英雄、帰郷。

 私はリスの寝顔を見てから、室内を見渡した。リスが愛用する剣から、感謝を込めて渡された子供からのメッセージカード。私が昔に渡した、今では恥ずかしい物も置かれている。

 室内はリスの集めた温かい記憶から、出来上がっていた。そして、それらは全て綺麗に保管されていた。大切に守るように。いつまでも壊れる事なく、あり続けるよう。


 再度、リスを見た。いつ見ても見惚れる。と、言いたい訳ではない…本当にそうではあるけど。今は違う。私は頭を左右に振った。変な妄想を追い払う。

 こんなベッドで寝ているリスであるけど、彼は英雄である。いつまでも、人を救いたい心がある。決して誰も見捨てる事は出来ない。自分の体の健康よりも。彼の異能が、助けを求める声を拾ってしまうから。そして、彼の性格がある意味頑固過ぎるから。


 本当に、馬鹿としか私は言えない。幾ら英雄だからと言って、働き続けて平気な訳がないのに…誰よりも強い英雄だって、人間である。仕舞いには過労で倒れる。リスのように。周りの者達にも責任はある。リスの性格を理解せずにそのまま放っていたから。いつもの事だと思って。



 丁度、つい最近の事を思い出す。リスが突然、故郷に帰って来た時の事を。久しぶりに英雄である幼馴染に会えると思ったら、療養のために帰郷して来たなんて。想像も付かなかった。

 どこにそんなかっこ悪い英雄がいるの? と思った。──本当の事を言えば、目の前にいるのだけど。こんな英雄の姿を見れば、誰もがきっと驚くと思う。他の人が知り得ない秘密を知っているのは、幼馴染としての特権であるのかもしれない。だけど、もう近くに住んでいる人は、何となく理解しているのだろう。

 でも、リスは昔から変わっていないのだ、とも気付かされた。ある優しい性格が変わっていない事は、嬉しかった。少しだけ。──決して他の感情はない。あいつの事なんかそんな感情で見る訳ないでしょ。


 そして、いつまでも休む気配のないリスに、更に驚かされた。何のために帰って来たのさ。と何度叫んだ事か。リスの母親ではないのだから、自分の体調ぐらい自分で管理して欲しいと思う。けど、早く治ると言う事は、早く帰ってしまう。それもそれで何か寂しい感じがした。辺境の地であるここは、娯楽が少ないから。騒がせる人がいなくなると、静かさがよりはっきりと感じられると、思う。


 この時間もいつかは終わるのか…と、リスの顔を見た。顔がいつの間にか赤くなっていた。額に手を当てると、熱がある。リスは今回、動き過ぎたようだった。いつもの事だけど。

 だから、言ったでしょ。とほんとに言いたくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る