってからは大きい寝室を二つに区切る形で私のスペースもつくってくれてる。前の家では一応自室があったとは言え、さすがに居候の身で自室まで求める気はない。元が広かったとは言え、半分もらったので一部屋としては狭いけど、収納付きベッドと勉強机、タンスもひとつ置けてるし十分だ。
理沙ちゃんの方のスペースは元のベッドが大きいので結構狭くて、ちょっと申し訳ないくらいだ。元々寝室は寝るだけで気にしてないって言ってくれてるけどね。
一応、私が中学生になるまでには引っ越すって言ってくれてるけど、私の方は急がなくていいよと言っているし、私がこの家に住んでまだ一か月少々。全然引っ越しの目処はたっていない。
とにかくそんなわけで、私と理沙ちゃんは部屋の真ん中にパーテーションがあるだけで同じ部屋で寝ている。
「……」
「……、……」
それぞれの布団に入って、ちょっとだけね、緊張した。でもすぐ、いつも通り理沙ちゃんの寝息が聞こえてきてほっとする。理沙ちゃんは基本的に毎日11時に寝る。朝は私が起こすまで寝てるので寝すぎだけど、とにかく先に寝てくれてほっとした。
理沙ちゃんなんかに、変なことなんてできるはずない。そんな気もないだろうし、勇気もないし、度胸もない。仮に血迷っても、私がやめてって言えばやめるだろう。
わかってるのに、ちょっと緊張して、馬鹿みたい。なんか、逆に期待したみたいになって恥ずかしい。私は頭から布団をかぶって寝た。
翌日、目を覚ました。いつも通り身支度を整えて朝ごはんと理沙ちゃんのお昼のお弁当を用意をする。今日は月曜日で、また一週間が始まる。
よし、と気合を入れていく。理沙ちゃんのお弁当はなくてもいいのだけど、ないとしょっちゅう抜いてしまうので作るようにしている。
と言ってもさすがにあんまり凝ったことはできないし、お箸をつかうのは面倒がるだろうから、おにぎりだったりサンドイッチだけだ。
「よし。お、っと」
お弁当箱を閉めて時計を見ると、そろそろ起こす時間だ。ノックして目覚まし音をたててからドアを開けて顔だけいれる。
「理沙ちゃーん、朝だよー」
「んー」
「ほら、早く起きて。てかいつも寝すぎでしょ。もう七時半だよ」
「う、うん、わかってる……」
理沙ちゃんはもぞもぞしながらスマホを手に起き上がる。それを確認してからドアを閉める。あんまり寝室にご飯の匂い入れたくないんだよね。
声をかけたので、朝ごはんの仕上げをする。ご飯、おかずのハムと目玉焼き、お味噌汁をテーブルに運ぶ。残った冷ご飯は晩御飯にするので丼茶碗にまとめていれてラップをし、フライパンと炊飯釜を軽く洗って食器洗浄機にかける。理沙ちゃんの家は最新家電があるので、とても助かる。
蓋をしめてスイッチを入れたところで、顔を洗い終わった理沙ちゃんが席に着いた。冷蔵庫からペットボトルの水をだして私も席に着く。
「おはよう、理沙ちゃん」
「おはよう……いただきます」
「うん。いただきます」
理沙ちゃんは手を合わせてもごもごと挨拶してからお箸を手に取る。以前は朝食を食べる習慣のなかったらしい理沙ちゃんだけど、最近は普通に食べてくれるようになった。いい傾向だ。
「ん、ご、ごめん」
「いいからいいから。食べ終わってから拭くから」
「う、うん……」
理沙ちゃんは目玉焼きにケチャップ派だ。それはどうでもいいんだけど、勢い余ってお皿からこぼしている。どうせこの後、半熟の黄身をこぼすなりするだろうからスルーする。
「あの、ご馳走様。その、今日も、ありがとぅ」
「お粗末様、どういたしま、あ!」
「! な、な、なに?」
「お味噌汁のお椀見せて」
「……はい」
食べ終わった理沙ちゃんはいつになく素早い動きでお茶碗を下げようと立ち上がったので覗き込むと、ちらっと見えてしまったので手を出してお椀を要求する。渋々差し出された理沙ちゃんのお椀に残った茄子の残骸。
じろっとにらむと、理沙ちゃんは気まずそうに浮かした腰をまた下ろして、膝に手を乗せて俯いた。
「なんで? 茄子は食べられたでしょ?」
「あの、お味噌汁に入ってるのは、なんか、くにゅっとして苦手」
「もー、勿体ないでしょ。三欠片くらい食べてってば」
「だって……苦手なんだもん。栄養素は、とれてるし。その」
「……」
理沙ちゃんはもじもじと小さく体を揺らしながら、ちらちら私を見ながらそう言い訳する。そんなに気まずそうにして、作った私に申し訳ないと思ってるくせに、理沙ちゃんは嫌なことはしないので絶対食べないのだ。
ていうか、理沙ちゃんが好き嫌い多いのはわかってるし、別にいいって言われてるのを無理につくってるし、前は全部既製品だった理沙ちゃんからしたら余計なお世話と思ってるのかもしれない。でも、折角つくってるのに。だいたい、私のこと好きって言ったくせにそう言うのは平気でするっておかしくない?
「あーあ、理沙ちゃんは、恋人の手料理も食べてくれないんだ。がっかりだなぁ」
「!? え、あ、そ、そんなつもりじゃ。だ、だって、その、お、美味しいけど、これはその、別って言うか」
いつも最終的にはふてくされたようにしながら、食べないもん、と石のように固まって食べずに時間がすぎるのを待つ理沙ちゃんだけど、私のいつもと違う切り口に驚いたようで慌てたように顔をあげた。
そして宙に手をさまよわせてあわあわとしている。腹立ちまじりに言っただけなのだけど、思ったより動揺してる。もしかして、これは効くのでは?
私はちょっとわざとらしいくらい肩を落として見せる。
「頑張ってつくった手料理を残すなんて……理沙ちゃんのこと、嫌いになっちゃうなぁ」
「えっ、う、ううぅ……た、食べる。食べるから」
「ほんと?」
「う、うん……」
理沙ちゃんは嫌そうな顔をしながらも私を見て、しぶしぶお箸をとってお椀を持ち、茄子を口に流しこんだ。
「う……た、食べたよ」
そして勢いよく水を飲んだ。ちょっと泣きそうな顔でちょっと舌をだして食べたことをアピールしてきた。
「うん! よくできました! 頑張ったね、理沙ちゃん。偉い偉い」
ずっと偏食で、いつもしょんぼりしつつも絶対残すのをやめなくて、仕方ないから合わせて理沙ちゃんが嫌いなのは入れないようにしていたけど、まさかこんなことで食べてくれるなんて!
なんだかちょっと感動してしまうくらい嬉しくって、私は立ち上がってテーブルに手をつき、よしよしと理沙ちゃんの頭を撫でて褒めてあげた。
きょとんとした理沙ちゃんはゆっくりと笑顔になった。ぼさぼさの頭で、大きな丸眼鏡ごしに目がきらきらしだす。
「う、う、うん……が、頑張った。え、偉い?」
「偉い偉い」
「き、き、き、嫌い、に、な、ならない?」
「ならないよ。頑張ったもんね」
「う、うん!」
理沙ちゃんは嬉しそうで、私もやっぱり最近なれてきたとは言っても人の為に料理するのは理沙ちゃんが初めてだし、残されると悲しかったから、食べてもらえて嬉しい。
それにしても、ちょっと褒められてこんなに喜ぶなんて。理沙ちゃんってほんとに私のこと大好きなんだなぁ。まるで子犬が尻尾振ってるみたいで、ちょっと可愛いかな。
「これからも頑張ってね」
「う”……う、うん……で、できるだけ、頑張りたい、です」
今日は機嫌がよかったので、いつもより丁寧に理沙ちゃんの髪をまとめてあげた。
これなら、恋人になるのも悪くないかもね。
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