第五力 腕力②
善一郎は男と対峙した。
デカい・・・。
身長は185cmくらいだろうか。
体重も90キロくらいありそうだ。
善一郎はレスリングをやっていたため、体格差から自分が対応できる相手かどうかは凡その検討がついた。
多分かなわないだろう・・・。
善一郎がレスリングの構えを見せると、相手の動きが少し止まった。
そこで善一郎は、優里に「逃げて!」と叫んだが、恐怖で硬直してしまったのか、優里は何も言わずにその場で立ちすくんでいた。
善一郎は、自信満々で向かってくる男に、とにかくつかまれないように上手く立ち回っていたが、それもあまり長くは続きそうになかった。
この男、おそらく何か武道をやっている。
多分柔道だろうと善一郎は感じた。
もう一人の男が何もしてこないのもそのためだろう。
このままでは状況を打開できないと踏んだ善一郎は、イチかバチかタックルを試みた。
それで男が倒れて一瞬でもスキができれば、優里を連れて走って逃げようと思った。
が、やはりそう簡単には行かなかった。
善一郎の渾身のタックルは正面からガッチリ受け止められ、同時に足を払われて倒され、そのまま袈裟固めのような体勢に持ち込まれた。
柔道の試合なら、ここで「イッポン!」と審判が叫ぶところだが、ストリートファイトではここからが地獄の始まりとなる。
まず、1発無防備の顔面を殴られるか、そのまま体重を利用してマウントを取って来る。
その後は、相手の気が済むまで殴られて、今晩はこのまま路上で寝るか、気が付けば病院のベッドの上だろうと善一郎は腹をくくった。
せめて今後の人生に支障が出ないよう、急所だけは守ろうとガードを固めた。
(・・・。)
おかしい。全く攻めて来ない。
ガードを解いて、様子を伺った瞬間に攻撃してくるパターンか?と、じっと次の展開を待ったが、やはり何もしてこない。
恐る恐るガードの隙間から男を見上げると、おかしな光景が目に飛び込んできた。
優里が両手で男の顔を挟んでいる。
男は優里のその両手をつかんで、引きはがそうとしているように見える。
「どういう状況?」と善一郎は呟いた。
男は喋れないのか、「うっ、うっ・・・」と息を漏らすのが精一杯のようだった。
スクーターに乗った男が、「おい、何やってんだよ?」と言った時には、善一郎の上に馬乗りになっていた男は泡を吹いて意識を失っていた。
その様子を見たスクーターの男は慌てて逃げようとした。
スクーターに跨り、エンジンをかけ、アクセルを回そうとした時、優里がスクーターに近寄り、片手でスクーターの後輪側を持ち上げた。
スクーターの後輪は空中で唸りを上げて虚しく空転した。
スクーターの男はその場に倒れ込んだが、すぐに起き上がり、スクーターを諦めて走って逃走を試みた。
優里はスクーターに付いていたカゴをむしり取ると、逃げる男に向かって、「えいっ!」と言って投げた。
カゴは、男の被っていたヘルメットに当たった。
「コーン!」と乾いたいい音がした。
男がその場に倒れ込むと、優里は男のところまでテケテケと走っていき、ヘルメットを引きはがして、先ほどと同じように両手で男の顔を挟んで気絶させた。
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