第四力 腕力①

 「善ちゃん、ごめんね。実は、善ちゃんが走ってるのをずっとお父さんと見てたの。」と母は言った。


 「えっ!?」と善助は狼狽して言葉を失った。


 異常な運動能力の原因を調べてもらうために、病院に連れて行くって言われるのだろうか・・・。


 「足、速いんだろ?」と父が言った。


 「そうみたい。しかも、とびきりに・・・」と善助は答えた。


 「おい、おい、足が速くて落ち込むやつがあるか。」と父は言った。




 そのあと、ちょっと間を置いて、父はなぜか母と出会った時の話を始めた。


 公園の時計は昼の12時をさしていた。


 4月の心地よい風が吹いていた。




 ☆☆☆




 父(善一郎)が、母(優里)と出会ったのは、大学の時だったそうだ。


 善一郎は運動神経は悪くないが、体の線が細く、虚弱体質のため、すぐに風邪を引いてしまうような少年だった。


 そんな体質を改善しようと、高校生の時に家の近所にあったレスリング教室に通い始めた。


 レスリングの練習は楽しかった。


 教室のみんなと同じ練習メニューをこなしても、自分だけ筋肉があまりつかないことや、スパーリングでも、試合でも、ほとんど勝つ事はなかったが、それでも楽しかった。


 風邪もあまり引かなくなった。




 大学に入って優里と出会った。


 優里は善一郎の家の近所のコンビニエンスストアでアルバイトをしていた。


 ある日、夜中まで大学に提出するレポートをやっていた善一郎が、息抜きに近所のコンビニエンスストアへ行くと、アルバイトを終えた優里が店から出たところだった。


 店の前ですれ違った善一郎は、こんな時間に女の人ひとりで歩いて危ないなと、ぼんやり後ろ姿を見ていた。


 その時、二人乗りのスクーターが優里の後ろから近付くと、優里が肩から下げていたバッグを掴んだ。


 善一郎が(やられた!)と思った次の瞬間、暗くて良く見えなかったが、スクーターが転倒したのが分かった。


 善一郎が(何が起こったんだ?)と見ていると、起き上がった男の一人が、何か叫びながら優里の方にのしのしと歩いて行った。


 ただならぬ空気を感じた善一郎は、慌てて優里の方に走って行った。


 優里のバッグに手をかけて奪い取ろうとする男に、善一郎は「やめろっ!」と叫んだ。


 すると、男は善一郎の方に向き直った。


 第三者が入ってきた来たことで、男たちが慌てて逃げてくれることを願っていた善一郎の思惑は外れたが、こうなってはもう後戻りはできない。

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