過労の英雄は大人しく休むべき

影冬樹

英雄、逃走中。

 私はまたもや、叫びたくなった。今回は我慢をする必要などない。しっかり窓も扉も閉めてから、行う。誰かに聞かれたら、恥ずかしくて仕方がないから。


「……リスの馬鹿っ。早く帰って来い」


 きっと彼は聞いてもいないだろう。リス。本名はリース・テール。この部屋の持ち主で、現在逃走中。だから、ここにはいない。いつも部屋を覗く時にこそ、どこかに行っている。

 何でわざわざ、私があいつの事を紹介する必要があるのかも分からない。私の方があいつより忙しいのだ。面倒な紹介など、リスに頼んで欲しい。ほんとに、あいつの馬鹿。としか、言えないよ。もう…絶対許さない。こうしているだけでも、時間は過ぎて行くのに。彼はきっと楽しそうに街を歩いているのだろうな……私の事何か忘れて。


 リスの帰宅を待つために私は、ベッドに腰掛けた。布団の温かさから、先程までリスがそこにいた事を、物語る。あーもう。リスを思い出しだけでムカムカする。布団をぎゅっと握り締めながら、顔を埋めた。

 何? 誰かが見ていたら、どうするかって? そんな誰も見ている訳ないから、大丈夫、大丈夫。私は私。いつまでも。


「ただいまーって…ティア。何してるの? そんな趣味あったの知らなかったけど?」


 夢中になっていた私は頭を上げた。そこには、こちらを見る彼。リスがいた。私、ティア・ソナツカは驚いて、飛び上がった。


「そんな訳ないよ、リス。どこかすぐに行ってしまう、リスの事など気にする訳ないじゃん」


 変な誤解を解くために私は、リスとの会話を強引に変える事にした。このままでは、自分の立場が非常に危うい。何とかしないと。

 私は腰に手を当てて、いつもらしい姿を演じる。ちゃんと指はリスを真っ直ぐ指す。


「そんな事より、また勝手に出掛けていたでしょ。リス! この病人が。ベッドで寝てないと治らないのよ。子供らしく寝てなさい」


 普段勝手に出掛けるリスは、実は病人なのである。だから、ベッドで寝てその体調を治す必要がある。と、私はこれまで何回言ったか…リスは絶対、部屋を抜けるから困るよ、本当に。子供じゃないんだから、少年だとしても。


 私の真剣さが分かったのか、リスは頷いた。

「分かったよ、ティア。ちゃんと寝とくから、そこまで気にしないで」


 リスに私は言いたくなった。最初から出来ているのなら、気にする必要など一つもないのだ、と。いつまで人に迷惑を掛ければ、済むのか分からないのが、リスだ。

 私が心配している気持ちも、余り理解していないのだろう…。

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